第28話眼鏡っ娘計画
樽の底に引っかかっていたレティの服を回収した清宏は、案内を終えて戻ってきたレイスにそれを渡し、アンネとシスに向き直る。
シスはいまだにリリスを抱きしめている。
「さてと・・・それじゃあシスには今から魔道具を造って貰おうかな?
アンネとシスは工房に来てくれ」
「はい、頑張ります!」
「ふふふ・・・シス様、肩の力を抜いていきましょう!」
意気込んでいるシスを気遣いながらアンネが清宏に続く。
「あのさシス、非常に言いにくいんだけどさ・・・」
清宏は困った表情でシスを振り向く。
シスはそれを見て首を傾げた。
「何でしょうか?」
「いや、リリスを連れて行くのはやめような・・・」
「どうしてもダメですか・・・?」
シスは目を潤ませて清宏を見ている。
リリスは抵抗するのも億劫になったのか、すでに全てを受け入れてされるがままになっている。
「ふ、甘いなシス・・・君がどんなに可愛くおねだりしたとしても、この俺には通用しない。
何故なら、俺は既にアンネで耐性を得ているからな!」
「わ、私ですか!?」
アンネが聞き返すと、清宏は力強く頷いた。
「気をつけろよシス・・・アンネは魔性の女だからな。
しっかりしているように見えるが、かなりの天然だ・・・こんな子が近くにいれば、嫌でも耐性がつく。
俺は、アンネのおかげで惑わされない強い心を持つに至った」
清宏は遠い目をしている。
「わかりました・・・リリス様、また後ほどお側に参ります」
シスは仕方なくリリスを解放した。
見るからに落胆している。
「まぁ、あまり気を落とすな・・・作業が済んだら一緒に風呂にでも入ると良い」
「馬車馬のように働かせていただきます!」
シスは瞬時に目を輝かせ、グッタリとしているリリスに手を振って工房に入った。
「さて、今から君達に造って貰う魔道具だが、これを見てくれ」
清宏は、アンネとシスに先程まで書いていた設計図と腕輪型の魔道具を渡す。
「今から造って貰うのは、その腕輪の効力を打ち消す物だ。
腕輪を使うのはローエン、グレン、レティの3人だが、その腕輪を装備した彼等の姿は、他の者にはスケルトンにしか見えない。
その状態では俺もあいつらの見分けがつかないし、それだと指示を出すのに支障をきたす。
今から造って貰う魔道具は、3人以外の俺達が使う物だ。
眼鏡タイプにすることで、レンズを通して見る分術式を省き、両手を塞がないから他の作業も出来るようになっている」
清宏の説明を聞いていたシスが挙手をする。
「この魔道具ですが、かなり小さな物ですから術式を書き込むのに相当な労力が必要だと思いますけど、どのようにするんですか?」
「まずフレームを二重構造にし、その内側に術式を書き込む・・・外側に書き込むと、ぶつけたり落としたりした場合に術式が破損して起動しなくなる可能性があるからね。
顔に装着するため、眼鏡のフレームには細く軽量のパーツを使うつもりだが、その分術式の書き込みが困難になる・・・そこで、今回は俺がフレームの作成をし、アンネと2人で術式を書き込む。
シスには組み立てを頼みたいんだが、構わないか?」
「わかりました」
「今後、君にも彫金などのスキルを習得してもらい、術式の書き込みも任せたいと思っているから頑張ってくれ・・・では、作業に掛かろう」
清宏はシスに作業台を用意し、自身も作業に取り掛かる。
清宏はまず眼鏡の素材となるミスリルの加工を始めた。
ミスリルは鉄よりも強度が高く軽量で、何より魔力の伝導率が高いのが特徴だ。
身に付けるタイプの魔道具の場合、体外に漏れ出す魔力だけで一定の効果が得られる。
清宏は人数分のフレームを加工し、拡大鏡を装着すると、アンネと共に術式の書き込み作業に移った。
書き込みに使用しているのは、素材召喚で運良く少量だけ手に入ったオリハルコン製の錐だ。
金属を削りながら術式を書き込むには、素材よりも強度のある物が必要だ。
強度に関して、この世界にはオリハルコンに勝る物は存在しない。
初期の段階でオリハルコンが手に入った事は、清宏の魔道具作成にとって一番の収穫だろう。
「はー・・・お2人共慣れてますねー」
細いフレームに素早く術式を書き込んでいく清宏とアンネを見て、手持ち無沙汰なシスが感心して呟く。
「アンネは長年の経験、俺はこっちに来てからほとんど寝ずに魔道具を造ってたからね・・・嫌でも慣れるさ」
「この拡大鏡があるからこそ、細かい書き込みが可能になるんです。
これが無かったら、私には到底出来ません・・・」
清宏とアンネは、書き込みが終わったパーツを次々とシスに渡しながら作業を行っている。
「えっと、これを張り合わせて行けばいいんですよね?」
シスは自分の前に並べられたパーツを確認しながら清宏に尋ねた。
「あぁ、術式が内側になるように張り合わせてくれ・・・内側にある窪みに、光属性の魔石をはめ込むのを忘れないでくれよ?
そいつが無かったら、ただの伊達眼鏡になるからね」
清宏は、先日街で購入した光属性の付与された魔石を指差した。
腕輪にはめ込まれた闇属性の魔石の効果を打ち消すためには、相反する属性である光属性の魔石が必要不可欠だ。
シスは忘れないように手順を確認しながら組み立てていく。
「よく見たら、色々な型を造ってるんですね・・・」
シスは組み立てに四苦八苦しながら清宏に尋ねた。
「テンプルは共通の造りなんだけど、せっかくだから、リムは皆んな別の型にしたんだよ・・・その方が面白そうだろ?」
シスの質問に笑って答えた清宏は、書き込み作業がひと段落し、次は何やら別のパーツを作成してる。
「清宏様、それは何を造ってらっしゃるんですか?」
清宏と同じく書き込みを終えたアンネが、清宏の作業を見て首を傾げている。
「先セルと鼻あてだよ・・・そのままだと耳や鼻が痛くなるからね。
あとはちょっとしたオプションパーツだね・・・どんな物かは、出来てからのお楽しみって事で!」
清宏は悪戯っぽい笑顔を見せ、作業に戻る。
アンネはそれを見て笑い、シスの手伝いに行った。
「お、終わりました・・・」
「ふふっ・・・シス様、お疲れ様でした」
作業を開始して3時間、清宏が造った先セルや鼻あてを含む全てのパーツの組み立てを終わらせたシスは、作業台に突っ伏している。
アンネはそんなシスを笑顔で労う。
「ご苦労様、あとは俺が仕上げるから広間で待っててくれ。
俺も残りの作業が終わったらすぐに行くから、リリスとアルトリウス、それと効果を確認する為にレティも呼んどいてくれたら助かる」
清宏はそう言って2人を先に行かせ、オプションパーツの取り付けを始めた。
「お待たせ、完成したよ!」
10分程で作業を終わらせた清宏は、皆の待っている広間に戻った。
「今から配るから、名前を呼んだら取りに来てくれ。
まずレティ、この腕輪を装備してみてくれ」
「はーい!ご主人様からのプレゼント・・・私感動です!」
レティは腕輪を嬉々として受け取り装着した。
「おぉ、レティがスケルトンになったぞ!」
レティの姿がスケルトンに変化したのを見て、リリスが驚いている。
「上げてから落とす・・・流石はご主人様です」
自分の姿を見たレティは、肩を落としている。
「お前にとっては必需品になるんだから文句を言うなよ・・・。
では、まずは初めてなのに頑張ってくれたシスからだ・・・君のは思い切ってアンダーリムにしてみた。
個性的な型だけど、君はまつ毛が長いし、知的なイメージがあるからピッタリだと思う」
清宏は優しく笑い、シスに眼鏡を渡す。
「あ、ありがとうございます!
えっと・・・どうですか?」
シスは清宏に礼を言うと、眼鏡をかけて恥ずかしそうに感想を聞いた。
「似合ってるよ。やっぱりアンダーリムにして正解だった」
「よくお似合いですわ!」
「うむ、良い感じじゃな!」
アンネとリリスの評価も上々だ。
アルトリウスも頷いている。
「ウィルはまだ解放されてないから置いといて・・・次はアンネとアルトリウスだ」
清宏はウィルに渡す眼鏡を箱に直し、アンネとアルトリウスを呼んだ。
生真面目なウィルの眼鏡は黒縁だった。
「アンネとアルトリウスは見た目が貴族だから、普通のは合わないと思ってこれにした・・・」
清宏が2人に渡したのは、貴族が仮面舞踏会で使うようなベネチアンマスクだった。
「ほほう、これはなかなか・・・」
アルトリウスは気に入ったようだ。
だが、アンネは少し不満そうだ。
「ごめんな・・・熟考した結果、ドレスには普通の眼鏡は合わないと思ったんだよ。
俺としても、アンネの眼鏡姿を見たかったけど、全体のイメージが崩れるのは避けたかったんだ・・・まぁ、常に着ける訳じゃないから我慢してくれると助かるよ」
「清宏様はズルいです・・・そんな風に言われたら、我慢するしかないじゃないですか」
アンネは苦笑して仮面を着ける。
先に着けていたアルトリウスと並ぶと、実に絵になる。
「まぁ、アンネのはまだマシだよ・・・リリのなんてこれだからね?」
清宏がリリ用に造ったのは、ド派手な色のパピヨンマスクだった。
「それは・・・似合いそうですけど、怒りそうですね」
アンネは、あまりにも派手な色を見て若干引いている。
「だろ?でも、あいつにはこれしか無いとも思ってるよ・・・。
リリスは最後のお楽しみとして、次は俺のだ・・・」
清宏は自分用に製作した眼鏡をかける・・・すると、皆の表情が固まった。
清宏が着けているのは、顔の前面を覆うように加工したピエロのマスクだったのだ。
「侵入者をあざ笑うにはもってこいのデザインだと思わないか?」
皆の反応とは逆に、清宏は楽しそうだ。
「お、お似合いだと思います・・・」
「そうですね・・・」
アンネとシスは、困惑しながらも頷いた。
「清宏、早く妾にも!妾にもくれ!!」
後回しにされたリリスが、ピョンピョンと跳ねながら清宏にねだる。
「おう、これは俺の自信作だ・・・正直、俺は自分用のをピエロにするかこっちにするか悩んだくらいだからな!
リリス、俺がかけてやるから目を閉じろ」
「おぉ、すまんな・・・お主が悩む程とは楽しみじゃな!」
リリスは清宏に言われた通りに目を閉じ、眼鏡をかけて貰うのを待っている。
「よし、もう良いぞ・・・」
リリスが目を開けると、清宏が肩を震わせながらリリスを見ていた。
「何じゃ?自分では見えんではないか!誰か鏡をくれ!!」
リリスが叫ぶと、アルトリウスが自分の手鏡を差し出した。
「リ、リリス様・・・こちらを・・・」
アルトリウスも声が震えている。
アンネとシスは顔を逸らし、リリスを見ないようにしている。
「何なんじゃ一体・・・」
そして、手鏡に写る自分の姿を見たリリスの動きが止まった。
リリスが着けていた眼鏡には、凛々しい眉毛と立派な髭が付いていた。
しかも、魔石の力を利用しているらしく、眉毛と髭の先が上下に動いている。
「どうだ、俺特製の超豪華仕様の鼻眼鏡は?」
清宏はマスクで顔が隠れているが、明らかに可笑しそうに尋ねた。
「な、何なんじゃこれは・・・面白いではないか!妾は気に入ったぞ!!」
『へ?』
リリス以外の全員の声がハモった。
「いやぁ、この眉毛と髭の動きが実に良い!清宏、感謝するぞ!!」
リリスは満面の笑顔で清宏に礼を言う。
「そ、そうか・・・気に入ってくれたのなら良いよ」
そう言った清宏は、心底残念そうに肩を落とした。
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