4) 壮大な神《この感覚があまりにも壮大だから》

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 最初は魂の外側が覆われたと感じたが、今度は魂の内側が満たされたと感じる。この感覚もやはり、言葉では適切に定義することも正確に表現することもできない―ひとつには、この感覚があまりにも壮大だからだ。一千もの感覚が寄せ集められたとでも言うべき巨大なひとつの感覚が、ゆっくりと魂を満たす。


 《神へ帰るP359》

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 上記の文は、『神へ帰るP359』の「聖なる審問」のところに出てくる文章です。


 人間が死ぬ時、魂は神と一体となり、神の審問を受けるのです。その時に起きる現象を記したのが、冒頭の文章なのです。


 魂を満たすその感覚を、「全く不十分だが、なんとか言葉にしよう」とすれば、次のようだといっています。


┌《神へ帰るP359》


 温かく包まれ、深く慰められ、大切に慈しまれ、心底から評価され、真に貴ばれ、優しくはぐくまれ、底まで理解され、完全に赦され、まるごと抱きとられ、長く待ち望まれ、明るく歓迎され、全面的に称えられ、喜びのうちに寿がれ、絶対的に守られ、瞬時に完成され、無条件に愛されている-これらがひとつになったものと言おうか。


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 ニールが人間的に表した「神の性格」は、ざっくりいうと上記のようなものであるといえるでしょう。


 これらの「神の性格」は、これまで宗教で語られてきた神とは大きく違っています。


 これまで語られてきた神は、愛の神といいながら、怒りっぽく嫉妬深い神、こうしなさいと要求し命令する神、そしてそうしない時は裁き、糾弾し、罰し、地獄にも堕とす恐い神でした。


 『神との対話』で語られる神は、愛であり許しであり、いつもそばにいて見守る神であり、こうせよと要求しない神であり、反対しても怒らない神であり、ユーモアをいって笑う神なのです。


 こういう神に出会ったニールが、「みんな、ぼくの神さまを見においで」と叫びたくなる気持ちは大いに共感できるものなのです。

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