強制捜査

 不明商人の排除及び割り出しは、意外なほど順調に進んだ。

 ……朱鷺屋マリスの尽力も大きいかもしれない。かなり頑張ってくれたみたいだし。

 まあ商人界隈でも、増える一方な不審者に困っていたらしい。僕の介入は渡りに船か。

 しかし、意外にも銀鳩屋は身を隠し続けていた。

 ドゥリトルにも支店を持っている癖に――いくらでも誤魔化せるはずなのに、その番頭とやらは姿を現していない。

 イベリアスペインの商人は、拍子抜けしてしまうほど簡単に身柄を拘束できたというのに。

 この期に及んで隠れ続ける意義が? それとも必然性がある?



「若様、皆の者も配置に。ですが本当に立ち会われるおつもりで? このような雑事、我らにお任せあれば――」

「こんなタイミングで蒸し返さないでよ、フォコン! 勇敢であれと僕は育てられた。先陣に立つのは当たり前だよ」

 といっても原理原則に過ぎず、基本的にはフォコンの提案――安全な後方で成果を待つ方が正しい。

 だけど義兄さんやポンピオヌス君が身体を張るというのに、僕だけ引き籠ってはいられなかった。

「フォコン様の言うことを聞いた方が良いと思うぜ、若様。シリルの店は……その……ヤバいんだ。荒事になっても、全然に引かない奴らばっかりで」

 珍しいことにゲイルは怖気づいていた。

 元不良少年が恐れるほどなら、その店の常連はよっぽどだろう。しかし――

「いいか、少年? 命懸けだろうと必要ならば飛び込む。それが儂ら騎士ライダーよ。たまに程度の素人、ものの数ではないぞ?」

 と騎士ライダーリゥパーに揶揄われてしまう。

 しかし、冗談事でなく、それが真実だろう。

 僕や義兄さん、ルーバン、ポンピオヌス君と――半人前扱いな従士でも、すでに数年の修行を経ていた。

 スポーツ選手で例えたらリトルかユースで鍛えているようなものか。

 その指導役チューターである騎士ライダーは、もう一流のプロとしか例えようがない。

 比べたら街の破落戸なんて、余暇に草野球を楽しむ素人レベルだ。もう勝負にすらならない。

「一人、二人は凶状持ちも居よう。だが、それだけのこと。その程度で強くなれれば、これまでの修練など要らぬ」

 奇妙なアドバイスと共にサム義兄さん達は、それぞれの師匠から剣を帯びるよう指示されていた。

 自分も帯剣すべきか考え、すぐさま首を振る。僕が持っていたところで、逆に味方の邪魔になりそうだ。

「よし! 準備はできた? では、始めようか」

 僕の言葉に皆が肯き返し、立ち入り捜査は始まった。



 ドゥリトルのような辺境といえど悪人もいる。まあ城下一万に対し、ほんの二、三人だけど。

 彼らは真正の鼻摘み者だ。

 不良とは全く違う。この時代に侠客の類であろうとしたら、社会の承認が――何らかの形で役に立つ必要があった。

 集団に寄生するだけの厄介者を養う余裕はないからだ。

 もちろん街の誰も相手にしないし、親兄弟からすら縁を切られ、正業にも就いていない。

 はぐれ者アウトローとの差異も、棲家が街か森で違う程度だ。おそらく税も収めておらず、語源的な意味でも父上の庇護下にないアウトローだろうし。

 この二、三人に、やはり素性の知れない流れ者が流動的に二、三人ほど。合わせて数人を相手にした酒場が『シリルの店』らしかった。



 そんな街の者は決して近寄らない店に、まるで常連客の如く騎士ライダー達は入っていく。

 ……見慣れぬ闖入者へ「なんだ手前ら」と男を、椅子ごと壁際へ吹き飛ばす余興付きでだ。

「口の利き方を間違っているぞ? 『旦那様サー、なにかお役に立てますでしょうか、旦那様サー』であろう?」

「だからといって口を利けなくしてどうする。 ――フォコン! こいつは、お前のお気に入りか?」

「五体満足で相手を帰す趣味はない。そいつは『足りてた』だろうが?」

 店内は、さすがに静まり返っていた。誰も彼も、唖然としている。

「うちの師匠は、相手の歯を何本折れるかで占うのが趣味なんだ。……弟子としては、お諫めした方が良いのかな?」

 従士ルーバンが投げやりに訊いてくる。

「俺に訊くなよ、そんな答えにくいこと!」

「後学までにお訊きしたいのですが、やはり数が多いと幸先も良いのでしょうか?」

「数って?」

「折れた歯の数が、です」

「そりゃ多い方が良いに決まってるよ! だって……そういうものじゃない?」

 ……判ったぞ。

 サム義兄さんと従士ルーバン、ポンピオヌス君の頓痴気な会話で理解できてしまった。

 うちの騎士ライダー達が変なのは、歳若い従士の頃に感化されちゃうからだ! 間違いない!


 やっと事態の推移に追い付けたのか酌婦たちが叫びかけ――

「そこのお前! そう、そこの戸口へ隠れようとしたお前だ! のなら、私に見せてみよ」

 フォコンの凄惨な笑みに気圧されて黙る。

 ……味方で良かった。獲物を再発見したフォコンの殺気はすさまじく、はたで見ている僕らすら押し潰されてしまいそうだ。

 意外にも意気地を見せて男は逃げ出したが、しかし、その左手は喪われていた! もしやフォコンがつけたという!?

「フォコン様! すぐ追いかけないと! あっちには裏口がある!」

 助言にフォコンは躊躇なく追跡を開始し、それでゲイルも続く。道案内でもするつもりか?

「儂らは表から回る! ルーバン、ついてこい!」

「はい、騎士マスター!」

 素早くリゥパーとルーバンの師弟がフォコンのフォローへ走った。

 騎士ライダー二人だし、そうそう後れは取らない? なら――

「ポンピオヌス君は僕の護衛を! 剣を忘れてきちゃったんだ!」

 と師匠フォコンを追い駆けだしそうなのを止める。これ以上の戦力分散は良くない。

 そして残る全員を逮捕してしまおう。誰も彼もが怪しすぎる!

 外にいる兵士も呼び込もうとした矢先――


「火事だぁ!」

 との叫び声、そして悲鳴が階上から聞こえた。

 安普請の隙間からも強い光が漏れ入ってくる。誰かが本当に火を掛けたらしい!

 そして命ばかりはと縮こまっていた破落戸や酌婦も、我先にと店から逃げ出し始める!

「火だ! まず火を消して! 兵士長、僕の声が聞こえ――」

「若様とポンピオヌス殿は、とにかく外へ! 火に巻かれては!」

 有無を言わせぬ強い口調でティグレは指示を下しつつ、自らは火元らしき二階へと上がっていく。

「なんでもいい! できたら手掛かりを!」

「リュカ様、階下にも火の手が回り始めて! もはや、これまででありましょう! この建物は崩すほかありませぬ!」

 ポンピオヌス君に諫められ、やっと自分が邪魔者なことに気付いた。僕がいたら消火活動――取り壊しに掛かれない!



 兵士の使う警笛がドゥリトルの夜に木霊していく。

「……抜かりました。客らの半数に逃げられた挙句、収穫は身元不明の死体が一つだけ。真に申し訳ありません」

「いや、それだけでも十分だよ。今回は相手の思いっきりが良過ぎた。もしかしたら僕らの突入と同時ぐらいに、火を放ってたんじゃないかな?」

 煤だらけになりながらも、なんとか死体を引きずり出してくれたティグレを労う。

 しかし、自分で口にしておきながら、嫌な予感がしてならない。

 誰だか分からないけれど対応が素早過ぎやしないだろうか?

 騎士プロに包囲されて切り抜けるなんて、それこそ本職プロにしか為し得ないはずだ。

 つまり、相手は騎士ライダーに準じた専門家となってしまう。

「儂らの方は、上手いこと捕まえましたぜ、若様」

「いや、リゥパー……お主、ちと強く殴り過ぎだ。こやつ泡を吹いたままだぞ?」

 左手が無い破落戸は、猫の子よろしくフォコンに襟元を掴まれぐったりしていた。

「フォコン、そんな風に突いたって目を覚ましやしないよ! 誰か、この人の面倒を! ――火は治まりそう? 念の為、そこいら中に水を掛けて。 ――あと全員いる? 怪我した人は? ……義兄さんは何処にいるのさ?」

 全員で顔を見合わせる間もなく――

「た、大変です! 従士殿が! 従士殿が!」

 最後の質問には、兵士の狼狽した叫びが答えとなった!

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