14-3 改めまして初めまして


 完全に昏倒したロッシェを担いで運ぶのはセロアも無理で、結局リンドのテレポートに頼ろうと結論づいた。

 人数が多いと負担も大きいから、ロッシェとルベルがリンドと一緒に、ゼオ含めた残りの三人はフリックの道案内で、さっきの洞窟へと戻ることにする。


「でもロッシェさん、魔法利きにくい体質だって言ってたケド」


 支障なく魔法が発動し三人が姿を消したのを見て、アルエスが首を傾げた。

 ゼオがあぁと呟く。


「ありゃ、ヤツの意識に精霊たちが引きずられてるだけだからな。意識なけりゃ関係ねぇし」

「そっかぁ、だからさっきも、ルベルちゃんの目覚まし魔法で起きたんだ」


 ゼオの言はシィの訴えとも一致していた。

 納得するアルエスの隣で話を聞きながら、セロアは柔らかく笑う。


「これでひとまず、第一関門突破ですか。アルエスも、フリックも、無事で安心しましたよ。本当にご苦労様でした。ルベルちゃんがお父さんに逢えて、よかったですね」

「うん、よかったよね」


 アルエスが泣きそうな声で同意し、フリックはくしゃくしゃと金茶の髪をかき回した。


「でもさ普通あんな、イキナリあからさまに、逃げるかよッ」

「ココにいる時点で逃げてンだからイマサラだろ」


 さらっとゼオに突っ込まれ、フリックは無言で足元の小石を蹴飛ばした。まだ怒り継続中らしいウサギに苦笑しつつ、セロアが会話を引き取る。


「なんにせよ、目が覚めてから改めて話し合うしか、ないでしょうね」





 三人が到着した頃には、もうだいぶ日が傾いて気温も下がっていた。

 洞窟内には石で組んだ小さな暖炉があり、既にリンドが火を入れていたが、さほど広くない空間に全員でいるのは狭苦しい上、空気も重い。

 父の傍から離れたがらないルベルにセロアが付き添い、フリックとアルエスとリンドは外の画廊を見て回ったりして時間を潰すことにした。ゼオは相変わらず、暖炉の前が指定席だ。


 ロッシェの意識が戻ったのは夕刻の、太陽が沈みかける頃。

 起きた途端またルベルが泣き出しそうになったので、彼は身体を起こし娘を膝の上に抱きかかえ、苦笑混じりに口を開いた。


「突発事態には強い自負があったのに、お陰で自信総崩れさ。さて、誰でもいいから、こんな危険地域に僕の大事な娘を連れてきた理由を、聴かせてくれたまえ。引率者は君かい? 保護者君」


 穏やかな言い方ながら、紺碧の双眸は険しくセロアを睨んでいる。

 ルベルが聞き咎めて声を上げた。


「パパ、セロアさんじゃなくってルベルが、来たかったんです!」

「それは良く解ったよ、ルベル。でも、良識ある大人なら軽装備でこの島に来るなんて有り得ないし、まして子どもを連れて来るなんて尚更だ。……違うかいウサギ君?」


 言い方が攻撃的だ。無言のままのセロアに効果薄と見て取ったか、今度はフリックに的を移す。話を振られたフリックは、無意識に耳を浮かせて言い返した。


「あんたの勝手でルベルちゃんに寂しい思いさせてンのが悪いんだろッ」

「煩い。それはともかく、ここは子どもを連れて来るべき場所じゃない、って話だ」

「ちょ、ウサギお兄さんストップっ」


 拳を握って立ち掛けたウサギをアルエスが止め、ルベルは瞳を潤ませて父を見上げた。


「パパ! ルベルがワガママに巻き込んでるんだから、怒っちゃダメっ」

「……あぁもう。怒ってないから泣くんじゃないよ、ルベル」


 溜め息混じりにロッシェが呻く。

 入り口近くに腕を組んで立ったまま、その様子を眺めていたリンドが、ぽつりと言った。


「何よりまず、自己紹介した方がいいと思うのだが」

「そ、そうだよねッ」


 縋るようにアルエスが同意し、それまで黙っていたセロアがようやく口を開いて言った。


「そうですね。確かにレジオーラ卿には突然過ぎる事態でしょうし、自己紹介をしてから順を追って説明します。私はセロア=フォンルージュといいます。ルゥイさんからルベルちゃんの保護者を仰せつかって、一緒に同行してきたんですよ」


 興味なさそうにそれを聞き、ロッシェは睨むような視線をフリックに向ける。フリックは威嚇するように眉間にしわを寄せ、唸るように言った。


「オレはフリック=ロップ。獣人族ナーウェアのウサギってことくれーで、他には特に何も」


 ロッシェはふぅんと応じて、次にフリックの隣のアルエスを見る。


「で、アルエス。君の連れは僕の娘だったわけか。それを知って思い返せば、君の言動はみなせるけど、ね。……いつの時点で、僕がルベルの父だと気づいたんだい?」

「娘さんの話をしてる時に、ルベルちゃんに見せてもらった似顔絵を思い出したんですよぅ」


 いくらか穏やかになった声の調子に促され、アルエスが答えた。

 ロッシェは少し考え、あぁと小さく呟いて、重い息を吐き出した。


「似顔絵かい。なんか、指名手配犯になった気分だなぁ……。で、そっちの君は?」


 視線を向けられたリンドは姿勢を正し、張りのある声で答える。


「私は、ジークリンド=フェラー=ヴァイデンライヒ=リンデンバウム。本名は長いのでリンドと覚えてくれ。ティスティル王家の者で女王の姪になるのだが、ご存知だろうか?」


 ロッシェは双眸を険しくし、なるほどと呟いた。


「ライヴァンでは旅渡券を発行できないはずなのに、おかしいと思ったよ。ティスティルの旅渡券だったとはね。動いたのはルウィーニかい?」

「いいや? 姫さまを説得したのはルベル個人だから、ライヴァンの外交は動いていないぞ」


 けろりと返された答えに、ロッシェは一瞬固まり、ルベルに視線を戻した。

 少女は父を見上げ、こくこくと頷く。


「はい。女王さまがパパに会ってみたいから、帰ってきたら遊びにきてねって言ってました」

「……待て、どう説得したらそういう話になるんだ。勘弁してくれよ」


 親指と中指でで両のこめかみを押さえるロッシェに、リンドがえらくいい笑顔を向けた。


「遠慮などせず、是非ルベルと一緒に来てくれ! 姫さまも喜ぶだろうし、父親同士ということで、私の父さまと話が合うかもしれないだろう?」

「そんな気軽に行けるものじゃないよ、リンド姫……って長くなりそうだから今はいい。後で顛末を聞かせてくれたまえ。つまり、国として動いたわけではないのか。本当に、いい大人たちが揃って誰もルベルを止めなかったのか。……いくら何でもお気楽過ぎだろう」

「はは、そうですね」


 まさに気楽な調子でセロアは応じ、視線を暖炉前のゼオに向ける。


「でも、ルゥイさんは灼虎のゼオを同行させてくれましたし、ティスティル王宮でも万全の備えでもって私たちを送り出してくださいました。確かに、安全な旅とは言えませんでしたけどね」

「その灼虎が今、幼体しか維持出来なくなってるってのはどういうことだ。安全じゃないどころじゃないだろう、それは危険だらけの旅と言うんだ!」


 ゼオは耳を少し動かしただけで、振り向きはしなかった。

 ルベルが無言で、声を荒げた父の袖を掴む。またも腰を浮かせるフリックを抑えるように、アルエスも彼の腕を掴んだ。


「ではレジオーラ卿は、たとえば私やルゥイさんが迎えに来て、ルベルちゃんが会いたがってるから帰ってきてくださいと言えば、帰ってくれましたか?」


 静かに、だけれどまっすぐロッシェと視線を合わせ、セロアが問う。

 沈黙が生じ、セロアはさらに続けて問いを重ねた。


「じゃなきゃ会いに行くと言い張ってます、って話したら。帰って来てくれましたか?」


 答えはない。問い詰める必要もない。

 そんなのは、ここにいる全員が聞くまでもなく知っていた。


「ルベルの願いは、そんなにワガママですか?」

 しんとした空間を震わせ、幼い声が問いかける。


「ルベルは前みたいに、パパと一緒に、一緒にいたいだけです。それさえ叶えば、ほかになんもワガママ言いません。それでも、悪い子ですか?」

「……いいや」


 かすれそうに小さな声でロッシェは答え、娘の頭をなでた。


「ルベルが我が侭なんじゃない。ルベルは悪くないよ。我が侭なのは、パパの方だ」


 痛いほどの沈黙と、枯れ木が燃える炎の音。静かに張りつめる緊張の中で、ロッシェは目を伏せずっと何かを考えているようだった。

 誰も何も言わず答えを待ち、やがて彼は再び口を開いた。


「一晩、時間をくれないかな、ルベル。さっきのリンド姫の話も気になるし、フォンルージュ先生ともちゃんと話がしてみたいんだ。駄目かい?」


 フリックの耳が浮くのに気づいて、アルエスは彼の腕をつかむ指に力を込める。

 じっと自分を見る父を見返し、ルベルは大きな瞳を一瞬だけ潤ませたけれど、何も言わずに頷いた。

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