5-3 部屋割り



 セロアとルベルが戻ってみれば、廊下まで響くほど賑やかな客間の前で、書類を抱えた女中が立ち尽くしていた。

 足音に彼女は視線を向け、セロアを見て困ったように首を傾げる。


「セロア=フォンルージュ様でございますか?」

「ええ、そうですよ。どうなさいましたか?」


 肯定の答えに、女中はほっとしたように微笑んだ。


「はい、姫様からお部屋の案内を仰せつかったのですが、……その」


 口ごもる様子に、声を掛けそびれていたのだと判断する。

 あの騒々しさでは無理もない。セロアはにこりと笑った。


「私で良ければうかがいますよ」

「あっはい、では、こちらをご覧くださいませ」


 彼女は案内図を手渡し、指で示しながら、部屋、トイレや浴室、食堂、広間と順に説明を始めた。

 今いる客間––––ちなみに二階だ、を含めた同階の客室は自由に使って構わないらしい。特に外訪もなく滞在している客もございませんので、と彼女は言ったが、そうだとしても鷹揚おうような国柄だ、と思う。


「お食事は、広間で姫様と同席することもできますし、私たち使用人どもと一緒に食堂でとることも可能です。ですが、女中頭は此方こちらへお持ちした方が気兼ねせずに良いのではないかと申しておりました。いかがなさいますか?」


 問われて少し考える。

 リンドはともかく、自分や他の者たちは。


「そうですね、お気遣いに甘えさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「はい、かしこまりました」


 笑顔で応じて、彼女は残りの紙束をセロアに手渡した。


「こちらに城内の大まかなスケジュールと案内図、最低限の決まりごと等が記してありますので、目を通してくださいませ。御用の際には遠慮なく申し付けください」

「はい、ありがとうございます」

「では、私はこれで」


 深く頭を下げ立ち去り際に、女中は足を止めて振り返った。


「あ、あの……、セロア様」

「はい、なんでしょう?」


 セロアとルベルを交互に見つつ、彼女ははにかむように微笑む。


「皆さま、しばらくご滞在なさるのですよね」

「ええ。一週間ほどお世話になるつもりですよ」


 女中は胸の前で両手を組み合わせ、目を輝かせて言った。


「それなら是非、私どもとも一緒に食事を致しましょうね! 他種族の、旅をなさる方からお話をうかがえるなんて、滅多にできる経験ではありませんもの!」


 嬉しそうに頬を染める彼女を見る、セロアの目が穏やかに笑む。


「分かりました。みんなにも伝えておきますね」

「はい! では失礼いたします、ごゆっくりなさってくださいませ」


 ぺこりともう一度頭を下げて、女中は早足で戻っていった。

 表情をゆるめてそれを見送りながら、セロアの手は隣に立つルベルの頭を無造作になでる。


「部屋割り、決めましょうか。ルベルちゃん」

「はい。ルベルはセロアさんと一緒がいいです」


 上目遣いに言われて、セロアの手が止まる。


「相部屋にしなくとも、部屋数は十分のようですよ?」

「はい。でも、ルベルはセロアさんと一緒がいいんです」


 訴えるように繰り返され、賢者は頭の中で考えた。

 リンドは元々ここの住人だから、部屋はあるだろう。アルエスは一人旅をしていたらしいので、一人が寂しいということはあるまい。フリックもそうだ。

 ゼオは……そもそも部屋を必要とするのかどうか。


「分かりました。それじゃ、他のみんなは個室で、私とルベルちゃんだけ同じ部屋にしましょうか」


 彼女本人が良くて自分も納得しているなら問題ないだろうと結論づける。

 いまだに騒々しい客間に足を踏み入れたら、いきなりぽぉんと何かが飛んできた。無意識にかわして確かめれば、クッションだ。


「賑やかですね」


 ルベルを自分の身体でかばいつつ、落ちたクッションを拾い上げる。

 投げたのは、フリックに肩車されて上機嫌のスーシアだろう。ボールのつもりで投げたのか、当てるつもりだったのかは分からない。


「ルベルちゃんセロアさんおかえりー!」


 目敏めざとくアルエスが見つけて手を振る。リンドがそれで気づいたのかこちらを見て、ほっとしたように笑った。


「部屋割り決めてくださいって言われたので、決めちゃいましょう。リンドとスゥ君はどうするんですか?」

「おぅよ」


 セロアの呼び掛けにフリックはスーシアを下ろしてソファに乗っけ、自分は隣に座る。リンドはセロアの手もとを覗き込んだ。


「私は自室があるし、スゥは導鳥みちびきどりさまが迎えに来るだろうから、気にしなくても大丈夫だ」

「そうですか。それなら各自、個室を貸していただくのがいいかもしれませんね」


 それを聞いてアルエスが目を丸くする。


「すごーい! ひとりひとりに貸していただけるのっ!?」

「オレ分はいらねェぜ、部屋」


 予想通りのゼオの言葉。セロアは頷き、テーブルの上に案内図を広げた。


「食事はこの部屋に運んでくださるそうです。滞在中にご一緒しましょう、と女中さんに誘われたので、そのうちうかがいましょうね。食事の時間は––––……」





 ひと通り説明を終え、各自が借りる部屋も決め、夕食時にこの客間に集まることにして、あとはそれぞれで過ごすことにし、解散する。

 書庫は一階、執務室は三階だ。

 許可証さえ身につけていれば基本的に城内での行動は自由で、細かな規則や制限は設けられていないらしい。

 ただ警備の者など関係者に注意された時は、素直に従って欲しいとのことだった。


 ライヴァン帝国のみならず、これほどゆるい警備体制の国家は他にないだろう。その理由は、お国柄などという単純なものではない。

 この王宮の背後には、白き賢者の影がある。

 セロアは薄々感じており、フリックに至っては当人との遭遇を果たしている。


 それが自分たちにとって何を意味するのかまでは、まだ二人とも読めずにいる。


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