第28話

 エイリーンが入り口へと向かう道中、工房の方角から歩いてきたメアリスにウールの居場所を訊ねられた。ちょうど自分もウールのいる場所へと向かっているところだと答えると二人は一緒に歩き始める。


「それで、ウールに何の用なんだ?」


「工房のゴブリン達がウールとベルムの装備ができたから確認してほしいって。私はその伝言役」


 ウールとベルムは近いうちにレッドゴブリン達のもとを去ろうと考えていた。長居するのも迷惑であるし他の魔族がどうなっているかも気にしていたからだ。


 そういうわけで旅に出ようとする二人のために、ゴブリン達は折角だからと装備を作ることにした。そして今日、装備がようやく完成したのだ。


 前を向いたまま事務的に答えるメアリスにどうも距離感を抱いてしまう。不仲というわけでもなく、エイリーン以外に対しても似たような態度を取るので、そういうものなのだろうと自分に言い聞かせる。


「そうなのか、ところでどんな装備――」


 ふとエイリーンがメアリスに視線を移すと、彼女は首をコクリと傾けたまま動かなくなった。元々人形のような姿だがますますそういう風に見えてしまう。どうしたものかと思いエイリーンは視線の先に目をやると、そこには遠目で見ても分かるほどまずい状況に襲われているウール達の姿があった。





「あのな、まずは落ち着け。そうしないと話ができない」


「何を仰いますか。平常心は十分に保っております。それよりもまず、魔王様のその麗しき肌の温もり、息遣いをこの一身に感じとうございます」


 落ち着いているのは口調だけで、言ってることはいよいよ支離滅裂だ。威勢があり見本にしたいほどの姿勢の良さが、恍惚とした表情、とろんとした目と合わさり異様さを際立たせている。


 このままでは流石に危険だ。総動員された本能が訴えるとベルムに目の前の人間を止めるよう命じた。


 心底嫌そうな顔をするベルムだったが、ウールに急かされると諦めたようにガックリと重い足取りで目の前の人間へと近づく。


「ちょっと落ち着いたらどうです? 魔王様も困って――」


 ベルムは飛んだ。


 遅れて気づくほどビュンと地面すれすれを勢いよく。「邪魔だ」と言い放たれたような気がしたが判別のしようがない。


「え?――」


 口を開くと同時に土煙をあげながら体が地面をガリガリと削った。勢いに負け、彼の体から腕と頭が吹っ飛んでしまい放心してしまった。


「嘘だろ……」


 あまりの事にベルムの方を見ていたウールは開いた口が塞がらなかった。すると名状しがたい寒気を感じ取り恐る恐る振り向くと、ローブを着た人が手を伸ばそうとしていたところだった。


 ローブの袖から出ている腕は彫像のように華奢な白い腕だ。手がウールの頬に触れると優しい温もりを感じるが、手の動きはそれとはかけ離れているほどねっとりとしたものだった。


 恐怖なのかそれとも別のものか、押し寄せる得も言われぬ感情に思わずウールは「えへへ……」と顔をひくひくとさせたまま謎の笑いをあげる。終わった。そう確信し空を見上げる。なぜだがいつもより空が美しい青色をしている。


 瞬間、フードの中から覗き込ませていた目つきが鋭く殺意に満ちた物へと変わった。そして背中に背負っているハルバードを両手で持つと高らかに掲げた。


 直後、鈍くかち合う音が聞こえ火花が散った。ウールが何事かと思い顔を前に向き直すが、すぐに何者かに背中を握られベルムの倒れている方へと投げ飛ばされる。


 ゴロゴロと後転を繰り返しながらウールはベルムの頭の横にペタリと倒れた。満身創痍で地面に顔をくっつけたままうつ伏せになり、頭だけのベルムに「大丈夫ですか」と心配そうに言われてしまう。


「~~ッ! なにが起きたんだ?!」


 ゲホゲホと咳き込みながら起き上がり体に着いた土を払う。そしてふと前を見るとウールは目の前の光景に目を疑った。


 メアリスとローブを着た人間が熾烈な争いを繰り広げていた。放たれる互いの一撃一撃がビリビリとウールの五感に訴えかける。重い攻撃を互いにぶつけ合う度、あたりの草木や建物が震える。周囲にいたゴブリン達は慌てて避難すると二人の壮絶な戦いを瞬きせずに見守り始める。


「いやあすごい……。見物料を取ってもいいくらい迫力がありますね」


「吞気な事を言ってる場合か! 早くあいつらを止めないと――」


 ちょうどその時、少し離れた場所からエイリーンが慌ててウールの方へと走ってきた。


「メアリスの奴……。まさか本当に戦うなんて」


「おいエイリーン、これはどういうことだ?!」


「メアリスはウールを守ろうとしているんだ。あいつ、ウールが襲われそうになるのを見てすぐに『守らなきゃ』って言って走り出して……」


「お、おう。そうなのか……」


 配下としての役割をメアリスがとりあえず果たしている事に、ウールとベルムはどう反応していいか分からず微妙な表情を浮かべる。


「それでウール、あの黒のローブを着た奴は一体誰だ? 知り合いか?」


「あいつはリリー、『黒騎士』とも呼ばれてる。今はあんな手の付けられない状態だが一応エイリーンと同じ人間だ。……というか知り合いどころか一、二を争うくらい私に忠実な配下だ」


「あれで?! 遠くからだったがどう見てもウールを襲おうとしていたとしか見えなかったぞ?!」


「襲おうとしていたのはある意味間違っていないな、うん……」


 目を背け、しどろもどろに答えるがエイリーンはその意味がイマイチ理解がしきれない様子だ。そうして彼女が考えを巡らせている間にも二人の激戦は続き、ますます苛烈を極めていく。


「これ以上続けさせたら下手するとこの辺り一帯吹き飛ぶな……。ものすごく嫌だが仕方ない、あの二人を止めに――」


 重い腰を上げ足取り重く二人の方へ歩き出す。だがリリーがローブを脱ぎ捨てるとウールをはじめメアリスを除く全員が心の底から危機感を覚えた。


 禍々しき漆黒の鎧姿を見せたリリー。過度な装飾は施されていないが光を吸い込むほどの深い黒色だ。彼女の鎧姿、振りかざす漆黒のハルバード、そして艶やかで美しくなびく黒髪。彼女の姿は見る者全てを圧倒させ、まさに『黒騎士』の名に相応しい。


 リリーの姿に誰もが息を吞んでいると、彼女の足元から白い霧が土煙を払いながら漂い出す。それが周囲を包むと、暖かな空気は一転し氷の中に閉じ込められたように寒気を感じ始める。放たれる霧とプレッシャー。ゴブリン達は氷水に浸かったようにガクガクと震えてしまっていた。


 だがメアリスは動じない。どころか両手に持った剣に炎を纏わせると挑発するように両手に持った剣をクルクルと弄ぶ。


「おいウール! あいつ一体何をしようとしているんだ?!」


「あいつの扱い方を間違えたな……。まさかこんな所で全力を出そうとするほど気が変になってしまうとは……」


 エイリーンが必死に訊ねるのを無視してウールは大慌てで走り出す。その間にも霧は勢いを増し続け、リリーの持つハルバードの刃が雪のように白くなる。


 リリーは一呼吸を入れ静かに構えた。メアリスも構えたまま出方をうかがっている。


 互いの目が見開き、地を一歩踏む。


 その時、ウールがリリーの懐に勢いよく飛び込んだ。二人は勢いのまま倒れてしまい、ウールはリリーを下に四つん這いになってしまう。


「ま、魔王様?! 一体何を?」


「それはこっちのセリフだ!! こいつらの住処を消すつもりか?!」


 焦りを見せていたリリーだったが次第に冷静さを取り戻すと辺りを見渡す。次第に状況が理解できるようになると、体から放たれ辺りに漂っていた霧が消え、元通りの暖かさを取り戻した。


「すみません。私ともあろう者が……」


「分かればいいのだよまったく」


 ため息をつくウール。そして疲れからポフッとリリーに体を預けた。その時、リリーの体が一瞬ビクリと動く。


「お前のためだと思ってあんなことをしたが辛い思いをさせたな。すまなかった。とにかく再会できて私は嬉しいぞ」


 目を閉じたまま安堵の表情を浮かべるウールは安心させようとリリーの背中にそっと手を回し優しく抱き寄せる。幸福感で一杯になるリリーだが何も反応を見せない。するとベルムがウールの背中をツンツンとつつきながら声をかけた。


 ウールが「なんだ?」と振り向くとベルムはリリーの顔を指さした。不思議そうに顔を見ると、リリーは真顔のままピクリとも動かなくなっていた。ウールが手を振ってみても頬をつねっても一向に反応を見せない。


「……もしかして、気絶したのか?」


「みたいですね。刺激が強すぎたのでしょう」


「これで?! 安心させようとしただけだぞ?!」


「でも考えてみてくださいよ。リリーが魔王様に会うのって確か四ヶ月ぶりですよ? 彼女の事をよく知っているから言えますがこうなるのも当然かと」


「う~ん……。確かに。手間がかかる奴だなほんと」


 ウールは呆れながらもゴブリン達を呼びもう大丈夫だと言うとリリーを屋敷に運ぶよう指示を出す。また起きたりしないかと彼らは不安がっていたが、ベルムは「魔王様がそばにいれば絶対に安全だ」と言い彼らを励ます。


 妙に説得力がありゴブリン達はほっとするとリリーを屋敷へと運び始め、ウールとベルムも同行する。その様子をとり残されたエイリーンとメアリスはポツンと眺めていた。


「何あれ?」


「……私が聞きたいくらいだ」

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