第四話 三位一体(1)

 ロカ・ベンバの曾祖父母はテネヴェの第一次開拓団の一員としてこの星に降り立ち、人の手の入らない土地を切り拓くことに一生を捧げたという。そのふたりの間に誕生した祖父は、テネヴェで生まれ育った最初の世代に当たる。


 開拓初期のテネヴェにおいて、ベンバ家が従事したのは主に鉱山開発である。テネヴェの開拓団は入植当初こそバララトの支援を受けていたが、間もなく同盟戦争が勃発すると支援元のバララトには全く余裕がなくなってしまう。惑星の気候調節自体は入植前に完了していたため、人口を賄うだけの最低限の食糧生産は果たせていたが、社会インフラ設備を充実させるための資材が圧倒的に不足していた。土木建築用の機材や加工用の大型現像機プリンターは貸与されたままとなっていたものの、その後支援されるはずだった資材が途絶えてしまったのである。よって惑星そのものから資源を調達するしかなかった。その一環として鉱山開発も活発となり、ロカの祖父たちもその中で働いていた。


 入植後に生まれた祖父を取り巻く環境はお世辞にも恵まれたものとは呼べなかったが、生まれた時からその環境で育ってきた祖父にとっては当たり前のものでしかない。幼い頃から両親を手伝い、十代になるかならない頃には既にひとりでロボットを操作したり、時には自ら重機を操縦している。成人する頃には既にひとかどの鉱山開発技師として、周囲にも認められるようになっていた。


 やがて家族を持ち、三人の子を儲けて、開拓地で生まれ育った男に違わず力強く地に足のついた人生を送っていた祖父は、四十歳を迎える直前に事故に遭う。祖父が監督する鉱山のひとつで落盤事故が発生し、その救助に当たっていた際の二次災害に巻き込まれたのだ。最初の落盤事故を含めて死者こそなかったものの、重軽傷者三名。内一名の重傷者が祖父であった。この事故で祖父は右腕を二の腕の先から切断し、現場から退くことになる。


 ロカが物心ついた時から、祖父は右腕のないままの姿であった。まだ幼かったロカは、当時後進技師を育成する指導官だった祖父に、どうして義手をつけないのかと尋ねたことがある。すると祖父はしばらく唸った後、「《オーグ》にならないためだ」と答えた。


「《オーグ》?」

「機械というもんはヒトがヒトのために生み出した、とてつもなく便利な道具だ。俺も鉱山を掘り出すのにさんざ世話になった。しかし機械に自分の身体まで呑み込まれちまうと、いずれ自分と機械の境目がわからなくなっちまう。その境目を見失うと、ヒトは《オーグ》になる」

「《オーグ》になるとどうなるの?」

「ヒトじゃない、別のもんになる」


 祖父は幼少のロカにどう説明するべきか、考え考え口を開いた。


「大昔に《星の彼方》に住んでいた俺たちのご先祖は、自分たちが生み出した機械にどんどん呑み込まれていって、やがてそのほとんどが《オーグ》になっちまった。そして《オーグ》になることを拒んだわずかな人々を《星の彼方》から追い出したんだ。今銀河系で暮らす人々は皆、《星の彼方》を追い出された人たち――《原始の民》の子孫だ。誰も彼も、本心では機械と繋がろうとは思っていない」

「でも、義手や義足の人はたまに見かけるよ」

「そうだな。義手をつけた程度で本当に《オーグ》になるわけじゃない。だからこれは、俺の心構えってやつだ。例え右手をなくそうと、機械と繋がるつもりはないぞってな」


 肩の先に短く生えた、だが丸太のように太い右腕を振って、祖父は笑った。


「俺たちは機械なしに生活することなんて出来ん。だがな、その便利さに溺れると《オーグ》になる。あれは利用するもんであって、繋がるもんじゃない。お前もそこんところをよくわきまえて、上手に機械を使いこなせ」


 ロカにはまだ難しかったかな、そう言って祖父に髪の毛をくしゃくしゃにされたことは憶えている。厳しくも優しかった祖父はその会話の三年後、肺炎をこじらせて息を引き取った。


 ベンバ家の中でも学業優秀だったロカは、長じてセランネ区の法学院を卒業後、テネヴェ市政府の職員となった。主に議会運営の調整役を務めていたロカは、そこでの働きぶりが市長になったばかりのキューサックの目に止まり、秘書に招かれる。ロカもまたキューサックの人物に触れて招きに応じ、以来彼の忠実な片腕として十年余りを過ごしてきた。


 だが足腰に不安を感じたキューサックが二年前、モトチェアを使用するようになった時、ロカは自分でも驚くほどのショックを受けていた。


 そのショックの原因を探れば、義手を拒んだまま片腕で生涯を終えた祖父にある、ということに思い至る。自分の中に《オーグ》への嫌悪感が染みついているということに、ロカは今さらながら気がついた。機械に囲まれ使いこなしつつ、機械と一体となることからは一線を引いていた祖父と、モトチェアによる補助を躊躇いもなく求めたキューサック。ふたりともロカにとっては尊敬に値する人物だが、同時に決定的な違いもあるのだということを、まざまざと知る。

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