第81話帰ろう、私たちの世界へ

左右とも先が見えないほど、洞窟の壁をガシャの根が覆っている。まるで凍った滝のようで、白くきらきら輝いていた。

その根の壁の前に神殿があった。

この場所こそ二つの世界を繋ぐ入り口であり出口であった。数名の羽兎族が神殿入り口に待機している。どうやら神殿を管理しているのは羽兎族らしい。


神殿のあちらこちらに羽兎族用の小さな扉がある。ハルキ達が到着すると内部に案内してくれた。噴水のある広場に出ると両側にいくつかの部屋があった。扉は無く、いくつかはベッドが置かれていた。

診療所のような雰囲気だ。他には木箱が詰まれた部屋や、何人かの羽兎族が機織り機で布を織っている部屋もあった。


こういった神殿は他にもいくつかあり、アオイたちが到着したところはもっと西の小さな神殿で、無人だったらしい。

こっちは町の近くだから管理が行き届いていると誰かが話している声が聞こえた。


広場の奥には十ほどの個室があった。黄金色の光を放つ光石ランプが白い大理石の床に反射して、少し眩しい。神聖な場所なのだろう、厳かな雰囲気が辺りを包んでいる。


ハルキは扉を開けた。小部屋の中には服や荷物を置く籠があるだけだった。正面の壁は一面ガシャの根だった。天井付近の壁が空いており、隣の部屋と繋がっている。全ての部屋が同じ作りだろう。


 さっきまでリュウと話をしていたツェワン将軍が、ハルキの前にやってきた。神妙な面持ちだ。


「ハルキ、戦士でもないお前を戦場に連れてきて、本当にすまなかった。心身共に傷ついて辛かろう。切り札が子供とは何とも情けない国家だな……。だがお前がいなければこの戦は負けていただろう。これで我々は国土を取り返し、反撃の足場を作ることが出来た。この借りはいつか必ず返す。……軍を、王族を、この国を代表して――――心から感謝する」


 ツェワンがハルキに向かって敬礼すると、後ろの部下たちも一斉に敬礼をした。人から感謝されることなんて今まであまりなかったハルキは、その光景に少したじろいだ。


「こ、こちらこそ、いろいろと用意してもらって、ありがとうございました」


 ツェワンは敬礼を解き、片膝を突いてハルキの肩に手を置いた。


「ハルキ、また来てくれるな? 待っているぞ」


 ハルキの返事を待たず、アオイは二人の間に割り込んだ。


「ちょっと待って下さい。もう弟を危険な目に合わせたくありません。二度と来ないとは言わないけれど、これからの事はよく考えて……」


ハルキはアオイの腕をそっと掴んだ。アオイは言いかけ、振り返った。


「来ます。絶対」


 笑顔を浮かべつつ、意思のこもった言い方に、アオイは言葉が続かなかった。

ハルキは虹の角をツェワン将軍に渡した。


「心配して否定するより、本人の選択を許容し、背中を押してあげる方がいいのではないか?それが本当の愛なのでは? 足を踏み外したら、自分がその腕を掴めばいい。違うかの」


「マルベックさん……」


 アオイの肩に大きくて重たい手が熱を伝えた。


「お主の母はそんな思想の持主じゃった。懐かしいの……年は取りたくない」


 アオイは弟をじっと見つめながら「お母さん」と呟いた。

母の記憶は、少ないがはっきりと覚えている。生きているのなら、会いたい。でも今は、ハルキを見守らなければ。母が自分の立場なら……たぶんそれが正解だ。


「皆さんありがとうございました」


 しっかりとした挨拶をする弟を見て、アオイは込み上げてくるものがあった。ここへ来てハルキは変わった、明らかに。


 現世に帰る者が各々扉の前に分かれた。


「ハルキ君」


振り返るとオリビアとアイレンの姿があった。


「ありがとう、よく頑張ったわね。でも……ごめんなさいね、あなたを守り切れなかった」


 オリビアはそっとハルキの頬に手を添えた。


「大丈夫です、気にしてないから」


「本当にごめんね。こんな大きな傷が残るなんて……痛かったでしょう」


「お母さんみたいだった……」


「え?」


「オリビアさん。この家に生まれてればなって思った」


 オリビアは一瞬泣きそうな顔をした。


「ハルキ君……」


 元気でね。目元を光らせながら、オリビアは優しくハルキを抱き寄せた。


「ま、また会えるよね、ハルキ君」


 アイレンは少し照れながらハルキを伺う。耳が赤い。二人の間に別れの気恥ずかしさが流れる。


「うん、お母さんを探しにまた来るよ。その時会おう」


「約束?」


「約束するよ」


しばらく会えないのであれば、照れてる場合ではない。そう考えたらしっかりとアイレンの目を見て、言葉に自信を乗せて言うことが出来た。まるで自分ではないみたいだ、と少し驚く。


「……待ってる。元気でね」


 胸の奥が痛い。これは何だろう。


「アイレンも。……じゃあね」


 もっと喋っていたかったのに、言葉が出てこなかった。


「ばい……ばい」


 こっちの世界で最後に見た景色が、笑顔で手を振るアイレンでよかった。

 ハルキは小部屋に入り、ドアを閉めた。服を脱ぎ、籠へ入れる。白いガシャの根の壁に背中を付けた。


「ハルキ」


隣の部屋からアオイの声が聞こえてきた。


「なに?」


 結晶が菌糸のように身体中を覆い始める。


「帰ろう、私たちの世界へ」


「うん」


 やがて視界も白い結晶に埋まり、ハルキはゆっくりと目を閉じた。



                              完   

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