第44話
「ねえアイザック、さっきの光って一体」
「分からない! でも間違いなく何かが起きた!」
「それくらい分かってる!! それが何かって聞いてるの!!」
「だから知らないって言ってるだろ!! そんなことより今は――」
空に眩い光が放たれてから数十分、いや一時間くらいは経っただろう。光は既に消え、暗くなった道をアイザックとテレサは駆け抜けていた。
「敵がいたぞ!!」
道を塞ぐように正面に傭兵が数人現れ、二人は舌打ちをした。今さら引き返しても意味がない。だったらと走りながらやけくそに突っ込み剣を振る。
命など顧みない勢いを前に傭兵達は成す術も無く倒れてしまった。だがすぐに後ろから増援の傭兵と亡霊が追いかけてきていた。
「はあ……。はあ……。クソッ!! これじゃキリがない!!」
アイザックが捨て台詞を吐くとテレサが残っていた最後の魔力水晶を投げ進路を塞ぐ。その隙に二人は痛むわき腹を抑えながら走り出した。
「ねえ、まだ魔力水晶残ってる? 私さっきので使い果たしたんだけど」
「まずいな……後一個しかないのに」
苦しそうに答えるアイザック。すると彼は突然足をつまずき地面に勢いよく倒れてしまった。先を走っていたテレサはそれに気づくと慌てて起こそうとする。
彼は震える体に鞭打って足手まといにならないように立ち上がる。だがすぐにもたれかかるようによろけてしまいテレサに体を預けてしまった。
「大丈夫?! もう少し、もう少しだから!」
「平気だ! このくらい――」
テレサの励ましに答えようとしてニヤリと笑ってみせる。
だがその顔はすぐに蒼白となった。状況が状況といえどここまで変わるのは異常だ。テレサがそう思った瞬間、うすら寒い気配を全身で感じ取った。
リリーと対峙した時の寒さとは違う。まるで冷たくなった死体に体中を触られているかのような気味の悪い寒さ。耐え難いこの寒さをテレサは嫌というほど知っていた。
言葉を失っていたアイザックの視線の方をテレサは恐る恐る振り向く。その視線の先は街の出口へと続く方角だから見なければならない。
だが心が、本能が、決して見てはいけないと念じていた。
「あ……。ああ……」
二人の前にはメアリスの姿があった。両手に握りしめられた剣には薄桃色の肉片が付いたまま。服や顔には拭った血の跡が残っている。
「逃げちゃだめ」
その言葉は
「逃げろテレサ!! 早く!!!!」
二度と喋れなくなってしまいそうなほどの叫び声でアイザックは必死に訴えた。だがテレサは頭を力なく横に振りながら後ずさりをするだけだった。まるで石になってしまったかのように足がまともに動かない。
そうしている間に二人の後ろに追ってきた傭兵達が立ちふさがる。万事休す。アイザックは恐怖で顔を歪めたまま
テレサも涙で顔をぐしゃぐしゃにしたままアイザックに寄り添い、彼の背中に顔をうずめた。二人の脳裏にエドウィンの最期の姿がよぎる。嗚咽交じりの泣き声が悲鳴へと変わった。
「うるさい」
つけ放すように言ったメアリスの言葉が最後の言葉だと思い二人は目をつむった。
だがどういうわけかメアリスは何もしてこない。震えていた二人は様子がおかしいと顔をあげる。すると傭兵達が「抵抗するなよ」と言って二人を拘束した。
「な、なんでだ……? なんで俺達を殺さないんだ?!」
「殺してほしいの?」
二人はちぎれそうなほどの勢いで首を横に振る。その姿を滑稽に思ったのか傭兵達の中に吹き出す者が現れた。
「殺さないのはウールの命令だから」
「ウー……ル? ウールって誰? あなたが魔王じゃないの?」
「違う。魔王なのはウール。私はウールの配下」
そう言うとメアリスは傭兵達に合図を送る。すると傭兵達は二人にさっさと歩くよう促した。
「お、おい! 本当に殺さないんだな? 俺達は助かるんだよな?!」
「知らない。戦いが終わったら広場に連れてくるよう命令されただけ。だからあなた達が助かるかどうかはウール次第。でも――」
メアリスは急に立ち止まりクルッと二人の方へと振り向いた。かと思うと剣をそれぞれ二人の首筋に向けた。
「私は配下にしたいの。この戦いで失った分を補いたいから」
虚ろなメアリスの目に戦慄する二人の姿が映る。汗が自然と垂れ彼女の剣に吸い込まれるとメアリスは背中を向けて歩き出した。
♢
広場に着いた頃には、既に大勢の兵士達が連れてこられていた。二人が目視できるだけでおよそ千人は優に超えている。実際はもっと多いのだろう。
驚愕したまま見回していると二人は彼らの最前へと連れて行かれた。
「俺達どうなってしまうんだ?」
「殺されるに決まってんだろ」
「殺されるならまだいい。あんな薄気味悪いのになるのだけは嫌だ」
アイザックとテレサの後ろから怨嗟の声がつらつらと波のように聞こえてくる。兵士達は周囲を取り囲む傭兵、亡霊、ゴブリン、そしてワイバーンを前に抵抗する意志どころか逃げる意志さえ失っていた。
「アイザック……。さっきの言葉どう思う?」
「……俺は殺されないなんて信じられない。油断させてきっと殺すに違いない。奴の目は本物だった、脅しなんかじゃない」
「でも魔王次第だって――」
「魔王次第で殺されるんだぞ? それに捕虜になったとしても何をされるかわかったもんじゃない。魔王は狡猾だ、利用されるだけされて始末されるに決まってる」
「でもどうすればいいの? 逃げようにも逃げられないじゃない」
「ああそうだ、俺達は結局殺される。だったらせめて一矢報いてから死んでやる。テレサ、さっきあの化け物が言ってたことを思い出してくれ。自分は魔王ではないって言ってただろ。ということは……」
「弱いといのは本当」
テレサは口を結んだままギュッと彼の手を握った。だが彼女の目にはまだ光が灯っていた。もはや諦めの境地に達し、死を前にして失う恐怖を失っていた。
アイザックも彼女の手を強く握り返す。彼もまた同じような目をしていた。するとテレサと見つめ合い何かを訴えるようにもう一度握りなおし体を近づけた。
すると彼は腰に下げている袋から魔力水晶を一つチラリと見せる。その表情は悪だくみを思い浮かべた子供のようであった。
「これを使って魔王の気を引く。その隙にとどめを刺してくれ。テレサ、無茶かもしれないが俺の最期のわがままに協力してくれないか? 仲間を殺されたまま何もせず死ぬなんてあいつらに合わせる顔がない」
「それは私も同じよ。それとアイザック、確実に殺せるわ。私と一緒なら」
テレサはポケットから投げナイフを見せてニヤリと笑う。アイザックは「まったく、頼もしいなテレサは」と微笑んだ。長く傭兵として共に生活していただけに二人の意志が一つになるのに時間を要さなかった。
♢
二人はウールの到来を今か今かと指を動かしながら待っていた。そして二人が連れてこられてからおよそ十分ほどで、何も知らないウールが通りの方から馬に乗ってベルムや傭兵達を引き連れて現れた。
「メアリス、東の方は調べ終えたか?」
「うん。この二人が最後だった」
メアリスがアイザックとテレサを指さしウールは興味なさげに二人を見た。その時目が合い、そして二人はウールが間違いなく魔王であることを確信した。
姫に匹敵するほどの可憐さ。ここになぜかいないヘンリーが性奴隷にしたいと言うのもうなずける。二人は視線を外さずじっとウールの動きを観察していた。
これから何が起きるか知らないウールは馬から降りずによりにもよって二人の目の前にやって来た。だが二人のことなど気にも留めず傭兵達の報告を受けている。
「テレサ、俺の合図に合わせて確実に仕留めてくれ」
「分かってる。アイザック、しくじらないでね」
「当たり前だ。ずっと一緒にやってきた仲だろ?」
テレサは「ええそうね」とニヤリとした表情で言うと腰を低くしウールを捉えた。ウールは何かを探すようにキョロキョロとしている。アイザックも鋭い目つきに変わると「いち……」と唱えるように呟いた。
「まずお前達人間に言いたいことがある」
「にの……」
「私はできることならお前達と――」
「さん――!!」
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