8-2 御前試合と嵐の到来


 中庭にはカミルがいて、その隣にはリンドもいる。

 アルトゥールはリンドの隣にいたが、こちらもあまり機嫌が良いとは言えない。


 やる気のなさそうな虎の精霊は芝生に座ってぼけっとしていて、フリックはカミルと絶妙な距離を保ったまま所在なげに立ち尽くしている。アルエスは救急箱の中身をチェック中だ。

 セロアはルベルと一緒にいたが、黒曜とオスヴァルトの姿を認めると軽く会釈をした。ルベルは緊張した面持ちで二人を見、セロアに釣られるようにぺこりと頭を下げる。


「女王さま、将軍さま、おはようですっ」

「おはようですわ、ルベルちゃん。セロアさまもお早う御座いますわ」


 彼女の笑顔には一点の曇りもなく、それに微笑み返す賢者の表情にも危うさは欠片もない。それでも獣の勘で何かを感じ、フリックは二人を遠くから眺めながらぶるりと身震いした。

 リンドは黒曜の姿を認めるとすぐ、切羽詰まったような表情で駆け寄ってきて勢いよく頭を下げた。


「姫さまっ! あのっ、申し訳ありません!」

 その言葉に黒曜は黙って微笑み、ゆったり歩いてカミルの隣に立つと彼を見上げる。


「何を企んでいらっしゃいますの?」

 カミルは深紅の双眸で彼女を見、そして後ろに立つオスヴァルトを見た。


「アルルに言ったそのままの事だが。セロア=フォンルージュが勝てば、リンドの旅中の安全を保証しおまえを説得する。アルルが勝てば私は館に帰る、とね」

「最低ですわ、その条件」


 黒曜が小声で言ってカミルを睨みつける。大賢者の方は動じた様子もない。


「どこが最低だね?」

「一方に肩入れしすぎですもの」


 言外に不平等の不服を訴える黒曜を、カミルは笑みを崩さず見下ろして答える。


「そんな事はなかろう。リンドは誰が止めようと旅を続けるのだろうし、私がおまえを説得しようと聞き入れるかはおまえ次第だ。そうだろう?」

「理屈付けと論点ずらしの才能は相変わらず素晴らしいですわね。試合の結果にかこつけず、今すぐお帰りくださって構いませんのよ?」

「そんな怖い顔をするものじゃない。可愛い顔が台無しだぞ」


 セオリー通りの揶揄に一瞬、黒曜の眉が跳ね上がるが、かろうじて堪えたようだった。


「放っておいてくださいませ。灰竜かいりゅうさまがどんな悪巧みを考えてらっしゃるのか存じませんけれど、わたくしの意志は試合結果などに関わりありませんわよ」

「まぁ、見ていなさい」


 子どもを言い諭すような口調でカミルは言い、複雑な顔で見ているアルトゥールと困り顔のセロアを見て、笑んだ。


「……最悪殺してしまっても何とか出来るが、さすがにまずかろう。セロア=フォンルージュ、おまえは扱える武器はあるのか」


 セロアはにこりと微笑み返し、布包みを出した。

 長剣にしては短くナイフにしては長いそれの中身は、ボロボロに傷んだ鉄扇。


「私が使える武器って、これしかないんですよ。これでもいいですか?」

「……セロアさん、踊るんですか?」


 大真面目にルベルが聞いたので、茫然としていたアルトゥールが変に咽せ込む。

 さすがのカミルも目を丸くしていたが、頷いた。


「ある意味、剣より重くて扱い辛いと思うが。それしか使えないのならば仕方あるまい、本人が良いなら良かろう。アルルはどうする? 加減できるのであれば真剣でも構わんよ」

「真剣だと、その唯一の武器を壊してしまいかねませんからね。俺は訓練用の木刀でいいですよ」


 カミルは頷き、そして言い加えた。


「特にルールは設けぬよ。危険と判断すれば私が介入するが、互いに殺さぬ程度の加減はしてくれ。––––では」


 セロアは、心配そうに見上げるルベルの頭を優しく撫で、進み出て芝草の上に立ちアルトゥールと向かい合った。

 アルトゥールはリンドから木刀を受け取り、切れ長の双眸を細める。


「知識職の御仁に本気で、ってのはさすがに躊躇われるが、手を抜くと姫様に迷惑がかかるので。怪我をさせてしまったら申し訳ない」

「はい、解っています。私も本気で逃げますから、大丈夫ですよ」


 おかしな会話だが、それ以上言葉を交わすことはなかった。カミルが始まりの号令をかけたからだ。同時にアルトゥールの木刀が閃き、軌跡はセロアの手首––––鉄扇を持つ右の利き手、を捕らえたかに見えた。

 ––––が。

 木刀の切っ先は虚しく空気を切り裂いただけだ。絶妙な間合いでそれをかわしたセロアは、閉じたままだった扇をわずかに開いてじり、と後ずさる。


 一気に片をつけるつもりだったアルトゥールの表情に、動揺が浮いた。それを押し隠すように再度踏み込み、振りかぶった木刀を振り下ろす。それも届かず、下段から切り上げたが当たらない。

 鉄扇で受け止める気はないのか、セロアは本当に逃げに徹しているようだった。

 まるで風に舞う木の葉を相手にしているようなもどかしさに、アルトゥールの顔がだんだん強張ってきた。


「……どうして当たらねぇんだ」


 表情はかろうじて笑顔だが目までは笑えない。

 柄を握るてのひらが汗ばんできているのは緊張からか焦りからか。

 擦るような金属音と共に鉄扇をもう幾らか開いて、セロアも緊張感を滲ませたまま曖昧に笑った。


「昔から、逃げ足だけは速かったんです」


 一進一退どころか全くの平行線。

 だが、持久戦になれば体力的にもセロアが不利なのは間違いない。

 アルトゥールは表情を取り直し、木刀を構えて思い切り踏み込んだ。セロアはまたもギリギリの間合いで身を引いたが、アルトゥールはすぐさま剣を翻し、強い勢いでセロアに突き込む。


 賢者の表情にわずかに過ぎる、焦り。

 かわし切れず反射的にセロアは、鉄扇でそれを受けた。

 かつ、っと鈍い音。扇の継ぎ目に切っ先を咥え込まれ勢いを止められたアルトゥールが、引き抜こうと木刀をわずかに捻る。––––瞬間。


「あっ」


 セロアの口から漏れたのは彼らしくない焦った声だ。

 同時にアルトゥールの顔に驚愕の色が過ぎる。

 がりぃっと変な音がして、乾いた粘土が砕けるように木刀の先が砕けた。

 訓練用の物とはいえそれほど柔らかい木材のはずがない。有り得ない出来事にアルトゥールが虚を衝かれたのは一瞬だったが、そのわずかな隙にセロアは鉄扇を閉じて薙ぎ、木刀を叩き払って距離を取る。


「……セロア、その鉄扇ただの武器じゃないな!」


 先の欠けた木刀を構え直し、アルトゥールの双眸が強く光る。セロアは曖昧な笑みのまま、だが真剣な瞳で鉄扇を再び開いた。


「さぁ、どうでしょうか」

「手加減なしでいいってぇ事だな」


 答えは待たず、一気に踏み込む。

 今度こそ確実に標的を捕らえた剣先がセロアの手首に到達する直前、賢者はそれを払いのけるように開いた武器を一閃させた。



 ––––かぁん!



 アルトゥールの木刀がさらに数センチほど砕け、だが勢いを殺し切れなかった反動で、セロアの鉄扇も弾き飛ばされて宙を舞う。

 それは鋭く回転しながら弧を描き、まるで狙いすましたかのように、ゼオの真上へ落下した。





「––––うぁッ!?」


 ざん、ッという音と一瞬散った炎。

 茫然と固まるセロアとアルトゥールの視線の先で、鉄扇がゼオの体を掠めるように足元の芝生に突き刺さる。カミルが薄く笑んで呟いた。


「ミスリル銀か。危なかったな、ゼオ」


 魔法力を帯びた鉱石、ミスリル銀は非常に希少で高価な素材だ。

 精霊の身体はいわば魔力の塊なので、通常の武器で損傷することはない。しかし、魔法力を帯びた武器や魔法そのものであれば別である。


「––––ッ、てえめぇ隠居! テメーオレを殺す気かァッ!」


 カミルの声などかき消す勢いでゼオは吠え、芝生に刺さっている鉄扇を掴んで引き抜いた。そして何の迷いもなくそれをセロアに投げつけた。


「わ」

「セロアさんっ!」


 慌てたようなセロアの声に、ルベルの悲鳴が被さる。

 が、セロアはまたもそれを難なくかわし、当たり損ねた鉄扇は勢いそのままに後方のアルトゥールへ。


「うわっあぶねぇ」


 思わず折れた木刀でそれを叩き落とした彼の目に、信じられない光景が映る。木刀が一瞬のうちに燃え上がり炭になって砕け散ったのだ。

 反射的に手を離して目を瞠ったアルトゥールだったが、すぐさま怒りの形相でゼオを睨むと叫んだ。


「おいっ! そこの放火猫、貴様本気で殺す気かッ!」

「あァ? 本気で死ぬかと思ったのはオレだっ! ミスリル銀てのは精霊への殺傷力が断トツなんだぜ!?」

「阿呆かてめぇ、それはおまえの仲間の持ち武器だろうが!」

「だから隠居を狙ったじゃねーか!!」


 突如勃発した口喧嘩を、当事者のセロアを含め周囲は唖然と見守るしかない。

 狙われていたらしいセロアも、元凶が自分なだけに口出しできず困り顔でそのやりとりを聞いている。

 騒然とした場もお構いなしでカミルが笑った。


「解っただろう、黒曜」

 女王は、隣の守護者を睨み上げる。


「ええ。悔しいけれど、灰竜さまの意図を理解しましたわ。あの方は『精霊に愛される魂』でいらっしゃいますのね」


 その気質ゆえに精霊との親和性が高い者のことだ。魔法職を選んでいれば天才的な魔法使いルーンマスターの素養があったことだろう。

 だが、当人の職が学者だからかそれともゼオ自身に既に名があるからなのか、灼虎との相性はあまり良くないようだ。

 放っておくといつまでも終わらなさそうなので、ぎゃんぎゃんと喧嘩を続けている二人の間にカミルは割って入る。


「そこまでにしておきなさい」


 ゼオは何か言いたげにカミルを睨んだが、それでも口をつぐんだ。

 アルトゥールも不満な気分を抑えるように息をつき、守護者を見返す。


「貴方がやらせたんじゃないですか。もう満足されたんですか?」


 カミルは黙って口元に笑みを刷き、芝生に刺さった鉄扇を拾い上げた。ざ、と広げ視線をセロアに傾ける。


「これはどこで手に入れた?」

「何年か前に、馴染みの武器屋に押し付けられたんですよ。ただの古い鉄扇だって言われましてね」


 本当に、ボロボロに傷んだ古い鉄扇だ。

 武器屋は真価に気づかなかったのだろう。威力を目にした今でさえ、アルトゥールもそれがミスリル銀だとは信じられない。

 興味津々で開いたり閉じたりしているカミルの隣にセロアが来て言った。


「ご厚意を逆手に取るような真似をして、申し訳ありません。……私がこれ以外まともに扱える武器がない、というのは嘘ではないですが」

「許可を出したのは私だ、構わんよ。確かにミスリル製の刃なら量産武器くらい折ってしまえるからな。––––巧く使いこなせれば、の話だが」


 明らかな揶揄を込めた視線を向けられ、セロアは苦笑した。


「筋金入りの不器用なんですよ」

「そのようだな。だが安心したさ。ただのお人好しかと思ったが、不利な試合に勝つ算段を講じて臨む狡猾さも、持っているようだな」


 魔法製武器対木刀、という卑怯千万な対決だったわけだが、セロアに瞳には後ろめたさも悪びれた色もない。

 卑怯と罵られることも覚悟の上で、それでもわずかな勝てる可能性に彼は賭けたのかもしれない。

 アルトゥールが溜息をついて、セロアに右手を差し出した。


「俺はあんたを甘く見てたみたいだ。本気なんだな」

 バイファル島へ行くという、無謀な決意。


「はい、本気ですよ」


 セロアはにこりと笑み、彼の手を握り返す。

 人間フェルヴァーの癖に細くて長い指の感触に、彼が本当に実戦経験が少ないのだと改めて思い知らされた。

 自分の苦手を熟知した上で、自分に使えるものを駆使し望みを引き寄せる。この男は、穏やかさの陰にそんな強かさを隠し持つ人物だ。


「さて、判定しようか」

 そんな最中にカミルが突然そう言い出したので、アルトゥールとセロアは同時に彼を凝視した。


「灰竜様、判定って」

「無論、勝敗の判定だ。だが試合途中にゼオが乱入した事で結果は有耶無耶になり、かといって再試合も馬鹿らしい。引き分けでいいか」


 適当さ加減のひどい守護者にアルトゥールはがっくりと脱力する。

 異議を唱える気も起きない彼とは対照的に、セロアは緑玉の双眸を向け興味深げに聞き返した。


「と言うことはカミル殿。先の言はどちらも有効にならず、現状と変化なし、という解釈で宜しいのでしょうか」


 その問いにカミルは意味深に口元を緩めた。


「勝ちではないが負けでもない、ということだ。私は黒曜を説得はしないが、リンドの旅の安全は保証してやろう。それを終えたら私は館に帰るさ」


 セロアは黙って白い魔族ジェマを見る。あるいは初めから、結果を見越してそういうつもりだったのだろうか。

 底知れぬ血色の両眼から何かの意図を汲み取ることはできない。

 アルトゥールが鬱々とした表情で前髪をかき上げた。


「俺は、リンドが行くのは反対です。……たとえ、絶対の守護があったとしても」

 語尾に力が込められている。カミルは双眸を彼に向け答えて言った。


「私に言っても仕方あるまい。リンドが自分で行くと決めたのならば」

「そうだとしても、貴方はどうやって守護するつもりなのですか! カミル様」


 アルトゥールが声を荒げたのは一瞬だったが、自分が話題の中心になっていると気づいたリンドが、焦ったように駆け寄ってきた。


「灰竜さま、兄さま! リンドは守護など要りません、それよりルベルに」

 それを遮って。


「リンド」


 低く硬い声は父オスヴァルトだ。

 表情を歪めて彼はリンドに視線を向け、言葉を続けた。


「……カミル様は桁外れの技量を持つ、精霊使いエレメンタルマスターだ。だが、絶対の保証など、……存在しないのだリンド」


 普段無口な父の言葉には不思議な重みがあって、沈黙がその場を支配する。カミルは表情を変えぬまま、黙って変化を待っているようだった。

 ––––その、時。

 さく、さくと、芝生を踏んで近づいてくる足音。

 邸内から中庭のこの場所へと伸びる小路の両側には、丈の低い柴木が植えられている。その間をこちらへ向かって歩いてくる人影に、黒曜が驚いたように声を上げた。


「おかあさま?」


 それは、質素なドレスを身につけた青い髪の魔族ジェマ女性だった。

 セロアとフリックは知っている、黒曜の母イアルゥだ。黒曜の嬉しそうな顔とオスヴァルトの驚いた顔、––––一方カミルは苦い表情で瞳を眇めてる。


「久しぶりに来たのに、城の方に誰もいないなんてあんまりよ。ナティ、オルト、アルルもリンドも元気そうね」


 笑うように言って顔を上げた女性に、リンドは満面の笑顔で駆け寄った。


「おばあさま! お久しぶりですっ」


 祖母というには若い彼女は、勢いよく抱きついてきた孫娘を抱きとめて微笑む。明るい陽光の下、彼女の纏う雰囲気はどこか人懐っこくて魔族ジェマらしくない。


「お久しぶり、あるいは初めまして。私は、現女王の母でイアルゥといいます。––––カミル様、相変わらずお美しくていらっしゃるのね」

「心にもない世辞などいらぬよ。何をしに来た」


 白い魔族ジェマの声音に潜むのは明らかな敵意だ。

 セロアとフリックは昨日の会話を思い出したが、黒曜やオスヴァルトの表情に変化はない。慣れている、ということだろうか。


「ええ。実は昨日、庵に訪問客がありましてね。ナティ、お爺ちゃんがあなたと話したいんですって」


 カミルを受け流すように彼女はそう言って、リンドを離れさせ黒曜に視線を向けた。唐突に水を向けられ、女王は慌てたように姿勢を正す。


「おじいさまが、来ていらっしゃいますの? おかあさま」

「今、城にいるわよ。誰もいないから、私があなたたちを捜しに来たの」


 そのやりとりをぼうっと聞いていたアルトゥールが、はっとしたようにセロアを見る。


「まさか、昨日……」


 セロアはにこにこと笑顔を返し、答えない。

 黒曜は何か言いたげに賢者を見たが、すぐにイアルゥに促された。


「いいから、早く戻ってあげなさいな」

「でも、おかあさま」


 どこか抗議めいた声音で黒曜は彼女を見上げる。

 イアルゥはふわりとドレスを捌いて娘の前にしゃがみ込み、少女の頰に手を添えて正面から視線を合わせた。

 深い海のような深蒼の双眸が、宝石みたいな紫水晶の両眼を覗き込む。


「あなたはいつでも思い詰めすぎなの、ナティ。カミル様が性悪なのは千年近くも昔からですもの、好きにさせておけばいいのよ。大切なのは、あなた自身がどうするかでしょう?」


 少女の瞳が一瞬潤んで揺らめいた。

 イアルゥは視線を傾け、アルトゥールを見る。


「アルル、ナティを送ってあげて」

「了解です、大奥様。……姫様、ひとまず城に戻りましょう」


 頷いて黒曜の肩に手を置いた彼に押されるように女王が歩き出したので、リンドはどうしていいか解らず父を見上げる。

 オスヴァルトは無言でイアルゥに視線を向けた。


「リンドとオルトも一緒にね」


 その目配せにイアルゥが応じ、オスヴァルトは黙って頷く。リンドを促し、軽くカミルに会釈をして足早に城の方へ向かっていった。

 後に残ったのは、カミルとイアルゥ、そしてセロアたち五人。


「本人を目の前に性悪などとよく言ってくれるな、水魔」

 選んだ言葉と口調に悪意が込められているのは傍目からも明らかで、彼女も穏やかに微笑みながら辛辣に切り返す。


「あなたは確か、自他共に認める性悪じゃなかったかしら、カミル様。私の記憶違いでしたらごめんなさいね」


 当然、険悪な空気が張り詰め、ルベルがセロアの袖をぎゅっと掴んだ。セロアは無言で少女の頭を撫でてやる。

 イアルゥが瞳を傾け二人を見て、言った。


「見た所、相当そのお嬢さんのことを気に入ってるみたいね。何を企んでいらっしゃるの?」

穿うがった見方は心外だな。私は純粋に、この物語の結末を知りたいのだよ」


 カミルの側も、瞳に殺伐とした光を宿らせつつ口元には薄い笑み。

 アルエスが無意識に救急箱を抱え込んでフリックの傍に寄ったが、彼も耳の毛が逆立つほどに緊張している。


「これ以上私の子どもや孫たちを、あなたの実験に利用しないで欲しいわ」

 イアルゥの静かな言葉に、カミルは獣が牙を剥くときのような殺気を放って、笑った。


「私を誰だと思っている」

 一触即発の危うさを。


「性悪大賢者サマだろ」


 そんな台詞でぶち壊したのは、ゼオだった。

 途端、溶けるように殺気が霧散したのは、気のせいではないはずだ。


「まあいい。どうせ試合が終われば帰るつもりだったしな、邪魔者無しで仲良くするが良かろう」

「ええ、そうさせてもらうわ」


 人懐っこく微笑んだイアルゥを見て、セロアの胸中を過ぎったのは黒曜の笑顔だった。

 ティスティル帝国の水面下に存在する複雑な背景事情を垣間見てしまった気がして、とりあえず今は忘れておこうと、セロアは無理やり思考に蓋を被せたのだった。


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