第148話 断罪の使者


「コウタさん・・」


 優しく身体を揺すられて、俺はぼんやりと眼を開けた。


「ぁ・・ユノン?」


「生徒達が来ております」


「ん・・生徒・・えと?」


 促されるまま身体を起こして・・。


(あぁ・・)


 幼女の身体でした。


 月光を浴びれば3日以内に元の男子に戻るんだけど、月が雲で隠れちゃったりすると遅くなる。不便な事になっちゃった。


 薄暗い部屋を見回すと、少し離れた場所で、デイジー・ロミアムが折り畳んだ衣服を抱えて控えていた。もちろん、俺の・・女の子用の衣装です。


 はい、着せ替え人形タイム・・。


 ユノンとデイジーによって、手際よく衣服を着せられて、俺はとても可愛らしい推定6歳の美少女になっていた。白絹のシャツに、黒いスカート、黒いタイツに黒い革靴。襟元には紅いリボンが結ばれている。ついでに、長い黒髪もツインテールにされて紅いリボンが揺れている。


(・・死にたい)


 これが断罪というものか・・。


「嫌ですか?」


 ユノンが心配そうに覗き込んでくる。この顔をされたら嫌とは言えません。


「はは・・なんか、まだ慣れない。これ、どうなんだろうね?」


 フレアスカートの膝をまんでポーズをとってみる。


「とっても可愛いですよ」


「そ、そう?・・はは」


 泣くな、俺っ! ユノンはめてくれてるんだ!


「誰か来たんだっけ?」


「ええ、アルシェさんと4人の生徒達が参っております」


 デイジーが拡げたマントを俺の肩に掛けながら言った。背に国の紋章ウサギが銀糸で縫われた黒い短マントだ。


「アルシェ・・あぁ、あれか」


 月光の女神様が約束した通りに加護を授けてくれたのだろう。夢見に立つとか言っていたので、そこで色々と経緯とか説明があったのかな?


 ユノンとデイジーを引き連れて居間に入ると、花妖の美人さんを筆頭に、リリン、パエル、シフート、ファンティが床に膝を着いて深々と頭を下げた。


「使徒様・・おかげさまで、女神様より加護を授かることができました」


 5人を代表するように、花妖のアルシェが顔を上げて言った。


「月光の女神様・・その加護を馬鹿にする奴が居るけど、今なら優れた加護だという事が分かるよね?」


「はいっ!」


 5人が声を揃えて返事をする。


「練度を積み、階梯が上がることで、ファウル・ホーネットの悪疫だって効かなくなる。残念だけど、あの蜂とは長い付き合いになりそうだからね。この加護は、お前達が生き延びるために必須だと判断した」


 語りかけながら、俺はソファに腰を下ろした。

 隣に座ったユノンが、そっと俺の膝頭ひざがしらを指で押してひざを閉じさせる。


 女性らしく・・という事だ。

 ははは・・。


(泣かないんだぜ・・)


 大人しく、ひざそろえて座り直し、俺は軽く咳払いをした。


「今までは、お前達が独り立ちして暮らせるように・・ある程度、自分で自分の身が護れるようにと、迷宮探索でお金を貯めさせたり、戦いの訓練を積ませたりしてきた。それについては、一定の成果は達成できたと思う」


「はいっ!」


 勇ましく返事を返しながら、5人の瞳が物珍ものめずらしそうに俺の姿を観察している・・気がする。


「ただ・・それは何事も無い、ある程度平穏な世の中を想定しての事だ。あの蛙巨人に、巨蜂・・どうせ他にも出てくるだろう。あんなのが当たり前に居る世界では、今のお前達はただの餌だ。殺されて巣に持ち帰られて喰われるだけの餌・・それが今のお前達だ」


「はいっ!」


「・・なので、お前達を鍛え直そうと思う。いや・・到達目標を引き上げる。蜂とは力の差があって危険だけど、俺やユノン、デイジーが一緒なら、簡単には殺されない・・殺させない。なにより、巨蜂を相手に戦えば自ずと悪疫を浴びるから、女神様の加護が鍛えられる。まずは、そこから始めたい」


「はいっ!」


「今、この時に女神様の加護を授かったのは幸運だ。お前達なら、蛙や蜂など問題無く退治できるようになると確信している」


 俺はソファーから立ち上がって窓辺へ歩いて行った。


「国の名としたノルダヘイルとは、死を告げる天使・・当面は蛙や蜂を狩って回ることを目標とし・・」


 演説を続けようとして、俺は口をつぐんだ。


 くるりと振り返って、ユノンとデイジーを見る。


「敵ですか?」


 ユノンが俯いて意識を集中する。


 次の瞬間、


「そこっ!」


 俺は愛槍キスアリスを手に天井めがけて跳んだ。



 ガッ・・



 短く鈍い衝突音が響き、部屋の壁に重たい物がぶつかって地響きを立てた。


 槍を手にひらりと着地するなり、腰だめに構えて突進する。


「せいっ!」


 槍穂を真っ直ぐに突き出した先に、透き通るようなきらめきを揺らがせて小柄な人影が現れていた。


 2度、3度と愛槍キスアリスが人影を捉える。


 しかし、


(硬ぇ・・)


 穂先が弾かれてしまっている。


(ぁ・・そうか)


 リーチが足りてない。身体が覚えている動きに、幼女の手足の長さ、身体の力が追いついてないのだった。


(この身体は殴り向きじゃ無いねぇ)


 軽く仕掛けて相手を受けに回らせてから、大きく跳び退って愛槍キスアリスを右手に、左手に取り出したのは、女神様から下げ渡された装具、金粉のようなものだった。例のルビーの成れの果てに神様が手を加えた品だ。効能は、攻撃属性の付与。


「お前用に与えられた品だね」


 愛槍キスアリスに金粉を振りかけていくと、勝手に吸い付くようにして穂先の表面を覆っていった。


(精神攻撃・・)


 脳内で念じる。

 金粉っぽいものが黒々とした煤のような色に変じた。これで、精神体を貫ける対精神体用の槍の出来上がりだ。


(うちの女神様・・人使いが荒いよねぇ)


 なにしろ、このタイミングで女神様が下げ渡してきた装具なのだ。意味が無い訳が無い。


「とりあえず、ちゃんと姿を現せ!」


 声を掛けながら滑るように距離を詰めて槍を繰り出した。穂先が硬いものを掠め、空振りし・・。



ガッ・・ガガガッ・・・



 かい潜るように踏み込んできた相手を槍穂が連続して捉える。直後に、俺の手から愛槍キスアリスが弾け飛ばされていた。


 ギリギリで首を捻った俺の頰を風鳴りが掠めて過ぎる。ツインテールの片方が解けて赤いリボンが舞っていた。

 武器は持っていない。拳で殴ってきたようだ。


(・・上等っ!)


 愛槍キスアリスを個人倉庫に収納し、無手になって前に出る。ほぼ密着するように見えない相手に身を寄せ、てのひらで捉える。


 相手は強引に身を捻り、掴みかかって来た。

 ちんまりとした幼女の姿を見て、力押しで殴り潰そうというつもりか。


 音で位置は特定できているし、光の具合で時折姿が見えるのだけど・・。


(細かい動きは分からないんだよねぇ・・っと!?)


 腕を伸ばして掴みかかったかと思えば、ひざ蹴り、そしてひじ打ち・・。密着してい回避する俺を捉えようと躍起になって暴れ始めた。


(・・ユノン)


 ちらと奥さんを流し見る。視界の端で、ユノンが微かに頷いて見せた。


(よし、さすが・・)


 口元をほころばせた時、床と天井に黒々とした魔法陣が出現し、円筒状の魔光が俺と見えない奴を呑み込んだ。


 強制転移だ。


 まだ弱いアルシェやリリン達が居る場所では加減しながらの戦いになる。ユノンお得意の転移トラップの応用で、俺と敵を広々とした上空へ転移させたのだった。


「さあ、やろうか。俺は素手でも結構やるよ?」


 両手に金粉をまとわり付かせながらささやくように言った俺の目の前で、いかにもダイヤモンドですと言わんばかりの肌身をした少女・・じゃなく、おそらく少年が姿を現した。

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