第五話 種播きの歌(2)

「仮に独立惑星国家全ての軍事力を集結させたとしても、複星系国家には全く太刀打ち出来ません」


 列席者のひとりで軍事関係の専門家は、そう言って眉間に皺を寄せた。


「単純に戦力で見れば上回るものの、カバーする範囲が広すぎます。かといって複星系国家と隣接する極小質量宙域ヴォイドに戦力を集中させれば、今度は域内航宙の治安維持が疎かになります。実際の加盟国の数にもよりますが、さらなる警察軍事力の増強は必須でしょう」

「戦力を集結させても、既存の各国警察・軍隊を再編して統一の組織とする場合、制度や運用を摺り合わせる段階で相当の軋轢を生むことが予想されます。やはり新規の連邦軍ともいうべき戦力を整備する方向で検討するべきです」


 法制担当の官僚が、軍事専門家の発言に追従する。


「だが軍隊を新設するとなると、既存の組織を拡大する以上に莫大な財源を必要とする。そんな金を出せとなれば、加盟する国などなくなってしまう」

「やはり広域の通商協定にとどめるべきではないでしょうか。安全保障面を考慮すると、どうしてもコストが跳ね上がります」


 会議卓の上で飛び交う言葉の応酬は、過去に何度も交わされた議論の蒸し返しだ。その度に導き出される結論は同じであった。戦力の増強は欠かせないが、そのためのコストが莫大になる。加盟国が負担に応じるとは思えない。だがイェッタはそれらの議論を毎回のように封じてきた。


「安全保障が確保されない限り、結局は複星系国家の圧力に屈することになります。安全保障抜きの銀河連邦では、画餅に過ぎません」


 その通り。銀河連邦構想など所詮は机上の空論なのだよ、という列席者たちの無言の主張を孕んだ視線が、イェッタの顔に収束する。ヴューラーに気づかれないように目を向ける姑息さにイェッタは内心肩を竦めたが、新たな方向性を示さなければ彼らも納得しないであろう。


「散々議論が尽くされたかに見えますが、これまでの議論には抜け落ちている観点があります」


 居並ぶ面々の顔ぶれを見比べながら、イェッタは努めて穏やかな口調で口を開いた。


「抜け落ちている観点……なんでしょう、議員?」


 軍事専門家が神経質そうな薄い頬をひくつかせながら尋ねる。彼の発言に見え隠れする嘲笑に、イェッタは微笑で応じた。


「銀河連邦加盟国にはローベンダール惑星同盟を含むという前提条件を、考慮していないという点です」


 ローベンダールの名前を聞いて、ヴューラーを除く列席者たちは息を呑み、あるいは表情を曇らせる。彼らの表情を無視して、イェッタは話を進めた。


「これまでの皆さんの議論は、ローベンダール惑星同盟の加盟の有無に関わらない、一般論的な内容に終始しています。ですがローベンダール惑星同盟を加えて考えればどうでしょう。同盟戦争では当時銀河系随一だったバララトをも打ち破った、彼らの強大な軍事力を基軸に据えた、効率的な連邦軍の創設も可能なはずです」

「お言葉ですが、レンテンベリ議員」


 イェッタの言葉を遮ったのは、彼女と同じく市民議会議員であり、ヴューラーの側近を長年務める中年男性だった。


「そのローベンダール惑星同盟の加盟こそ、もっとも現実味に欠ける可能性ではありませんか」

「そうでしょうか」


 イェッタが小首を傾げてみせると、男性議員の顔に若干苛立たしげな表情がよぎった。彼の右手の人差し指が黒塗りの会議卓の表面を叩いて、室内に一定のリズムを刻む。


「先日の市長の就任パーティーに現れた、アントネエフ卿の振る舞いはご存知でしょう。銀河連邦構想への警戒を隠そうともしない。サカとの交易ルートも、彼が治めるスレヴィア星系での取り締まりと称した過剰な警備活動によって、事実上封鎖されている。銀河連邦の成立を諦めてローベンダール惑星同盟に与するようにというあからさまな圧力ですが、効果があるのは否めない。これほど敵対的であることが明らかなのに、彼らが銀河連邦に加盟するなどということが有り得ますか」


 最後に会議卓を強く叩く音を響かせて、男性議員は発言を終えた。多少の温度差こそあれ、議員の発言は列席者たちの内心を代弁したものであった。非難めいた視線を一身に集めながら、だがイェッタの態度には微塵も怯む様子はない。背凭れに身体からだを預けながら、イェッタは冷静な口調で告げる。


「皆さんは何か勘違いされております」


 そう言ってイェッタは膝の上に載せた両手を組み直しつつ、あくまで穏やかに、諭すように言った。


「ローベンダール惑星同盟を、一度に丸ごと加盟させる必要はないのです」


 イェッタの発言に、会議室内が困惑した空気で満たされる。彼女の発言の意図を真っ先に汲み取ったのは、それまで一言も口を利かずにベープ管を吹かしていたヴューラーであった。


「ローベンダール惑星同盟を構成する十五の惑星国家に、個別に誘いをかけるということね」


 市長の声を耳にして、列席者たちが驚きと共にヴューラーを振り返る。イェッタが無言で頷くと、ヴューラーはベープ管の先を無軌道に振り回しながら、同席する面々の顔ぶれを見回した。


「昨日、キューサック・ソーヤ前市長が惑星ローベンダールに到着したという連絡を受けたわ。てっきりあの、スレヴィアの脳筋領主と会談するためかと思ったけど、もしかして」


 イェッタが「はい」と答えて、列席者たちが今度は末席に視線を向けた。


「前市長はちょうど今頃、ブリュッテル卿とお会いになっていることかと存じます」


 ローベンダール惑星同盟の中でも最大の実力者にして、惑星国家ローベンダールの代表者たる人物の名前が出て、列席者たちの口から一様に驚愕の声が上がった。一同の反応に満足しつつ、イェッタは淡々と説明する。


「ブリュッテル卿が簡単に靡くとは思っておりません。ですが前市長とブリュッテル卿が接触したという事実、これだけでアントネエフ卿を動揺させるには十分でしょう。首尾良くブリュッテル卿を味方につけることが出来れば良し、でなくともアントネエフ卿に交渉を持ちかける切欠としては申し分ありません」

「アントネエフとブリュッテルが組んで、私たちを嵌めにかかるという可能性は?」

「有り得ません。彼らが協力出来るようであれば、我々はとっくにローベンダール惑星同盟に組み込まれているでしょう」


 イェッタは確信に満ちた表情と共に、そう断言した。なぜイェッタがそこまで言い切ることが出来るのか、不審に思う者がいなかったわけではない。だが彼女の言葉にヴューラーが満足げに頷くのを見て、異論を挟める者こそいなかった。


 イェッタに続く発言者がいないことを確認すると、ヴューラーはことさら鷹揚な仕草で一同を睥睨した。


「ローベンダール惑星同盟の加盟を計算に入れて、もう一度安全保障面について検討し直しなさい。来週、またここで報告を聞かせてもらうわ」


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