第17話 探索中冒険者は想い人を語る
トライアンフのメンバーは転移陣で三十階層へと移動後、無事にボスを倒し三十一階層で野営することが決まった。
三十一階層を途中まで進むと、白部屋と呼ばれる場所があり、そこには魔物が湧かないと言われている。実際アルクたちも何度か使っているが魔物に襲われたことのない場所だ。
十人くらい寝転んでも余裕があるくらいの広さで、メリィによって作られた土壁で男女別に別れて寝ることとなった。
「ただいま戻りました」
メリィがお手洗いを済ませて戻ってくると、すでに寝袋に入っていたレネとタマラが楽しそうに談笑していた。
「あ、おかえり。リカルドに襲われなかった?」
「タマラ……もうちょっと彼氏を信用しなさいよ」
「大丈夫でしたよ。見張りをしていたのはリーダーさんでしたし」
そんな冗談を交えながら、メリィも寝袋の中に身体を埋めて会話に加わった。
「リカルドさんとタマラさんはお付き合いされてるんですよね? リーダーとレネさんもお付き合いしてるんですか?」
唐突にそんな質問を投げかけたのはメリィだった。
メリィが戻ってきてからは、ダンジョンでの注意点や緊急時の対応などを話していたのだが、途中からタマラとリカルドをメインとした恋話に変わっていた。そこでメリィは、どうやらアルクとレネの関係も気になったらしい。
「ううん、私とアルクは付き合ってないよ」
「逆に不思議よね。孤児院に入った頃からずっと一緒なのに、全然そういう感じにならない」
「そんなに長く一緒にいるんですね」
「だからかな、家族とか兄弟とか、そんな感じはするんだけど」
「なんなら、私がアルクも頂いちゃおうかしら」
「タマラったら、リカルドを大切にしなさいよ」
そんな話で女子が盛り上がっている一方、男は片方が眠り、もう片方が一応の見張りをしている。壁のおかげで音はあまり届いていないようで男側の反応は一切ない。
「辞められたというシグロさんも、昔から一緒だったんですか?」
メリィからの何気ない問いかけ。しかし和気藹々としてた空気は途端夜の静けさを取り込んだように大人しくなった。言葉の発しにくい空気の中、小さく笑ったレネが口を開いた。
「最初はね、私とアルクだけだったの。孤児院にちょうど同じ時期に入って。それからリカルドが来て、タマラが来て。最後に入ってきたのがシグだった」
「あいつは末っ子みたいなものよね」
「そうだね。二人と違って落ち着いた性格だったし、本当は戦うのもあんまり好きじゃなかった。だから魔術師になったのかも」
シグロに対するレネの評価に、彼はただ地味で根暗な奴だと思っていたタマラは、物は言いようだなと苦笑いを浮かべる。
それに気づかないレネは遠い目をしながら続けた。
「魔術師って戦いを後ろで支えるって印象が強いから、前に出ることはなくても、冷静に、的確にみんなを守れる。シグにぴったりの素敵なジョブだと思う」
「レネさん……」
レネの語りをじっと聞いていたメリィは目を輝かせ、
「シグロさんのこと大好きなんですね!」
「あう……」
レネは耳まで真っ赤にして寝袋の中に潜り込んでしまった。
***
一夜が明け、トライアンフの一行は三十一階層を越えて三十五階層まで移動していた。
一昨日からの探索において、五階層まではメリィの腕試しとし、それからは十階層、十五階層と五つずつ飛んであがっている。なので本日は三十五階層を突破後、四十階層に挑み、そこから一階層ずつ上がっていく予定となっていた。トライアンフの最高到達は四十二階層。さらに上を目指すのである。
三十五階層ではコボルト系の魔物であるフレイムコボルトが現れる。夕日の色に似た毛は火への耐性が強く、かつ口から炎を吐き出す厄介な生物だ。攻撃を素直に受けるわけにはいかないので、中距離から遠距離での攻撃が基本になる。
「しっかし、三日で三十五階層までくるとはなあ」
前衛のリカルドは盾を突き立てながら呟いた。彼の仕事は相手の炎を受けないよう盾で守るだけであり、現在敵対しているフレイムコボルトも一体だけなのであまり気張って守っていない。
「ちょっと、真面目にやりなさいよ」
その後ろで槍を突き出してたタマラがリカルドを注意する。そんな感情が入ったせいか、突き出した一撃が相手の喉元に命中し、怯えた犬の様な鳴き声を上げたフレイムコボルトが後退する。と、タマラの後ろから稲妻が通過して敵の身体を射った。
霧散して魔鉱石を落とすフレイムコボルトを見つめながらタマラがため息を吐く。
「そりゃサクサク進んでいるけど、それもこれもメリィが強いからじゃない」
二人で稲妻を放ったメリィを見ると、彼女は何だろうと言いたげに小首を傾げた。
「そうだなあ、シグロじゃあこんな」
「ちょっと」
「なんでもありません」
またも余計なことを言いそうだったリカルドをタマラが睨む。そんな様子をレネは苦笑いで見ているしかなかった。
「痴話喧嘩はそこまでにして、早く進むぞ」
「おいアルク、俺たちが痴話喧嘩しているように見えるか?」
「仲良さそうには見えるよ」
「だろぉ?」
「調子に乗らない!」
タマラがリカルドの頭を小突いたところでこの話は終了。一行は薄暗い道をカンテラ片手に進んでいく。
「あ? なんだあれ」
ボス部屋が近づく中、リカルドが何かに気が付いた。全員の足が直ぐに止まる。
「魔物か?」
「いや、何か……あれって、宝箱じゃないか?」
リカルドがアルクからカンテラを奪い取り一人前に進む。慌てて全員がその後ろをついて行く。
彼が止まった目の前には小さな木箱が置かれていた。
「やっぱり宝箱だぜ。初めて見た」
宝箱とは、ダンジョンにごく稀に出現するアイテムである。木箱の中には金貨や貴重な魔鉱石が入っているとされる。
リカルドは嬉々として木箱に手を伸ばすが、それを「待って」と言って止める声があった。レネである。
「前ここに来た時はなかったのに、どうして今あるの? なにか怪しいよ」
「俺たちが初めて来た時は、たまたま出てこなかっただけじゃねえの?」
「他の冒険者が取ってたっておかしくないのに」
「こんな階層まで来られるのは、俺たちか神狩りしかいねえって。ミミックだったらもう襲われてるだろうし。開けるぞ」
レネの制止を振り払ってリカルドが木箱を盾で壊した。
中身は何も無かった。
代わりに、その下に小さな魔法陣があった。
その魔法陣が青白く光り、稲妻を発すると、途端に大きく広がってトライアンフのメンバーの足元にまで及ぶ。
「なんだこれ!?」
「罠か!?」
「これはッ!」
それはダンジョンでは見慣れた――転移魔法陣。
***
「……ここは?」
レネが閉じていた瞼を開く。
視界に入ってきたのは、先程までいたダンジョンではない。
薄暗い細道も、手の届きそうな低い天井もない。広々として、何もない場所。壁や地面はダンジョンと同じだが、道はなく、闘技場のような広さだけがある。しかし中央には大きな穴が空いており、それは上も同じ様になっていた。
「みんな無事か」
アルクの声が響いたことでレネは視界を周囲へと戻した。
全員先ほどと変わらない位置に立っている。いなくなったメンバーは――
「メリィ? アルク、メリィがいない!」
小さな魔術師の姿が見当たらないことにレネは声を上げた。全員が探し始める。
「私ならここにいるわよ」
声がした。メリィのものだった。
一瞬の安堵と、声の聴こえてきた位置の違和感が脳裏に渦巻く。
レネは声のする方へ顔を向けた。他のメンバーも続く。
自分たちの真上、穴が空いた場所にメリィはいた。もう一つ上の階層からトライアンフを見下ろしていたのだ。
「よかったメリィ! 降りてこられる?」
「馬鹿ね。降りるわけないじゃない」
レネの問いかけに鼻で笑ったメリィは、代わりに右手に握っていた何かを下へと投げる。
彼女の言葉の真意がわからなかったレネたちは自然と投げ捨てられたそれに目を向けた。
金色の香炉である。
ぞんざいに投げられたそれは、しかし中身をひっくり返すことなくレネたちのいる階層まで落ちていくと、地面ぶつかる直前で魔法陣を吐き出しゆっくりと脚をついた。そして白い煙が空間に広がり、甘い香りに包まれていく。
「なに、これ」
レネは咄嗟に口をローブで覆った。匂いも気に入らなかったが、何より状況が不可解すぎたせいで本能が嗅ぐなと警鐘を鳴らしたのだ。
「私からの餞別よ。あなたたちとはここでお別れ」
「お別れって、何を言ってるの?早くこっちに来て!」
「レネさんはそれほど馬鹿じゃないはずですよ。たぶんこのパーティーで一番冴えてます」
メリィはいままでの幼い少女の様な声でレネに語りかける。
そして次の言葉は、人が変わったように低い声で。
「いい加減理解しなさい。あなたたちは私に利用された。それだけよ」
「ッ……」
レネにはもうわかっていた。目の前で笑みを浮かべる魔術師が信頼できる仲間ではないと。
そんな表情を見せたせいか、メリィはくつくつと笑う。そしてポケットから何かを取り出すと首にかける。それを見たレネが目を見開いた。
「五つの菱形を束ねたペンダント……それって!?」
「改めて自己紹介するわ。私の名前はメリィ。神狩りパーティー、コルネフォロスの魔術師よ。そしてここは苟且の因、最上階層より二つ下の第六十八階層。
――ようこそ、贄の間へ」
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