第37話

 授業が終わり、掃除も終わり、友里は帰路を辿っていた。


 誰かが友里の方へ歩いている。


 友里の記憶が、知っている人だと警笛を鳴らす。


 すれ違う直前、友里は口を開く。


「名無しさん。」

「あの時の。」


 工事現場から帰ってきたのか、土汚れの付いた作業服を身に付けている。顔を隠していたマスクは、今はつけていない。


「お久しぶりです。」

「二週間ぶりくらいか?」

「16日ぶりです。」

「そうか。顔色が悪いが、何かあったのか?」


 道のはしに寄り、ベンチに座った友里は、口を開く。


「昨日、叔母さんに、心配したって言われて、頭を撫でられたの。」

「そうか。」


 名無しは短く答える。


「似たようなことをされた記憶はあるけれども、よくわからない感情になって、どうすればいいのか、何をすればいいのか、わからなくなったの。」

「……そうか。」


 友里は、目をきつく閉じる。

 名無しは、頭をかくと、口を開く。


「よくわからなかったが……それは、すぐに何かをしなくてはいけないと思ったのか?」

「すぐに……って訳ではないかもしれない。」


 友里は、瞼を開ける。大きなトラックが道路を通過した。


「すぐにしなくても良いなら、一旦、おいておけば良いんじゃないか?」

「……出来なくて。どうしても考えてしまうから。」


 友里は顔を上げる。直視するには少々眩しすぎる青空が広がっていて、友里は目を細める。

 名無しは、そんな友里をちらりと見てから、口を開く。


「その感情を、色で表すとしたら、何色だ?」

「……色?」

「ああ。色だ。」


 友里は、目を閉じて、考える。嬉しくて、寂しくて、悲しい。


「どの感情が何色かはわからないけれども、一色じゃない気がする。」

「だったら、君は少なくても一つは矛盾した感情を抱えているはずだ。」


「あっ」


 友里は、思わず声を上げる。

 矛盾した感情。そうだ。そういうことだった。


_____私は、叔母さんに撫でられてたからよくわからない感情を抱えた訳じゃない。そのあとに、家族のことを思い出したから訳がわからなくなったのだ。


「……ありがとう。名無しさん。スッキリした。」


 友里は、名無しにお礼を言うと、ベンチから立ち上がり、歩き出す。


 名無しは、そんな友里の背を暖かい目で見守っていた。

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