第四話 灼熱する情動(3)

 今にも崩れ落ちそうな外観の建物が林立する中、そこだけがちょっとした舞台のように開けていた。部下たちと共に広場の中央にそろそろと歩み出る。端末棒を振りかざして開いたホログラム・スクリーンを確かめると、目の前の寂れた建物の中にシャレイドがいるはずだった。


 フランゼリカは通信端末イヤーカフに指を伸ばして、身を隠しながらシャレイドを包囲しているはずの部下たちを呼び出す。だが通信端末イヤーカフからは低く唸る音しか返ってこないと気がついて、途端にその表情に険しさがよぎった。この広場一帯だけ通信妨害ジャミングされている――


「お仲間たちは、一足先に大人しくしてもらってるよ」


 目の前の建物の二階、縁にガラスの欠片しか残っていない、それ自体が外れ落ちそうな窓枠の奥から、嘲笑混じりの声がそう告げた。


 フランゼリカたちは一斉にホルスターから神経銃を抜き出して、窓に銃口を向ける。だが彼らのその反応に一向に構うことなく、声の主は窓枠から上半身を覗かせた。


「久しぶりだな、フランゼリカ。その髪型、似合ってるぜ」


 十年ぶりに対面したシャレイドは、先ほどスコープ越しに見た通り、昔に比べれば伸びた黒髪を無造作に結わいていた。だが目に見える変化といえばそれぐらいで、赤銅色の肌も痩せぎすの体型も、何より相手を冷やかすような黒い瞳まで、何もかもフランゼリカの記憶にある彼のままであった。


 この目でシャレイド・ラハーンディと確信した瞬間、フランゼリカは手にしていた神経銃の引き金を引いた。対象を麻痺失神させる微少な針は、だがシャレイドの目の前で小さな音を立てて跳ね返される。強化ガラスでも張りつけてあるのだろう。ちっと舌打ちするフランゼリカに、シャレイドはおどけた表情を見せた。


「慌てるなよ。俺がこうして顔を出しているってことは、つまりお前たちに捕まらない自信があるってことなんだぜ。今は自分たちの身の上を心配する方が先じゃないか」


 その直後、フランゼリカの背後から立て続けに呻き声と、倒れ込むような音が聞こえた。振り返ると、彼女に付き従ってきた三人の部下が揃って地に伏せっていた。彼らの身体からだの下から、赤い液体が急速に広がっていく。フランゼリカが血走った目で周囲を見渡すと、いくつもの建物の窓から、おそらくブラスターライフルと思われる銃身が突き出されていた。


「俺を探し出そうとする執念を買われて管理官に抜擢されたんだろうけど、お前は向いてないな。ここは保安部隊の目も届きにくい、俺のホームグラウンドだってのに、ろくに調べもしない内から釣り出されているようじゃ」


 わざとらしく肩を竦めて首を振るシャレイドを、フランゼリカは燃えたぎるような感情のこもった瞳で見返した。


「向き不向きなんてどうでもいいのよ。あんたをこの手で仕留めることが出来れば!」

「そんなこと言ったってお前、俺を見つけたってことをモートンに知らせるよう指示するのも忘れていただろう? 仕方がないから俺がモズに言っておいたよ。ちゃんとテネヴェの安全保障局本部に報告しておいてくれって」

「モズ? どうしてあんたが、モズと……」

「ちゃんと部下のことも把握していないと、痛い目見るぜ」


 そう言ってシャレイドが口角を吊り上げた瞬間だった。


 フランゼリカの後方で、凄まじい爆発音が鳴り響いた。轟音が耳をつんざき、振動が全身を震わせる。驚愕の表情のまま振り返ったフランゼリカが目を見開いた先には、窮屈に立ち並ぶ裏街区の建物たちのはるか上空に向かって、もうもうと立ち上る巨大な黒煙が見えた。


 何かが爆発したのだ。それほど遠くはない。あの方向にあるのは――


「これで保安庁ジャランデール支部は、めでたく壊滅だ。お前がこうして釣り出されてくれたおかげで、モズも仕事がしやすかっただろう」

「まさか、モズが裏切って――」

「あいつはこの裏街区で俺と一緒につるんでいた口だぜ。生まれも育ちも生粋のジャランデール人だ。上に立つなら、そういうところも抑えておかなきゃいけないんだよ」


 両手を腰についてフランゼリカを見下ろすシャレイドの姿は、さながら出来の悪い院生を前にした導師のようであった。頬を引き攣らせるフランゼリカに注がれる眼差しは、嘲笑を通り過ぎて憐れみすら感じさせる。


「さっきの爆発で、保安庁ジャランデール支部の上層部は仲良く吹き飛んだはずだ。ちょうどその前を通りかかっていたジェネバ・ンゼマ評議会議員は、残存部隊を取りまとめたモズと合流し、群衆の混乱を収めるために一時的に保安部隊の指揮を執る。なに、保安部隊と言っても下っ端は皆ジャランデール人だ。ジェネバの指揮なら言うことも聞くさ」

「……ジェネバ・ンゼマも、この騒動に荷担しているというのね」

「いや、ジェネバについては無理矢理巻き込んだだけだ。でもあいつなら、それぐらいのアドリブはやってのける。そんでもって、そのままジャランデール行政府が保安部隊をなし崩しに指揮下に組み込むんだ。少々強引だとは思うが、悪くないシナリオだろう?」


 シャレイドはそう言って、自分の台詞にしたり顔で頷いてみせる。その顔を焼き尽くしたい思いに駆られて、フランゼリカはローブの中に隠し持っていたもう一丁の銃を取り出した。ブラスターライフル並みの殺傷力と貫通力を持つ、保安部隊員のみが携行する特製ブラストガンの狙いを定めようと構えた彼女は、だが引き金を絞ることは叶わなかった。


 複数のブラスターライフルから放たれた熱線が、彼女のしなやかな肢体を四方から一斉に貫いた。空白になった意識は次の瞬間、全身を駆け巡る激痛と熱に支配される。そのまま地面に崩れ落ちたフランゼリカは、俯せの姿勢で身動きも出来ないまま、なおもシャレイドの姿を目で探していた。


「……このシナリオでは、ジャランデール支部の上層部には全員死んでもらうことが条件なんだ。つまりフランゼリカ、どのみちお前の命はここまでってことだ」

「……ちく、しょう。私が、お前を殺す、はずだっ……」


 倒れ込んだフランゼリカの瞳は、シャレイドの姿を見つけ出すことが出来ない。ただ、彼の声だけがどこか遠くから聞こえてくる。彼女の艶やかな唇の端からは、今際の台詞を吐き出すのと同時に逆流した血液が溢れ出し、顔中を鮮血で赤く染めていた。それどころか全身から流れ出る血だまりの中に倒れ伏したまま、間もなく彼女の命は尽きようとしていた。


「こんな再会になってしまったのは、残念だよ」


 薄れゆく意識の中、フランゼリカが最期に耳にしたのは、少なからず悔恨が入り混じったシャレイドの言葉だった。



 ジャランデール行政府は、連邦保安庁ジャランデール支部が原因不明の爆発によって指揮系統を失ったため、テロ対策が急務の現況を考慮し、緊急対応として一時的に管理下に置くと公式に発表する。しかし銀河連邦全域を震撼させたのは、それだけが原因ではなかった。


 なぜならジャランデールの発表と前後して、クーファンブート、ネヤクヌヴ、トゥーランなどのいわゆる外縁星系コースト諸国全てが、ジャランデールと連動するような行動を起こしたのである。すなわち独力でのテロ対策を充実化させるためという名目の下、各国の保安部隊支部の武力接収に動き始めたのだ。


 クーファンブート、ネヤクヌヴでは政府の呼び掛けに対して、地元出身者を中心とする保安部隊員たちの大半が自発的に応じ、ジャランデール同様なし崩しに保安部隊支部は解散状態となった。一方トゥーランのように保安部隊支部と現地軍による武力衝突に至り、流血の事態となってしまった星もある。ただいずれの星でも、最終的には軍が保安部隊支部の接収を果たすという結果を迎えている。


 いずれにせよこれは今までの反連邦組織による、連邦保安庁へのテロ活動ではない、外縁星系コースト諸国の政府による自発的な行動である。銀河連邦が内戦状態に突入したのは、もはや誰の目にも明らかであった。

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