第五話 種播きの歌(4)

(さすが行動が早い。チャカドーグー、ミッダルト、諸々合わせて二桁以上の国に声を掛けて……いや、これはもう恫喝だね)


 感心半分、呆れ半分といったタンドラの声が、イェッタの意識に届く。


(独立惑星国家の間では、スレヴィアが銀河連邦構想を後押ししていると噂されることになる。お陰で私たちもやりやすくなるわ)


 オートライドの車窓に映る光景に目を向けながら、イェッタは唇の端に微かな笑みを浮かべた。


《原始の民》の降下四百年を祝う祖霊祭は、ここ数年でも例に無い賑わいを、惑星スタージアにもたらしている。

 宇宙港からして訪れる巡礼客たちを出迎える装飾で彩られ、シャトルで地表に降りればもうそこから人混みが始まると言って良い。シャトルの発着港から祖霊祭会場の中心となる博物院に至るまでの道という道に、軒並み出店が連なり、その間を祖霊祭の正装である白地の長衣をまとった人の波が埋め尽くしている。もっとも混雑自体は事前に予想されていたため、今回は博物院の招待客を乗せて走るオートライドのために、専用の道路が確保されていた。おかげで博物院までの道程は、ロカが前回ディーゴと共に訪れたときよりもむしろスムーズであった。

 オートライドの運転席がロカの定位置であることは変わらない。だが後部座席に座るのはイェッタであることに、ロカは一抹の寂しさに似た、胸の奥をざわめかすような痛みを感じていた。


「ディーゴの記憶が呼び起こされるわ」


 ロカの心の動きを感じ取ったのであろう。バックミラーに映るイェッタの顔は、車窓の向こうで祖霊祭に湧く街中の様子を感慨深げに眺めながら、ぽつりとそう言った。


「よっぽど面倒くさかったのね。嫌々祖霊祭に出席したって記憶ばかりよ」


 そう言って思い出し笑いを浮かべるイェッタに、ロカが振り向いて苦笑を投げかける。


「あの頃のディーゴは、政治に関わること自体を嫌がっていたからな」

「その気持ちはよくわかるわ」


 イェッタは窓の向こうに目を向けたまま、ロカの言葉に頷いてみせる。その反応がロカにはやや意外だった。


「確か航宙行政に関わることを望んでいたのではなかったか」

「それはタンドラね。イェッタ・レンテンベリは、元々政治に興味に持つような女ではないの」

「そうなのか。そういえばお前たちの口から、それぞれの過去を聞いたことは無かったな」

「いずれ、落ち着いたら教えてあげるわ」


 それきりイェッタは口をつぐんでしまったので、ロカもそれ以上詮索しようとはしなかった。


 オートライドは交通整理の行き届いた道を滑らかに走り続け、定刻よりもだいぶ余裕を持って博物院前の車寄せで停車した。イェッタたちの後に続いてきたオートライドからは、ヴューラーが長身を覗かせる。


「さて、いよいよね」


 ヴューラーは白地の長衣の裾を翻しながら、イェッタにそう声を掛けた。ヴューラーもイェッタも、そして彼女たちに付き従うロカたちスタッフも皆、既に祖霊祭の正装とされる白地に金の刺繍を施した長衣に身を包んでいる。


「入港待ちの間に掛けられるだけの声は掛けたけれど、どいつもこいつも曖昧な態度ばかり。根気強く説得して回るキューサック御大は、今さらながら感心するわ」

「今日の祖霊祭でスタージアが銀河連邦構想への賛同を表明すれば、それも変わります。あとしばらくの辛抱ですよ」

「私は御大ほど気が長くないからね。期待してるわ」


 ヴューラーは笑顔で頷いたが、その表情はまるで肉食獣が威嚇する様によく似ていた。そのまま博物院に向かって先に歩き出すヴューラーの後に、数歩遅れてイェッタも続く。


(市長は自分が緊張していることに気がついてないようだね)


 ヴューラーの背中を追うイェッタに、タンドラの思念がそう呟いた。


(無理も無いわ。いくらスタージアが協力を確約したと報告を受けても、目の当たりにするまでは実感が湧かないでしょう)

(私だって、実感が無いのは同じだけどね。どんな演説するつもりなのか、この耳で直に聞くことが出来ないのは残念だけど)


 タンドラももちろんスタージアまで同行しているものの、今回も前回同様にスタージア宇宙港の附属病院に待機を兼ねて入院している。治療の経過を診るという名目だが、本当の理由は博物院で催される祖霊祭に参加出来る人員には制限があるためであった。まさか地表に降りてタンドラひとりで過ごすのも却って不便ということで、代わりに診察を兼ねた入院を決めたのである。

 再び空の上で待ちぼうけを喰らう羽目となって、いかなタンドラでも不平が口を突いて出た。


(招待客のほか一名までしか同行出来ないなんて、博物院も随分とケチ臭い話だよ)

(申し訳ありません。会場が旧式なもので、収容人数に限りがありまして)


 タンドラのぼやきに応じたのはイェッタではない。前回、宇宙港でイェッタと問答を交わした少女オーディールの声であった。


 ヴューラーの後をついて博物院の廊下をゆくイェッタのまなじりが上がる。一方で直接の思念のやり取りは初めてとなるタンドラは、興味深げな感情を表にした。


(あんたがオーディールかい。なかなか顔を出さないから、待ちくたびれたよ)

(タンドラ・シュレス、あなたとは前回の治療の際に、十分以上に交流出来たはずですが)

(麻酔で朦朧としている状態の頭を一方的に引っ掻き回すのは、交流とは言わないんだよ)


 オーディールの挨拶を乱暴に断じながら、タンドラの口調には言葉ほどの嫌悪感は込められていない。むしろ《スタージアン》との思念の接触を待ち望んでいたような、好奇心が端々に覗いている。


(なるほど、《繋がって》いない相手との精神感応的なコミュニケーションも、《繋がって》いる者同士のそれと、それほど変わらないんだね)

(我々も、我々以外の存在との精神感応的な交流という経験は実は初めてですが、《繋がって》いない以上は発声によるコミュニケーションとそこまでの違いは無いかもしれません)


 オーディールのもっともらしい言葉を聞いて、タンドラが呆れ混じりに言う。


(よく言うわ。あんたたちは私たちの無意識まで見透かしているっていうのに、私たちはこの、思念のやり取り以上にあんたたちの考えを知ることは出来ないんだよ。大違いも甚だしい)

(それはその通りですが。でも、おふたりの精神感応力に制限を掛けているのは、あなた方のためでもあるんですよ)

(どういうこと?)


 そう尋ねたのは訝るタンドラではなく、警戒心も露わなイェッタの思念であった。


(もしあなた方が私たちの深層まで覗き込もうとしたら、そのまま私たちと《繋がって》しまいます)


 至極あっさりとしたオーディールの答えに、タンドラもイェッタも言葉を失う。絶句したままのふたりを意に介さず、オーディールの声が念を押すように語りかけた。


(今日の祖霊祭、しっかりと目に焼きつけて下さい。きっとおふたりの役に立つものをお目にかけますよ)


 そう言い残すと、オーディールの思念はイェッタたちの感知の及ばない、範囲外へと掻き消えてしまった。恩着せがましいような、それとも念を押すかのような最後の一言が、耳朶に残る。


「イェッタ、どうした。市長を追わなくていいのか」


 心配そうなロカの声が耳に飛び込んで、イェッタはふと我に返った。いつからだろう、博物院の中で足を止めて立ち尽くしている自分がいる。彼女の周りを多くの招待客たちが次々と追い越していくことに気がついて、イェッタは取り繕うようにロカの顔を見返した。


「ごめんなさい。少しぼうっとしていた」


 そう言って再び歩き出すイェッタを見て、ロカはいくらか肩の力を抜いた。


「もしかして出席者たちの考えを、少しでも読み取ろうとしていたのか」

「まあ、そんなところよ」

「無理をするな。いくらお前でも、こうも大勢の頭の中を一度に覗こうとしたら、混乱もするだろう」


 ロカの言葉に頷きつつ、イェッタは先を行くヴューラーたちを追って足を速めた。


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