第38話この星に発生する遥か昔から

ミュンヘル王国の北側に広がるガシャの森は、小さな国ならすっぽりと入ってしまうほどに広く、世界全体を覆う寒波の中でも青々と葉を茂らす生命力溢れる森だった。

森の至る所に、他の木々の何倍もある巨木がある。現世の高層マンションほどもある太くて高い立派な樹。人類やそれに類する種族が、この星に発生する遥か昔からそこにあると言われているその樹々こそ、神聖なるガシャの樹である。


ガシャの樹々は根が全て繋がっている一つの生命であり、生い茂る葉の天蓋の下で、他の植物が長い時間繁栄を続けてきた。もちろんそこにいるのは植物だけではなく、多種多様な動物も住み着き、そのうちの数十種類は人間など敵わない危険な生物だ。


さらには森全体も進化し、動物に擬態し、動く植物まで確認されている。研究者の中には、複雑な生態系を完成させたガシャの森を、一つの生命体と考えている人もいる。


 完成までに千を超える人間が犠牲になったと教えられた石道を、リリーとハルキは急いだ。薄茶色の石畳はガシャの森を血管のように隅々まで行き渡っている。が、道は細く、何も知らずに進もうものなら、両脇に広がる森の深部より、得体の知れない生き物たちに瞬く間に襲われる。


唯一の対抗策が光石化したガシャの根だ。その破片を持っていれば不思議なことに森の生き物は襲ってこない。

そしてもう一つ、ガシャの根から生まれた〈ドリームウォーカー〉もまた、襲われない。


「身体自体がガシャの根から出来てるからだろうな」


 リリーはそう結論づけた。自らもそうであるため、思うところがあるらしい。


右側には木々の隙間から辛うじて野営地が見える。ハルキが先ほどまでいた本営のキャンプだ。国王の弟であり、ミュンヘル軍総大将のツェワン将軍は、現在、本隊と別の所にいるらしい。


森の天井は高く、見上げても空は見えない。空中回廊のように太い枝が交差し、その間に毒々しい色の果実がいくつも垂れ下がっている。そして視界の隅ではいつも何かが蠢いていた。


石道を歩くハルキの左側には、倒れた巨木の上から若木の林が生えていて、キツネによく似た白い獣が数匹の子供を連れてその脇を歩いていた。すると一匹の子供が、鞭のようにしなる蔦にすばやく掠め取られ、あっという間に宙に飛んだ。

頭上にはピーナッツ型の食虫植物がたくさん垂れ下がり、午後の食事を楽しんでいる。アザラシのような可愛らしい鳴き声で助けを求める白い子ギツネは、無情にも食虫植物に喰われてしまった。


辺りには羽虫が無数に飛び、羽の生えた小さなトカゲがそれらを食し、またそのトカゲは歯が生えた桃色の花に喰われる。

違う所では、車ほどもある巨大な蜘蛛が、森の中層からするすると下りてきて、大型犬サイズの装甲アリたちを襲っていた。


はるか上層で鳥の形をした精霊種に誤って触れてしまった二足歩行の両生類が、石道の脇に落ちてきた。

その死体もすぐに飛んできた黒い毛むくじゃらの獣たちに持っていかれた。至る所で食物連鎖が起きている。


全てが規格外の摩訶不思議な森を歩いていると、ハルキは自分が小さくなってしまったような錯覚を覚えた。〈ドリームウォーカー〉は襲われないと聞いたが、圧倒的な迫力の生態系を目の当たりにすると、やはり命の危険を感じる。


前を行くリリーもそうなのか、いつの間にか背中のボウガンを胸の前に構えていた。


出発してから十五分ほど経ったとき、霧に覆われた左側から複数の人影が現れた。最初、ハルキは向こうにも道があり、兵士が行進しているのだろうと思った。

しかし、目を凝らすと頭の上から一本の長い紐のようなものが伸びており、動きもなんだかぎこちなかった。


「止まれ」


 リリーは腰を落として影たちをそっと見た。ハルキもその動作を真似る。

足元の茶色い苔がびっくりしたのか、緑に発行する胞子をまき散らした。


影たちはこちらに向かってくるわけではないが、用心しすぎることはない。やがて人影が霧から出てきた。

その姿を見てハルキは目を疑った。

それは所々葉の生えた木の根っこが複雑に絡み合い、人間の形を模していたのだ。

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