第35話

「友里ちゃん、大丈夫だった?心配していたのよ。」


 家につくなり、叔母の由紀子が友里の頭を撫でる。友里はピンク色を背負ったままそれを受け入れた。


「大丈夫です。怪我はありません。」


 友里は靴を脱いでかかとを揃える。

 玄関には、革靴が一足と運動靴が三足とサンダルが一足、置かれていた。


 ◇◆◇


 友里は、部屋に入るとランドセルを棚に置き、電気もつけずに本を開く。


 ぱらり、ぱらりとページを捲る。

 不意に、友里は本を閉じてため息をついた。


_____内容が、入らない。これじゃあ、ただ文字を覚えているだけ……。


 触れられた頭が熱い。声を聞いた耳がくすぐったい。心が騒がしい。嬉しくもあるのに、寂しくて悲しい。


_____この感情は、何?


 父に頭を撫でて貰ったときのあの暖かい重み。

 母に誉められたときの、恥ずかしさと嬉しさの混じったあの感覚。

 兄と勉強していたときに感じた高揚感と心拍。


 大量の記憶が友里の脳裏に浮かび上がる。


 あまりの量の記憶に、友里は目眩を覚えた。


 友里はベッドに寝転がり、目を閉じる。

 本が、手から滑り落ちて床の上に落ちた。


 ◇◆◇


「ねえ、俊彦さん。友里ちゃん、晩御飯を食べないのかしら。」

「……呼びにいってくる。」


 俊彦は、もともと自身の書斎だった部屋へと向かう。


 ドアに向かって、三回ほどノック。

 返事はない。


 もう一度、ノックする。


「友里さん?」


 俊彦が声をかける。


 返事は、ない。


 俊彦はドアを開ける。


 部屋の中は、友里によってずいぶんと斬新にリフォームされていた。

 地面を埋め尽くすかのように積まれた本、本、本。


 友里は、ベッドの上で眠っていた。


 俊彦は迷ったあげく、起こさずにリビングに戻る。


「眠っていたみたいだ。」

「そうですか。一応、晩御飯はとっておきますね。」

「そうしよう。」


 夜は、更けていった。

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