第61話
「魔王?! なぜだ……なぜ貴様がそこにいる!!」
ヘンリーの怒りはまともな判断ができないほどだった。彼はウールに向かって単騎で突撃しようとした。が、周囲にいた兵士達に必死に止められてしまう。
そうしている間にも弓兵達が次々とウールが連れてきた人々によって蹴散らされ、バリスタはすぐに破壊されてしまった。それを上空にいた竜騎兵達は確認すると一斉に地上への降下を開始する。
ワイバーンの強さは圧倒的だった。どれだけ兵士達が重装備をしていようが関係ない。ワイバーンの力の前では人間などたかが知れている程度で、王国の兵士達は次々と空に連れていかれては鉤爪で捻りつぶされ、地上へと落とされていった。
すると戦場の空気が一転したことを告げるようにベルム達に追い風が吹き雲間から太陽が姿を見せた。ベルムは戦場の流れをすぐにつかむと檄を飛ばす。それに呼応するように連合軍は攻勢へと転じた。
彼らの雄叫びはすぐにヘンリーとウール、そして彼女の隣で馬に乗って戦っていたレオの耳にも届く。
「ふざけるな!! これでは敗戦どころか全滅だ!!」
「し、士気に関わりますのでそのようなことは――」
「黙れ!! 士気に関わるだと? 既にどん底だ――!!!!」
「それは好都合だな」
ヘンリーが感情のままに振り向くと離れた場所からウールとレオが彼の方を見ていた。兵士達が守ろうと彼の前に立ちふさがるがヘンリーは声を荒げながら「どけ!!!!」と前に出る。
「魔王……。一体何をした? なぜ王都からこんなにも兵を連れてこられた? まさか魔法で皆を洗脳したのか?」
「そんな姑息な方法を使ってもたかが知れてるだろ。敵の敵は味方だ。お前達権力者共は見えない敵を作りすぎた。それを利用させてもらっただけだ」
「見えない敵だと?」
「分からんか? 搾取されている者達のことだ。民衆だけではない、大臣によって殺された王も、そしてシャーロットもだ」
ヘンリーはレオの姿を見ると何が起きたか理解した。大義名分を奪われた。それがこの戦において何を意味するのか、逃げ惑い殺されていく兵士達を見ながら彼は痛感する。
「もはやいたずらに兵を消耗するだけだぞ? どうだ? 今すぐ降伏した方がよいのではないか? ま、貴様の命は保証できないが」
ヘンリーもそれは理解していた。だが彼には些細だが一つ気になるところがあった。レオの目が彼に対する恨みに満ちたものをしていたことだ。彼には思い当たる節が見当たらないようでなぜなのかを問う。
「カスマ村でお前がしたことを俺はハッキリ覚えているぞ。自分の欲を満たすために罪のない人々にひどい
ことをした。勇者として、いや俺として。俺はあんたを許さない!!」
「ハッ! あの程度の事で恨まれるとは心外だな!」
「何だと?! お前自分が何をやったのか理解しているのか?!」
「当然だ。貴様のように理想だけしか見えていないガキとは違うからな。敵を捕虜にし奴隷として売る、その金は報酬代わりになる。兵士達が女を犯すのも同じことだ。どうだ、至って普通のことではないのか? 何をそんなに怒る」
「それはダメな事だ! そんなことしていいわけが――」
「もういい。綺麗ごとしか言わない奴に用はない。時間の無駄だ」
するとヘンリーは右手を高く掲げた。手には白い指輪と赤い指輪が付けられている。ウールはそれに気づくとレオに攻撃するよう指示し駆けだした。レオも続けてヘンリーに向かって走り出す。
だが同時にヘンリーが時間を稼ぐよう指示を飛ばす。兵士達は行く手を阻むように二人の前に立ちはだかった。先頭の兵士達をなぎ倒すも別の兵士の攻撃が二人の馬に当たり馬から転落し地面に叩きつけられてしまう。
全身をうち痛みが二人を襲うがこらえる暇もなく兵士達が二人に迫っていた。無理やり体を起こして構えようとしたが、兵士の攻撃は届かなかった。間一髪、馬に乗ってベルムが駆けつけたからだ。
「ご無事ですか魔王様?!」
「よくやった! それでこそ我が配下だ!」
ベルムはかばうように二人の前に立つと背中に背負っていた大剣を抜く。
「腕は平気なのか?」
「はい? 誰ですそんな失礼なことを言うのは――」
出鼻をくじかれたベルムはレオに気づくとすぐに彼と戦ったことを思い出した。ベルムは「まあ見ていてください」と突撃し一騎当千の活躍をこれでもかとレオに見せつける。
レオはウールに「はやく奴を止めるぞ!」と言われると見たい気持ちを抑えてヘンリーめがけて突っ込んでいく。既にヘンリーの指輪からは白いひと筋の光が空に向かって放たれていた。
だがどこにも魔法陣のようなものが見当たらない。ウールはそれがどうも引っかかっていて警戒していたが、なるようになれとヘンリーに向かって火球を投げた。
その時だった。
頭上高くにあったはずの火球が兵士達の間をすり抜けてきた人影によって叩き切られた。宙を舞っていたそれは音を立てずにウール達の前に降りる。
それは人の子供なのか疑うほど美しく、現実離れした雰囲気をまとった少女だった。彼女の虚ろで青く、無垢な子供のように大きな瞳には驚いた様子の二人が映っている。
「『魔物じゃないのか?』と言いたげな顔だな魔王」
神経を逆なでするような笑みをヘンリーはしている。彼の自信が決してハッタリでないのは目の前にいる少女を見れば誰でも理解できるだろう。
少女は光の粒を集めたように腰まで届く長さの長い純白の髪をしている。肌も髪と同じように白く、まとっているドレスはまるで童話にでてきそうなもので、血なまぐさい戦場にはとても似合わない可愛らしい純白のものだった。
だが異様な雰囲気は戦場に不釣り合いな身なりだけが理由ではない。右目には瞳と同じ色をした青い炎が輝き、手に持っていた剣の刀身は宝石で作られたかのように青白い。そして何よりも――
「……まるでメアリスみたいだな」
死んでいるかのように表情のない少女にウールはそう言わざるを得なかった。
ウールはレオにそばを離れないよう指示をだす。レオは唾をごくりと飲むと素直にウールに従った。年頃の少年ならば思わず釘付けになりそうな可憐で不思議な少女を前にしてだ。実戦経験が無いに等しい彼でさえ、目の前の少女がどれ程異常な存在であるかは本能で分かったからだ。
「いくらお前達でもこいつには敵わないだろう。どうだ? 命乞いでもするか?」
「ではそうさせてもらおう」
「ウール?! 何言って――」
ウールは大きく深呼吸するとワイバーンの咆哮にも負けないほどの大声でメアリスの名を空に向かって叫んだ。これにはさすがのヘンリーも面食らい、馬鹿にするような大笑いをあげた。
「何考えてんだよウール! ここは戦場だぞ?! 聞こえるわけないだろ!!」
「だが可能性がないわけではないだろう? ならば賭ける価値はある!」
「なんでそう自信があるんだ……」
「自信があるからだ」
「いやもう訳が分からねえよ……。でもさ、やっぱりこんなので来るわけ――」
メアリスはやって来た。
嵐をまとったかのように勢いよく兵士達を吹き飛ばしながら走り、彼女は二人の後ろにピタリと止まった。彼女のドレスや剣には既に大量の血がついていて、どれほど凄惨な戦いを繰り広げていたか言葉にせずともレオには分かった。
「な? 賭ける価値はあっただろ」
「お、おお……」
レオが目をパチパチさせながらメアリスを見ていると、彼女は「あなただれ?」とのんきに首をかしげる。
「お、俺は――」
「やっぱりどうでもいい」
そうか……とレオは少しショックを受ける。そんな彼を無視してメアリスはウールになぜ呼んだのかを訊ねた。
「あいつを任せられるのはメアリスぐらいだと思ってな。やれるか?」
ウールが指さした先をメアリスが見ると、普段何を考えているのかよく分からない彼女の表情に陰りができる。そして少し間を置くと「やってみる」とだけ言い残し少女の方へと歩きだす。
思いもよらぬ反応にウールと兵士を食い止めていたベルムは動揺を隠しきれなかった。レオはそんな二人に動揺していた。
「なんでそんなに驚いてるんだ? よく分からないけどメアリスとかいうあの女の子はかなり強いんだろ?」
「そのメアリスがあんな風に言ってるんだ。となるとよっぽどだぞ」
「随分信頼しているんだな。実際あの子はどれだけ強いんだ?」
「そうだな。メアリスの強さは――」
言い終える前にメアリスと少女がぶつかり合う。
すると一生のうちに数度聞くかどうかほどの目玉が飛び出そうな音が響き渡った。
少し遅れて衝撃と突風が周囲にいた全員に無慈悲に襲いかかる。不意をつかれた兵士達は吹き飛び、驚いた馬は暴れてヘンリー達を振り落としてどこかへ消えてしまった。
ウール達も例外でなく容赦なく襲い掛かる。ウールとレオは勢い余って数メートルほど飛ばされてしまう。レオはバタリと地面に倒れ、その上にウールがドサリと倒れると彼は「グェッ!」と声を出してしまった。
そしてウールはでろ~~~んとレオの上に倒れたままメアリスと少女の方を指さした。
「…………あれくらいだ」
「…………見れば分かる」
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