第18話
「あとどれくらいで下里町だ?」
杉田は走りながら友里にそう聞く。
友里は額の汗を腕でぬぐいながら、
「あと1キロくらい。」
と答える。
「……残念なお知らせがある。」
ふと、勇介が口を開く。
「どうした?」
「足が、もう、限界だ。」
勇介はそう言うと、熱いアスファルトの上に崩れ落ちた。
足を確認してみると、酷い内出血と腫れをおこしている。今まで持ったのが奇跡ではないかと思えるレベルだ。
それを見た杉田は、勇介の前にしゃがみこみ、
「……ああ、そういえば、そんなことを優子さんが言っていたな。ほら。」
「……は?」
勇介は、しゃがんだ杉田を訳がわからないという視線で見つめる。
「背負うぞ?」
「……いいのか?」
いまだに遠慮をしている勇介にしびれを切らしたのか、杉田は「よいしょ」と爺くさい声を出して勇介を背負った。
「子供は我慢するな。………頼りないとは思うが、俺にも頼ってくれ。」
そう言う杉田に、勇介は、少しだけ恥ずかしそうに顔をうつむけると、
「杉田さん。ありがとう。」
蚊の鳴くような小さな声でそう言った。
◇◆◇
数分間走り続け、杉田はふと、何かの音を聞き取った。
「……あれ、なんの音だ?」
「何かあったの?」
何も聞き取れていなかった友里は、小さな声で杉田にそう聞く。
「いや、何か、水っぽい音が聞こえてきた。……気のせいか?」
「気のせいじゃないわよ?」
「!?」
「うおっ!?!?」
真後ろから、艶っぽい女性の声。
友里は思わず振り返る。
うねるような長い黒髪で、火のように赤いチャイナドレスを纏った女性。なかなかに肌の露出が多く、友里は少しだけ驚いた。
そして、蠱惑的とも形容できる彼女の瞳は、チャイナドレスと同じ色。つまり、彼女は吸血鬼だ。
____あともう少しで隣町なのに……!
友里の顔がひきつる。
そんな友里の気持ちを知ってか知らずか、チャイナドレスの女性はそのふっくらとした唇をニッと持ち上げる。
「すごいわね。まだ生きている人間がいるなんて。」
そう言うと、彼女はわざとらしく手を数度叩く。
「でも、残念。わたし、もう、お腹一杯になっちゃったのよね。」
随分と雑な拍手のあと、彼女はいかにも残念という表情をして言う。
友里は辺りを見回しながら、必死で頭を動かす。
この辺りはコンクリートの建物ばかりなのでもう火の手は少ない。そのため壊してバリケードを作ることはできない。
____どうにかしないと……!
友里の思考をかき乱すかのようにチャイナドレスの女性は口を開いた。
「わたし、あなたたちのこと、奴隷にするわ。そこの男なら、肉体労働もそれなりにできそうだし。」
「ど、れい?」
思わず友里は思考を停止してしまう。
チャイナドレスの女性は、にこりと微笑んで答える。
「ええ。奴隷。死ぬまでこき使って、死んだらわたしの食事。素敵でしょ?」
____素敵な訳がない。考えないと。考えろ。考えろ!
「でも、あなたは女の子なのね。じゃあ、要らないわ。」
「へ?」
全く反応できない速度。チャイナドレスの女性は瞬間移動でもしたのかと思うほどの速さで間合いを詰める。
そして、右腕を振り上げる。
友里にはそこからのことが、まるでスローモーションのように見えた。
女性の右腕が、友里に振り下ろされる。
妖艶に微笑んだままの女性。
その女性の顔が、
視界の端にうつった何かを見て、歪んだ。
それは、友里のことを、突き飛ばした。
そして、女性は振り下ろした右腕を止めることはできなかった。
それを、女性の右腕が貫く。
ぐちゅり
水っぽい音が辺りに響き、その生暖かい破片が、そばにいた友里に降りかかる。
声が、出せなかった。
何も言えずに呆然としていた友里とは対照的に、チャイナドレスの女性は、その美しい顔とは相容れないような、ヒステリックな金切り声をあげる。
「何で!この男が!!」
女性の右腕が貫いたのは、友里の兄、勇介の腹部だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます