第34話

 安藤からの事情聴取はそのあとすぐに終わった。

 友里は椅子に座り直して本を読む。

 数分後、安藤の時と同じように引き戸が開いた。


 入ってきたのは日本刀を持った男性だった。


「吸血鬼討伐委員会の阿笠あがさ 蒼馬そうまだ。短ければあと十分で事情聴……いや、捜査協力は終わる。もう少しだけ協力してくれ。」


 友里は先程と同じように本に栞を挟んでから顔を上げる。


「最初の質問だ。君はあの少年、光國を助けるために俺を呼びに来たのか?」

「いいえ。吸血鬼を討伐してもらうために呼びました。」

「教室の中に光國がいたのは知らなかったと?」

「いいえ。体育館の前を通るときに、光國がいないことに気がつきました。」


 阿笠の瞳が冷気を帯びる。


「……だから、あのときに案内すると言い出したのか?」

「はい。」

「現場付近についたとき、体育館に戻るように指示したにもかかわらず、光國の救出に向かったのは?」

「私の判断です。」

「……それに君自身の命の危険があるとは思わなかったのか?」

「いいえ。思いませんでした。」

「何故?」


 友里は本を机の上に置く。


「吸血鬼が混血B以下で、地の利が私にあったからです。」

「吸血鬼が混血Bだという主張に根拠は?」


 そう聞く阿笠に、友里は答える。


「太陽が出ている時間にも関わらず、人を襲ったことと、からです。」

「……なるほど。では、君の言う地の利とは?」

「どれだけこの学校について知っているか、という意味です。」

「もし追いかけられたとしても、逃げ切れる自信があった、と?」

「ええ。校舎の壁を壊される心配がないのであれば、逃げ切れる自信があります。」


 ほう、と小さな声を上げる阿笠。その瞳は未だ冷たいままだが、なにやら考えているらしい。


「一応、上の指示がある以上、君を説教しておこう。『吸血鬼は危険だから、知り合いを守るなんてことをしないように。死んでしまうかもしれません。』」

「はい、次回からは気を付けます。」


 友里の生返事を聞いた阿笠は、苦笑いして言葉を続ける。


「ここからは俺個人の質問だ。答えたくないなら答えなくてもいい。君の両親は、吸血鬼討伐委員会か何かか?」

「……いいえ。私についての資料を読んだのでは?」

「……君についての資料?何だそれは。あるのか?」


 眉を潜めて聞く阿笠に、友里は首を振って、


「先程の事情聴取で、『資料を読んだ』という発言があったので。もし知っていたのならば、聞かないでしょうし。」


 と答える。


「なるほど。そう言う意味ならば、事前に君についてを先生から聞かせてもらったな。」

「そうですか。」


 阿笠の瞳が少しだけ優しくなる。


「次の質問だ。なぜ吸血鬼の目玉を狙った?」

「片目を失明した場合、距離関係がつかみにくくなります。光國が逃げられなかった場合に、1%でも生き残れる可能性をあげられればと思い狙いました。また、もし外れてしまった場合でも、口や鼻、額など比較的痛覚がある箇所に刺さりやすいからです。」

「鼻、ね。鉛筆が刺さったらさぞ痛いことだろう。」


 阿笠は書類に安っぽいボールペンで文字をうめながら言う。

 友里はその様子を見る。


「最後の質問だ。……君は、吸血鬼に対して、恨みがあるのか?」


 書類から顔をあげた阿笠の真剣な瞳がが、友里の目を見る。


 友里は、しばらく口を閉じてから、ゆっくりと開き、逆に阿笠に聞く。


「貴方は、両親も兄も日常も私の心も殺した人物を、生物を、恨まないでいられますか?」


 友里と阿笠の間に沈黙が訪れる。

 双方しばらく黙ったあと、先に口を開いたのは、阿笠だった。


「……君が、そう思うなら、それでもいい。事情……捜査協力はこれで終わりだ。もう、帰ってくれて構わない。」

「……わかりました。さようなら。」


 友里は本を手に持つと、椅子から立ち上がり、引き戸に手をかける。

 その時。阿笠が声をかけた。


「君がもし欲しいなら、俺の名刺を渡す。……要るか?」


 友里は、振り返らずに、答える


「いいえ。要りません。」


 薄暗くなった廊下に足音を立てながら、友里は家に帰っていった。

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