第85話

 友里が火炎瓶を作っていたころ。


 役場へ来た名無しは、黙って受付へと向かう。

 受付けには髪の毛の長い女性がにこやかに座っていた。


「こんにちは、今日は何のご用でしょうか。」

「食用血液をお願い致します。」


 名無しがそう言うと、受付嬢はあからさまに嫌そうな顔をした。


「かしこまりました。では、身分証明書と混血証明書を提出してください。」


 ぶっきなぼうな物言いだが、仕方がないものだ。名無しはため息を堪え、証明書を提出する。


 証明書を提出した名無しに、受付嬢は言う。


「では、食用血液一ヶ月分の、一万円をお支払ください。」

「……何のことでしょうか。いつの日から食用血液は有料になったのですか?国法で混血用の食用血液は無料となっていたはずなのですが……。」


 なめた態度の受付嬢に、名無しは冷ややかな声を浴びせかける。それを聞いたのか、先に食用血液を受け取っていた女性が受付嬢に詰め寄った。


 どうやら受付嬢はかなりの混血の人間からお金を巻き上げていたらしい。暫くの騒動のあと、やっとのことで名無しに食用血液の入ったビニールパックが手渡された。


_______ここも、もうダメか。もういっそ、吸血鬼に戻るか……?


 ずいぶんと軽いビニールパックを自身のバッグに納めながら、名無しは考える。


 食用血液は年々量を減らされている。マトモに生きようとあがいても、こんな量の血液では餓死がオチだ。


 だが……。


『報酬は、私。』


 名無しの脳裏に小さな少女の姿が浮かぶ。暗く淀んだ瞳のひどく哀れな少女。そして、名無しを『ニンゲン』にしてくれた女性の姿。


 名無しは深くため息を着いた。


 そして、空を見上げる。


_______まだ、人間でいよう。一応ギリギリ餓死しないのだ。


 腐った国だ。ここは。

 建前上、混血の人間の人権を認めるとほざいているくせに、現実では俺ら混血の人間たちの首に枷をつけ、飼い殺している。


 大きな入道雲の浮かんだ夏空を見上げながら、名無しは前を見る。


_______本当にダメになったとき、ぶち壊せばいい。結局、俺は人間でも吸血鬼でもないんだ。


 名無しは冷ややかに嘲笑う。自身を、この国を。




 その時。携帯電話が鳴り響いた。

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