第65話一緒に死線を潜った仲だからか?
振り下ろされた剣を避け、敵の顔面に右フックを喰らわせる。吹っ飛んだ敵は後方にいる2人の同僚を巻き込み、廊下の壁に激突した。巻き込まれた二人は何とか立ち上がったが、一人で小隊を壊滅させた目の前の男と戦う気になれず、恐怖にひきつった顔のまま、悲鳴を上げ廊下の奥に逃げた。
「アオイ、離れるなよ」
振り向いたリュウの顔はいつも以上に人相が悪い。
「はい、大丈夫です。……それにしてもすごいですね、私たちがこっちの世界に来ると超人になるんですね……」
「少しは安心したか? 同じようにハルキの身体も頑丈だし、そもそも敵は絶対に生け捕りにする。……それに何よりマルベックさんが付いている。お前は何も心配しなくていい、全部うまくいくさ。俺たちは俺たちの仕事をするだけだ」
先ほどまで泣きじゃくっていた涙の跡が、煤で汚れた頬にくっきりと残っていた。
「……はい。もう落ち着きました」
苦笑しながらアオイは返事をした。二人は光球霊塔中層の廊下を進んでいた。外では激しい戦争が行われ、轟音や地響きと共に心臓を締め付けられるような恐怖が足元から伝わってくる。
「この階だ、もうすぐ着く……」
廊下の角を曲がった瞬間、リュウの腕に矢が刺さった。
「ぐっ!」
矢の反動そのままに半身を捻り、リュウはすぐ壁際に引っ込んだ。
「下がってろっ!」
「リュウさん……これ、凍ってる……?」
アオイに指摘され目をやると、今まさに矢が刺さった腕の周りに白い霜が広がっていくところだった。意識したからか、途端に激痛が襲う。心配そうなアオイの視線を受けながら、リュウは勢いよく矢を引き抜いた。
「氷石だ」
「ひょ……なんですか、氷の石?」
「この世界の代物だ。すまんが説明してる暇はない」
リュウは少しだけ壁から顔を出し、廊下の先に素早く視線を走らせた。一瞬だが15mほどの距離に、立膝で弓を構えている女兵士の姿が目に見えた。
「ちっ、よりによって目的の部屋の真ん前にいやがる」
その時、廊下に女の声が響いた。
「まったくハズレだよ、どっちかが来るとは思ったけどさ……お前の方か、リュウ」
知っている声だ。リュウは眉根を寄せた。
「……リリーか?」
「正解」
「なるほど、初めからそっち側だったってわけか」
「あんたにしちゃ鋭いね。私はレイイチに借りを返したかったんだけど……。向こうも忙しいでしょ? 私の国の軍を相手に……ふふ、もう殺られちゃったかな」
「うるせえよ」
リュウは廊下に転がっている敵兵から弓を奪い、素早く身体を捻ってリリー目掛けて矢を放つ。リリーも矢を放ち、二本の矢が空中で交差する。どちらの矢も目標を外れ、壁に深々と突き刺さった。その時、一瞬廊下全体が陰り、リュウとアオイは顔を見合わせた。ほとんど反射で廊下の先を覗き込んだリュウは、煙を吐きながらこちらに向かって落下してくる飛行船を窓の外に見つけ、叫んだ。
「ふせろ――っ!」
アオイを抱きかかえて飛んだ瞬間、天地がひっくり返ったかと思うほどの轟音と衝撃が襲ってきた。続いて粉塵と瓦礫の破片が迫り、長く続く衝突音で耳がおかしくなりそうだ。しばらくすると音が止み、冷たく強い風が背中を通り過ぎた。粉塵もゆっくりと晴れていく。
咳き込みながら立ち上がった二人は壁から顔を出し、数秒固まった。
カカラル部隊にやられた飛行船が数階分の壁と廊下を抉り取って落下していったのだ。ごっそりと無くなった廊下を渡るのはこれでひどく困難になってしまった。たとえドリームウォーカーでも落ちれば助からない高さだ。
向こう側に目を凝らす。
倒れていたリリーが今まさに立ち上がろうとしていた。時間はない。目の前の状況を即座に頭に転写し、一瞬で数秒先の動きをイメージする。
リュウは素早く駆け出し、大きな瓦礫を踏み台に一気に崩落した廊下を飛んだ。壁際にわずかに残っていた小さな足場を蹴り、忍者よろしく壁を走る。
見事に渡り切ったリュウは着地そのままにリリーの腕に全力の膝蹴りをお見舞いした。骨の折れる鈍い音と小さな悲鳴は、吹き飛ばされ壁に打ち付けられた自身の音にかき消された。リュウはすぐにリリーの腕を捩じり、そのまま床に押さえつけた。
「終わりだリリー、抵抗するな。殺したくはない」
「う……ぐ……一緒に死線を潜った仲だからか? ふっ、案外センチメンタルなんだな……」
「長い潜入任務だったようだな。どこの所属だ? NSAか? それともCIAか?」
「……私がしゃべると……思うか?」
リリーは口から血を流しながらも不敵に笑う。
その返答にそりゃそうだと溜息をついた瞬間、奥の暗がりから「動くな」と低い声が響いた。
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