第47話

 学校に行って、帰って、トレーニングをして眠るという生活を3回繰り返したある日、友里は叔父の俊彦に声をかけられた。


「友里。弓道教室が見つかったぞ。見学に行くか?」

「お願いします。」


 友里は笑顔でそう言う。


 ◇◆◇


 弓道教室は、下里アリーナという設備の弓道場で行われているようだ。


 ガラス張りの弓道場に少しだけ驚きながらも、友里は辺りを見渡す。


 そんな友里に、弓道場の先生が話しかけて来た。


「秋田 友里ちゃんだね?私は鈴木 伊織。弓道経験者だって聞いていたけれども、どこで習っていたのかな?」

「秋本弓道教室です。」

「ああ、あの有名な。」


 鈴木の顔がひきつる。どうやら知っているらしい。


「道具を借りることは出来ますか?」

「え?ああ、良いわよ。秋田ちゃんが良いなら弓道着のお下がりもあげるわ。」


「叔父さん、ここに通いたいです。」

「……そうかい。遠慮はしなくてもいいからね。」


 俊彦は少しだけ悲しそうな顔をしてから、そう友里に言った。


 ◇◆◇


 ふっくらとした半月が夜空に浮かんでいる。

 完全に日の落ちきった下里町を使い捨てマスクをつけた名無しが歩いていた。


 路地を2、3度曲がり、行き止まりにたどり着く。そびえ立つコンクリートの壁を無視して、右手にある小さな金属製の扉に手をかける。


 中は、赤が基調の洒落たバーだった。

 磨かれたグラスがオレンジの電球の光を反射させている。

 店内には数人の男女が座っているが、皆、それぞれ赤いワインの入ったグラスに口をつけていた。


 大胆なドレスを来た若い女性が、無愛想にいらっしゃいと言う。


 名無しは席にもつかず、女性に一言、


「真っ赤なワインをグラスで」


 と言う。すると、女性はカウンター席を黙って指差し、ラベルのないワインボトルを取り出す。


「貴方、何代目?」


 カウンター席に座った名無しに女性は声をかける。

 名無しは黙って首を横に振り、


「混血Aさ。」


 と答えた。


「そう。最近は世間の煽りを受けたせいで混血に配られるワインが減っているわよね。本当に困るわ。」


 女性はそう言うと真っ赤な液体を注いだグラスを名無しの前に置く。


 名無しはそれに口をつける。


 きつい鉄の臭いに、舌にドロリと残る苦味と雑味。つんとした酸味も混じっている。


「相変わらず不味いな。A型か。雑味と脂肪分が多すぎる。ついでに、古いな。」

「文句は言わないでくれる?最近、仕入れが大変なのよ。喰えるだけ良いと思ってほしいわ。」


 名無しは分かっている、と低い声で言うと、ワイングラスに残っていた血液を一気に喉の奥へと流し込んだ。


 ほんのりと瞳が赤に染まる。


 名無しは目を擦り、衝動をおさえる。


「最近、貴方によってきているあの女の子。調べてみたら上里町出身らしいじゃない。」

「ああ。あの子は大丈夫だ。それよりも、最近下里町にやって来た十字会のやつらが恐いな。」

「ええ、阿笠に伊東でしょ?いい噂を聞かないわよね。」

「個人的には伊東がヤバイと思っている。」


 そりゃそうね。と女性はこぼす。

 名無しはそっと千円札をカウンターに滑らすと、質問をする。


「下里町に来た3代目吸血鬼。あれは、誰だ?」

「……『虐待趣味サディスト』ね。タイミングが悪いにも程があるわ。きっと討伐されるわね。」

「あいつは共喰いも辞さない勢いの変態だからなぁ。」


 名無しは千円札をもう一枚カウンターに置くと席を立つ。


「あら、一杯で良いの?」

「申し訳がないが、給料日前で金がないんだ。」

「そう。たまにはラベルつきのワインでも飲みに来なさいな。」

「遠慮しておくよ。」


 名無しはそう言うと、金属製の扉に手をかけ、夜の町へと舞い戻って行った。

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