第59話

「カスマ村? なぜあの村なんだ?」


「……あの村が襲撃にあった時俺はあそこにいた。いや、俺があいつらを村に連れてきたんだ。ウールをかくまっているとしてな。だけどあいつらは村人達にひどいことを……。俺のせいであんなことになった。俺がやつらを連れてきたせいで……。罪のない人々まで」


 レオは罪を告白するかのように語りだす。目はうるみ、どうしようもない、抗えない感情に飲まれそうになりながら。


「あの後俺は考え直そうと一度王都に戻ったんだ。悔しさと後悔でいっぱいで、自分が本当に勇者に相応しいのかさえ思って、とてもウールを倒せるような状態じゃなかった。だから見つめ直し、鍛えようと鍛練に励むことにした。そんな時シャーロット様に声をかけていただき護衛としてしばらく務めることにしたんだ」


 ウールはそうなのか? とシャーロットを見ると彼女は噓偽りはないと頷いた。ウールは腕を組みながら彼の苦労を労うように感心する。


「で、結局私を殺すという結論になったのか。まあ敵であることに変わりなかったから仕方ないか」


「でもウールが人間と手を組んだのを知った時は驚いたし、本当に自分は正しいのか疑ってしまった。ウールはポルーネの人たちを救った、だけどこの国は人々を苦しめ続けていたから……」


「救ったというか成り行きだったんだけどなぁ……。つまり自分としては間違っている方についてしまっているが人々や姫を守らなければならない。そういった板ばさみな状況にお前はずっと陥っていたわけか」


「そうだ。だけどその状況がこれから変わるかもしれない。だからもう俺は間違いを犯したくない。ウール、もう一度聞く。村で起きたあんな悲劇を二度と起こさせないと約束できるか?」


 だがウールはすぐに返事をしない。どころか難しい顔をしたまま黙りこくる。レオは不審に感じ「どうなんだ?」と口調を強める。やがてウールはため息をつき――


「ハッキリ言おう。無くすのは不可能だ」


「なッ?! なぜだ!! なぜ約束できない?!」


「できない約束をしたくないからだ。そもそも完璧な者などいない。誰もが皆、心に善と悪を持っている。だから消えることは無いだろうな。ま、全員が滅べばなくなるだろうな。本末転倒だが」


 それでもまだ反論しようとしていたレオは気づけば体が前のめりになっていた。そして彼が口を開こうとした時、ウールは手を彼の前に突き出し「だが!」と遮った。


 彼女の表情は決して彼を馬鹿にしたようなものでなく、むしろ向き合おうともしていた。レオが驚いた様子を見せていると、ウールは突き出した手を握手するようにのばした。


「減らすことは可能だ。お前が私と手を組めばな。悲しむ者を見たくないのだろ?」


 レオは半信半疑で差し伸べられた手をジッと見ていた。そして意を決すると強く握り返した。


「レオだ」


「レオか。勇者にふさわしい名だ」


「魔王にそう言われるとは思わなかった」


「私もこんな事を言うとは思わなかった。初めて出会った時のお前なんかもうひどすぎて失笑ものだったからな」


 レオはぐうの音もでなかった。彼は思い出したのかばつの悪そうに口をとがらせている。そんな彼をあざけるようにウールはニヤニヤと笑っていた。


 するとシャーロットが「ちょっとその話聞いてみたいわ」といたずらな笑みをしながら寄ってくる。


「すごかったぞ。こんな風に両手をあげて私でさえドン引きするようなゲスな顔をしながら『フハハハハハ!!!! 魔王、貴様を殺してやる!!!!』とな――」


「おいやめろ!! 再現するな!! あとそこまでひどくはなかったはずだ!!!!」


「レオよ、隠し事はよくないぞ。それでなシャーロット、その後こんな風に手を前につき出して『貴様を殺した後、魔族を皆殺しにしてくれるわー!!!!』と――」


「だから脚色するんじゃねえよ!!!! というか俺の口調すっかり変わってるし?!!」


 レオは心底嫌そうにバタバタとしているがウールは気にしない。彼女の再現する過去の自分があまりにイタく、彼は顔を真っ赤にしてそれを必死に止めようした。


「そ、そんなこと言うならウールだってイタかったじゃん!! えっと、たしか……『貴様をここで始末してくれよう!!!!』」


 どうだ? とレオは挑発するようにウールを見る。だが彼女は一切動じない。何だと……? と彼の顔いっぱいに次々と書き込まれる。


「? いつも通りの私だな。というか真似が下手だぞ。よいかレオ、成りきるには恥を捨てることが大切だ。こうやって――」


 ウールが再び真似しようとするのをレオは彼女の体を揺らしながら阻止するのに必死だった。シャーロットはそんなワーワーともみ合っている二人をクスクス笑いながら見守っていた。





 その後すぐ、シャーロットの素早い戦闘停止命令もあって街の戦いはその日のうちに終わりを告げた。だが街にも人々にも傷痕が残ってしまったのに変わりなく互いにいがみ合ってしまうこととなった。


 だがそれは翌日になって消え失せた。


 戦いの翌日、不穏な空気が漂う中、シャーロットは街の広場に集まった人々に対し臆することなくこれまでの経緯と自らの考えを語り続けた。人間も魔族も、本質は同じ。互いに争うのではなく共存こそが生きる道であり平和の道であると。


 彼女にとってこれが初めての演説であってか言葉を詰まらせたり声が上ずってしまうこともあった。何度も言い直すこともあった。


 それでも彼女なりに訴え続けた。人々が完璧に彼女の考えを理解することは無かった。


 だがシャーロットの熱意は間違いなく伝わっていた。


 誰かがシャーロットの名を呼んだ。続けて誰かが呼ぶ。思いに応えるその声はやがて王都中にこだましていく。


 思いは一つになった。シャーロットはそれを人々に手を振りながら実感していた。ウール達もそれを後ろで聞きながら感じていた。


 やがて演説を終えると、ウール達はすぐに出陣の準備に取り掛かる。







 二日後


 出陣の日の朝


 ウールとレオは鎧を身に付け廊下を歩いていた。レオは初めての戦いでもう緊張しているせいか動きがぎこちない。それを彼女に茶化されると「うるさいな」と強がりを見せる。


 そんな二人を呼び止める声が後ろから聞こえた。振り向くとそこにはシャーロットとリリーがいた。リリーは普段の鎧姿ではなかった。シャーロットと同じような装飾が施された床まで引きずる長さの緩やかな衣服を着ていた。


 シャーロットはレオに近づくと両手を握りしめ彼を激励した。彼も嬉しそうに微笑むとうんと強く頷く。二人が別れを惜しんでいる横で、リリーは足を引きずりながらウールに頭を下げた。


「こんな大事な時に出陣できず申し訳ありません」


「その傷では仕方なかろう。悔しいだろうが今は傷を癒せ。それがリリーの仕事だ」


 リリーは精一杯毅然とした態度を取ろうと必死に努めていた。ウールは「そう心配するな」と言い残しレオを呼ぶと二人のもとを去っていく。残された二人はただジッと後ろ姿が見えなくなるまで見守っていた。


 やがて姿が見えなくなるとシャーロットが不安そうにまだ廊下の先を見ていたリリーの方を振り向いた。


「辛い?」


「……辛いです。それに……何もできずただ待つだけの自分の不甲斐なさが悔しくてたまりません」


 リリーは「こんな大事な時に」と裾を掴みながら涙を浮かべていた。シャーロットは同情するようにうつむくが何も言わない。


「恐ろしいのは戦いだけだと思っていました。ですが待つというのがこんなにも不安で、心細いとは」


「そうね。でも今はそうするしかないわ。……リリー、ひとまず部屋に戻りましょ?」


 シャーロットはリリーの背中に手を添えて歩き出す。その間リリーは声は上げていないがずっと涙を流しては拭っていた。すれ違う人々は彼女に気づくと皆気の毒そうな顔をしてそそくさと離れていく。


「色々思うところがあるのは分かるけれど……あなた泣きすぎよ」


「すみません。……あなたは平気なのですか?」


「平気じゃないわ。リリーと同じで私も不安で一杯よ。でも泣いたりなんかしないわ」


「それはなぜです?」


「泣きたくないのよ。命がけで皆が戦ってるのに私だけメソメソ泣いてるなんて嫌。今はただ無事を祈ることしかできないけど、悲劇のヒロインみたいに待つなんて情けないわ。だったら私はこの国の姫として堂々と皆の帰りを待ちたいの」


「そう……ですか。あなたは強い方ですね」


「あなたに言われて光栄だわ」


 シャーロットは微笑みながらリリーに手を差し伸べた。リリーは一瞬彼女にウールと似た何かを感じ目をこする。だがシャーロットであることに変わりない。


 そして首をかしげたまま待っているシャーロットの手をリリーが握ると二人は並んで歩き出した。

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