第63話
自分も魔法を使えると威張り散らしていたヘンリーだったが、その
レオの攻撃を防げば隙をついてウールが火球を組み合わせた攻撃を仕掛ける。まるで長い付き合いでもあるかと思わせる二人の見事な連携。それを前に彼は辛酸をなめざるをえなかった。
一対一ならば彼の方に勝機は十分あったに違いない。しかしもはや後の祭りで、さらに容赦なくウールによって煽られてしまう。
ただでさえ気も抜けないのにその煽りはあまりにもヘンリーにとって効果てきめんだった。彼は時々感情に任せて叫び、ウールの目論見通り体力を余計に消耗してしまうこととなる。
「どうだ? 降参しないか? 命は助けてやってもいいぞ? ま、私の気分次第だが」
「おのれ魔王のくせに生意気な!!」
「よくもまあ犬みたいに吠える吠える。貴様の知能はどうやら犬と同程度らしいな。なるほどだから考える事を知らず余力があるのか。そうかそうか、それはすまなかったな」
「おのれおのれおのれええええええええ!!!!」
ヘンリーはもはや語彙を失うほどに怒りが頂点に達してしまう。そしてよりにもよって両手で剣を持ちウールに振るおうとした。その時注意が散漫になったのか彼の腹ががら空きになる。レオはしめたと雄叫びをあげて深くきりこむ。
とっさの事にヘンリーは攻撃を止め、体を崩しながら避ける。すかさずウールは彼の剣を叩き落とすように剣を振った。
直後、見事に弾く音が聞こえるとヘンリーの手は痺れ、あっけなく彼の手から剣が落ちた。恨めしそうにしていたがもはやこれまでと彼は手を強く握りしめる。するとその手にはめていた赤い指輪が輝きを放ちだした。
だが彼の目論見はレオによって打ち消された。レオは「させるか!!」と彼の手首を切り落とす。
「終わりだ。あきらめ――」
ウールとレオが剣を憎しみと痛みで震えている彼に向けた時だった。突如、メアリスと戦っていたはずの少女が二人のもとへと走ってきた。
「なんだと――」
少女はウールに斬りかかるがウールは何とかそれを受け止める。しかしあまりの勢いと強さに踏み込んだ足が地面をえぐり、そのまま跡を残しながら押し込まれていった。
「ウール!!」
「私はいい!! 奴にとどめをさせ!!」
その言葉にレオがハッとした時、ヘンリーは残った手で剣を握り彼にめがけて攻撃をしかけようとしていた。間一髪気づくとレオは彼の方へと向き直り攻撃に集中する。
二度三度剣を交えた。だがヘンリーはちらりとレオから目を離してニヤリと笑う。レオが不審に思った時、少女がいつの間にかレオの隣にいた。
体を低くしギョロリと上目遣いのまま少女は下から上へと剣を振ろうとしている。まるで心臓を握られたような恐怖。レオはこれほどのものを体験したことはなく全身が震える。
「レオ!!!!」
ウールの呼びかけにハッとしレオは覚悟を決めた。直後、少女の一撃を受け止める。
衝撃が腕から全身に駆け抜ける。それが具現化し体から外に出そうなほどだ。彼があまりの痛みに顔を歪めていると更にもう一撃放たれる。
レオは苦悶の声を漏らした。しかし少女はまだ攻撃を止めようとしない。ウールは必死に追いつこうと走っていたがとても間に合いそうにない。
するとヘンリーは「形勢逆転だな、勇者!!」と勝ち誇りレオは思わず目を閉じてしまう。
ガキィン……と音が響いた。続けて深く肉を着る音がした。
しかしレオは痛みを感じなかった。どころか周囲が静かになる。
どうしたのかと思いレオはゆっくり目を開けると彼の目に血の気の引いた顔をしたウールが飛び込んできた。彼女はレオの方を見ていたが視線は隣にある。
すると苦しむ男の声が真横から聞こえた。何かを吐き出すような音がし、地面に大量の血がつく。
時間にしてほんの数秒程度。だがレオにはあまりに長く感じた。なぜなら彼の隣には右腕を失い、腹を少女によって貫かれたベンの姿があったからだ。すぐ近くにはヘンリーの剣が落ちている。
「……え?」
気づくとレオは少女に斬りかかっていた。彼の剣にはウールと戦った時と同じ雷がまとわりついている。だがあっけなく避けられてしまう。
すると少女は息つく間もなく剣を失っていたヘンリーの服を掴むと魔法を唱え、赤い光の中へ彼と一緒に消え去った。
残されたレオは膝から地面へと崩れ落ちた。
♢
その後、指揮官であるヘンリーが撤退したという知らせは戦場をすぐに駆け巡り、やがて戦いは終わりを告げた。王国軍の被害は三分の二かそれ以上と壊滅的で、一方の連合軍は三分の一に届くかどうかだった。
誰の目からも明らかな連合軍の勝利。だがレオは素直に喜ぶことができなかった。
彼はヘンリーが逃げた直後、様子を見かねたウールによってワイバーンに乗せられ先に戦場から去っていた。
そして戦いが終わった夜、勝利に沸く野営地でもレオは夢を見ているかのようにふらふらと歩いていた。勝利の喜びに酔う者、負傷した者に寄り添う者、あるいは捕虜となった者。様々な兵たちとすれ違ううちに彼は一つのテントの前で立ち止まった。
中ではベンが眠っていた。右肩と腹に包帯を巻かれているが真っ赤に染まっていた。傷ましい姿をした彼のそばには軍医と傭兵達数人がおり、彼らに混じって険しい顔をしたまま椅子に座っているリチャードがいた。リチャードは虚ろな目をしたままベンを見ているレオに気づくと――
「……見せ物じゃねえぞ」
リチャードの声には怒りはなく、疲れだけだった。だが彼はやり場のない怒りをこらえるようにレオを睨んだまま拳を握りしめている。
「えっと……その……」
「……なんだよ。用があるならさっさと言えよ」
「リチャード、それでは言えぬものも言えなくなるぞ」
怯えたように目を泳がせていたレオの後ろにはいつの間にかウールとベルムが立っていた。リチャードは「すまん」と消え入るような声で謝るとレオは二人に連れられベンのそばに立った。
軍医は彼の容体についてウール達に慎重に説明した。命があるかはベン次第。もしあったとしても何らかの障害は残り、最悪歩けなくなる。
その事実がレオに重くのしかかる。彼はうつむいたまま涙を浮かべ、悔しさと悲しみのあまり口を震わせる。
「……俺のせいだ。俺が弱いせいで……」
「レオ、戦場ではいつ死ぬか分からん。ベンもそれは分かっていたはずだ」
「でも、俺をかばってこんな……」
レオは次第に嗚咽交じりに涙を流す。ウールとベルムは声をかけようにもかけられなかった。
「……俺があの時死ねばよかったんだ。そしたらきっとこの人も助かって――」
突然、黙って話を聞いていたリチャードが勢いよく椅子を倒して立ち上がった。ウール達がどうしたのかと見ていると、彼はレオに近づき思いきりレオの顔を殴った。
「……リチャード。何のつもりだ?」
「ムカついたから殴った」
「どうしようもない気持ちは分かる。だがさっきも言ったが戦場では――」
「そうじゃねえ!! 俺はこいつがさっき言ったことにムカついたんだ!!」
するとリチャードは頬を抑えたまま倒れているレオの胸ぐらを掴み無理やり起こした。レオは泣いたまま彼を見ようとしない。だがリチャードに「こっちを見ろ!!」と声を荒げて言われ彼はゆっくりと顔を向ける。
「『俺が死ねばよかった』? ふざけたこと言ってんじゃねえ!! ベンが体張ってお前を守ったんだぞ?!! なのにそんなこと言うなんてよ……あんまりじゃねえか!!」
「だけど俺のせいで……俺が弱いせいで殺されそうになって――」
「そんなことはどっちでもいいんだよ!! 誰かをかばって死んだとしても辛いが受け入れていくんだよ! 俺もベンも、戦った連中も皆それくらい覚悟の上だ!! だけど、だけどな……。命張って守ったのにそれを無駄にされたらな……どれだけ悔しいか分からねえのか?!」
リチャードの暴走を止めようと傭兵達が近づくが「お前らは黙ってろ!!」とつっぱねられる。しかしウールとベルムは無言のまま何も言わない。
レオはただひたすら謝り続けた。歯はガチガチと鳴り、普段の威勢のよさはどこにもない。
「俺……勇者失格だ。こんなことして……名乗る資格なんて――」
再びリチャードの拳がレオの頬に飛ぶ。さらに力を強めたのかレオから鼻血が流れだす。
「分からねえ奴だな!!」
リチャードはレオから手を離すと顔を手で抑えたまま椅子に座り「出て行けよ」と疲れきった様子をみせる。だがレオがどうしていいか分からなさそうに目を泳がせていると「頼むから今は出ていってくれ」とリチャードは口調を強める。
そしてレオは弱弱しい返事をし、涙を拭きながらテントを出た。彼の去った後のテントには息が詰まりそうな空気だけが残っていた。
「……あいつに悪い事したな」
「リチャード、平気か?」
「ありがとよウール。でも今はいっぱいいっぱいなんだ。……ってウールもそうか。はは……あいつを殴っておいて俺も人のこと言えねえな」
リチャードは大きなため息をついてしばらく虚空を見ていた。そしてゆっくりと口を開きレオの様子を見てきてくれないかとウールに頼む。
ウールは分かったと言って出ようとするがベルムに止められる。
「何のつもりだベルム?」
「吾輩に任せてくれませんか? 個人的なことですが彼には思う所がありますので」
「分かった。だが言葉には気を付けろよ。あいつはまだ未熟な子供だ」
「ならばなおさら吾輩が行った方がいいですね。魔王様は少し言葉がキツイので」
「あ~……うん。なら任せるぞ」
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