第44話我々は命令に従うのみだ
ハルキは深夜に目が覚めた。テントの近くで誰かが話している。
「乗り気じゃないのは分かるが、国王の命令だろう?」
「でも信じられないわ。攻撃が決まったこともそうだけど、ハルキ君はまだ子供よ。前線に連れてゆくなんて……」
「軍の士気は上がるし、バリアンの対策にもなると考えたんだろう」
耳を澄ませると、リリーとオリビア、男の声は〈王の弓〉のザブだということが分かった。
「戦わせるの? 彼と?」
オリビアの驚いた声。
「勝てはしないが、盾になってもらうことは出来る。バリアンを止めることが出来るのは、同じ精霊使いのハルキだけだ。他の者が虹の角を持っても、効力は無い。ハルキじゃないとダメなんだ」
押し殺した声だが勢いがあった。リリーだ。
「もちろん真相は言えない。重要な作戦だからな」
ザブが続ける。
(……盾? バリアンって誰?)
「王と宰相は対話路線だったのに、ここへきて急に……だ。そんなに〈球史全書〉を信じているようにも思えなかったがな。一時は取引材料として、ハルキをシャガルム側へ渡すはずだったらしい」
淡々とザブは言う。
「そうなの!」とオリビアが非難めいた声を出した。
「アサンズ王子が説き伏せたとは思えんしな。何が決定打になったのか……」
「風向きが変われば誰だって舵を取る。舟が沈まないようにそう判断したんだろ。政治の事なんて私にはよく分かんないけどね。我々は命令に従うのみだ」
リリーはいつだって飄々としている。
「ツェワン将軍は?」
「マジェラに戻った。シャルル王女も参戦するし、連合の将軍たちと作戦会議しにな……しかし、そもそも勝てるのか? 森に誘いこむなら勝機はあるが、国境壁を潜って向こう側へ行くなんて……」
言葉尻が小さくなったザブに、リリーがぴしゃりと言う。
「目的は光球霊塔の破壊だろ。破壊した時点で撤退すれば、被害は最小限に抑えられる、と考えてるんだろう。それに、あの塔は〈ガシャ・ル・ルシャ〉に影響を与えていて、〈ドリームウォーカー〉たちの参戦も予想されると聞いたが」
オリビアが「誰? ……って決まってるか」と呟いた。
「ああ、俺も聞いた。ウエムラたちだ。ハルキを奪い返しにということではなさそうだ。共闘と考えた方がいい」
ザブが答える。少しの沈黙の後、オリビアの声。
「ハルキ君が来てからというもの、精霊発生頻度が森も空も格段に高くなったわ。大規模な戦闘も始まるし、またウエムラたちがやってくる。……二人目の精霊使いの誕生という事実なんか特にそう。やっぱり、ハルキ君は予言の子なのね……」
オリビアの言葉から感情は読み取れなかった。しかしハルキは自分という駒の重要性を改めて思い知らされた。それに元いた世界から誰かがやってくるということも分かり、少しだけ気分が和らいだ。
小さくなった暖炉の弱い火が、傍で眠るアイレンの寝顔を赤く染めている。暖炉の前には虹色の角が、ツェワンに貰った上質な皮製の鞘に収まって置いてあった。
それらの光景をぼんやりと眺めながら、自分を中心に、巨大な歯車が回り始めたことに慄いていた。
ハルキは厚手の毛布から腕を伸ばし、そっとアイレンの手を握った。
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