資金調達という名の戦い
あらゆる知識を動員してデザインしたは良いものの、その正体を問われたら心もとない。
これは期せずして既存のナニカを再現している?
最も近いのはチーズケーキ・バーとかだけど、僕の念頭にあったものはチョコレート・バーだ。
成分的にも、ほぼ近いし……その分だけ
さあ、お召し上がれよ!
一口で後頭部へ走る鈍痛と共に服は弾け飛び、身体は半透明となりながら昇天するだろう! さあ!
「ほお……これはまた……焼き菓子でっしゃろか? こないに甘い菓子は、初めて口にしますぅ」
「あまり食べ過ぎたら駄目よ? これは悪魔なの! 凄く太るし……吹き出物もできやすくなるし……嗚呼、でも美味しい!」
悩まし気なダイ義姉さんへ、そうだそうだとばかりにエステルも脚をバタバタと喜びを表す。
……あれ!?
どうしてマリスは「美味いぞー」と叫びながら口から虹色破壊光線を発射しないの!?
なぜポンドールは――
「あひぃ! さすがは若様! そして『神の国』の菓子やわぁ! 是非とも、うちらに専売の御許可を!」
と腰を抜かさないの!?
なにゆえ昼下がりのティーブレイクと何ら変わらない平穏!? ホワィっ!?
「えっと……
思わず口にしてしまった疑問へ、可愛らしくポンドールは小首を傾げた。
その顔は、全く赤くなっていない。本来の資質――類い稀な頭脳を働かせている証拠か。
「もしかして若様……これのレシピを、お売りになるおつもりで?」
「レシピ? レシピの形になるのかな? いや、とにかく当座の資金を――」
「僭越ながら、これは若様に向いておりません。そもそも食べ物は――料理は商いに向かへんのですわ。少なくとも、うちらはようやりません」
「え? それはどうして?」
「レシピは盗めるからです。商売敵を圧倒できるのは、ほんの数年限り。それからは価値が認められれば認められれるほど、真似する者もでてくると思われます」
指摘されて、やっと気が付いた! 現代と流通事情が全く違う!
人気の見込める菓子であろうと、ただ流通させるだけで大冒険だ。
また珍しいうちは扱う価値もあろうが、それもネタが割れるまでの短い期間でしかない。
なぜなら現地生産され始めたら、絶対に値段で太刀打ちできなくなるからだ。
……流通コストを軽視できない時代ならでは、か。
「若様の砂糖を使っておいでですから、そうそう真似されないとは思いますけれど……うちなら若様の砂糖だけ商いますわ。真似されにくいでしょうし、量も扱えますから」
ここでポンドールが僕の顔色を窺ってくる辺り、この娘を隅へ置いておけない証拠だろう。
もし製法がバレたら、手痛く勉強する羽目になるかもしれない。
「これなら城下で菓子屋でも始められたら、きっと成功しはると思います。でも、それは若様の御希望に沿っていないと……――」
そしてポンドールの推察は的を射ていた。
確かに僕が欲しいのは、そういった一個人としての成功じゃない。
「あっ! もしや!? 若様は一庶民としての人生を御希望で!? その為に菓子職人を御考えなら! もちろん、うちかて菓子職人の女房でも――」
「その通りだよ!」
「え? では、うちのこと――」
「絶対にありえないことだった。うん、ない。ありがとう! 完全に勘違いしてた!」
そして感謝の意味を込めて全力で微笑みかけたら……どうしてかポンドールの目が死んでる! どうして!?
さらにエステルからは袖を引っ張られ――
「めっ! リュカ兄しゃま、めっ!」
と怖い顔をされた。カワイイ! ……じゃない、意味が分からないよ!?
わざとらしい咳払いと共にマリスが口を開く。
「差し支えなければ、我々共で手配をば? ですが娘の申しました通り、ご期待には添えかねるでしょう」
どうやら無心できるのは、よくて菓子工房の建設費程度か。それから地道に売り上げ回収では、気が長いにも程がある。
「いや、それなら別案に使うよ。ありがとう、知恵を貸してくれて」
「お気に召さないと思いますが、やはり、トロナ石の交易に前向きになられては? あれなら需要も確実ですし、余人に真似をされることもありますまい」
「うーん……領内中に、石鹸での手洗いや洗濯を定着させたいんだよ。もう国策――じゃないや領策として、トロナ石が尽きるまで禁輸措置を続けたいぐらい」
「我々としましては、いざという時に御覚悟さえして頂ければ。それよりも御所望の品物を幾つか御持ちしましたよ」
……意訳すると「まだ債権は待てるけど、担保なのは忘れるな」かな? さすがに商人は甘くない。
やはりマリスやポンドールもまた、餓えて求める者だ。
友情だとか忠義など――目に見えないあやふやなもので誤魔化されやしないだろう。
……僕もまた、いまや同類であるように。
「まだ色々と手は残ってるし、考えてみるよ。年末まで半年以上もあるし」
とりあえず今日の催促は終わりだろう。やや苦しくなったけど、まだ詰んではいない。
「なんなの、これ? また変なものばかり集めて。母さんがいってたけど、リュカの収集癖は絶対に先代様の血といってたわよ。ほんとに、もう訳の分からないものばかり――」
「御嬢様! その封を素手で開けてはいけません! 毒に御座いまする!」
壺を弄ろうとしたダイ義姉さんが、慌てた様子のマリスに止められた。
……そろそろ危険物の取扱に配慮した方がよさそうだ。そのうち大惨事となるかもしれない。
「どうしても必要なんだよ。ジュゼッペなら上手に使えるから平気だし」
怖い顔の義姉上を宥める。うん、あとで御説教確定だ。
もう土産に慰めを求めようと、マリスの並べた革袋へ手を伸ばしたら――
なぜかポンドールに先を越された。
「リュカ様! 御願いの儀が! これは諦めて下さいまし! 確かに曲がらねば世が渡られぬとも申します! でも、だからこそ! だからこそリュカ様には、直ぐに立って欲しいんです!」
そして絶対に渡すまじと、革袋を抱え込むように身を捩る。
……ポンドールほどの才女にしては、妙な嘆願だ。
僕は覚悟をしている。ポンドールだって同じだろう。
目的の為に自分を曲げようと、欲しいものを手にすると決めているはずだ。
「……ちょっと意味が分からないな」
「誤魔化したらあきません! うちは……うち、詐欺だけは認めらへんのです!」
判った! アレだ! 『詐欺師の宝石』を調達してくれたのか!
「凄いな! よくあの手掛かりだけで! 見せて見せて!」
「あかん! あかん、て! こないな物は……嗚呼、断れへん。うちは、こんなにも弱い女やったんか……――」
興奮のあまり、人見知りなポンドールに迫ってしまっていた。大失態だ。
あと僕が詐欺用に――この時代の用途で欲しがったと勘違いもしているらしい。
「心配しないで大丈夫。僕を信じて? この
「ち、近い! 若さん、近い! ああ、うち何もかも、どうでもよくなって……このままじゃ沸騰してまう……」
しかし、驚くほどに大量な『詐欺師の宝石』より、何だか妙なポンドールの言動より、左脇腹に走る鈍痛の方が問題となっていた!
義姉さん、どうして抓るんですか!?
「あの、若様!? ち、父親の前で、そのような御無体はッ! こ、光栄ではありますが手順といいますか……その……当家としましても、唯一人の跡継ぎでございまして――」
そして雄々しく痛みに耐える僕へ、マリスは意味不明な話をしてくる。
このおっさん、なにを言い出して? この忙しい瞬間に! それにしても痛い!
さらに! さらに、どうしてかエステルが、大声で泣きだそうと胸一杯に空気を吸い込む気配!
泣くな! 泣くんじゃない! いま義兄ちゃんが話を聞いちゃるから!
もう滅茶苦茶で大混乱となる寸前、扉の方でノックの音がした。
「若様! こちらに、おいでですか? 入りやすよ?」
とジュゼッペの声もだ。
なぜか全員の動きが止まった中、代表して応じる。
「どうぞ入って。何の用?」
こうなったら毒を喰らわば皿までだ。いま以上に状況が混乱することだけはあるまい。
「ついに成功したんです! とうとう、でかしたんでさぁ!」
我がことのように喜ぶジュゼッペは、一組の男女を伴っていた。
そして女性の方が恭しく運ぶ盆の上には、なんと――
板ガラスが載せられて!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます