第10話 夢想剣VS西江水

1 杖術対暗殺剣


 夢想むそう権化ごんげは、半身にとって杖を構える。

 彼の身に降臨した剣豪は、杖術の祖にして夢想流流祖、夢想権之助。使う武器は、杖。腰に差すは、権之助愛用の脇差『おそらく猪首』。

 対する鐘捲暗夜斎は、鐘捲流居合の遣い手。鐘捲流は中太刀をもっぱらとする暗殺剣。真昼間、真っ向から立ち会って戦うのは不得手。しかも、手にする武器は呪禁刀『ミカヅチ』。これは二尺八寸もある長い刀で、はっきりいって暗夜斎は、長刀は専門外。なにをどうしていいか分からない。


「じいさん、おれは杖術の専門家だ。悪いことは言わない。その呪禁刀を置いて、ここを立ち去れ。さすれば、情けをかけてやらんでもない。が、その刀で挑むというのなら、容赦はしないぞ」

「手加減ならば、要らぬ気づかいだ」暗夜斎は肩をすくめた。「所詮、い先短い命よ」

「もしかして、おれの得物えものがただの棒だと侮っているか? 杖は、突けば槍、薙げば薙刀、持てば剣といって、刃こそついていないが万能の武器だ。激しく打てば人は昏倒するし、腕の一本折ることも容易い。全身の骨をバラバラにしたその後で、このおれの『おそらく猪首』でトドメを刺してやろうぞ」

「そんな、細っこい棒で、ほんとうに日本刀に勝つつもりかな?」

「じじい、舐めやがって」夢想権化は貌を憎悪に歪めた。「杖は、対『刀』を徹底的に想定して、それを制圧することを第一義に研究されてきた武術だ。刃があるから有利と高を括れば、地に伏すはおまえの方だ」


 ひゅんと権化の手から、杖が飛び出した。まっすぐ突き出される反りのない棒は、ほとんどその動きが見えない。おまけに、杖の、槍のようにしごく動きは銃弾のように速い。

 暗夜斎は、ぴくりとのけ反り、あやうく杖先を躱すも、したたかに頬を打たれた。

 権化の躰が、強風に舞う木の葉のようにひらりと転じ、杖が猛烈な勢いで落ちる。暗夜斎が正眼に捧げもつミカヅチが絡めとられ、転覆する大船のようにひっくり返って切っ先を床に突き刺す。権化は杖をしごくと、身を翻し、さらに突き。暗夜斎は逃れるように後退するが、権化の動きは遥かに素早い。躰を切り、身を翻し、手の中で杖が、打ちだされる銃弾のようにしゅっ!しゅっ!と一閃、二閃する。


「あっ!」

 女のように悲鳴を上げて、動きを止めたのは、しかし夢想権化。

 さきほどまで憎悪に歪んでいた相貌を、いまは痛みに歪ませ、杖をにぎる己が手を開いて、まじまじと見つめる。

 そこには二筋の引っ掻いたような切り傷があり、いまそこから赤黒い血がたらたらと滲みだしていた。

 ぎょっとして権化は、おのれの杖を見る。


 そこには、一つ、二つ、太刀の刃で傷つけられたがあった。呪禁刀で斬りつけられた、小さなささくれだ。そして、杖の表面をべったりと走る赤黒い血の汚れ。

「ああっ!」

 がばと身を折った夢想権化は、その場に這いつくばる。びくびくと痙攣する両手を伸ばし、剣道場の床に赤黒い液体を振りまきながら、地上に投げ捨てられた川魚のように、身体をぴくんぴくんと跳ねさせた。

「あっ、あっ、あーーーーっ!」

 呪禁刀で切り裂かれ、破魔の霊気にささくれた杖は、夢想権化の掌を裂き、そのまま彼の不死のメカニズムを破壊した。

 彼は、落雷を受けた捨て猫のように身を震えさせ、猛毒を煽ったかのごとく、あっという間にその顔を赤黒く変色させると、恨みのこもった眼で暗夜斎を睨み上げながら、ものも言わずに絶命した。

 鐘捲暗夜斎は、口をとがらせ、ぶつぶつとつぶやく。

「まったく、最近の若者は、年寄を敬う気持ちが足らんよ」二尺八寸もある長い刀をよっこらしょっと納刀する。「こんな長い刀、使わせおってからに」




「『テスラ・ハート』なら、ちゃんとありましたよ」

 三越玄丈の後頭部に、銃口をつきつけると山口百鬼はそう告げた。

 これで玄丈が観念すると考えたのは、百鬼のあきらかな失策だったといえる。油断した百鬼が「えっ」と思った瞬間、三越玄丈はぱっと駆け出し、奥にいる蝉足篠に飛び掛かっていた。


 百鬼は反射的に引き金を引きそうになり、慌てて銃口を逸らす。

 彼がいま手にしている銃は、44マグナム。人を撃つには威力がありすぎる銃だ。防弾チョッキの上から撃っても肋骨を折ってしまうほどダメージ力がある。

 そんなものをこの狭い室内で発射して、見事玄丈に当てることができたとしても、彼の身体を貫通して、向こう側にいる蝉足篠に弾が当たってしまうかもしれないのだ。


 百鬼が躊躇している間に、玄丈は篠に飛びつき、彼女の腕をねじ上げていた。篠が「あっ」と小さく悲鳴をあげ、彼女の背後に玄丈が身を隠す。

 百鬼は向けた銃口をふたたび逸らすしかない。間違って撃ってしまえば、篠の身が危ない。

 それを承知で篠を盾にした玄丈は、ゆっくりとした動作で、ただし慌ただしく制服のシャツをまくりあげると、ズボンの中に挿していた拳銃を取り出した。小型でのっぺりと四角い自動拳銃。グロック・ピストル。高性能のドイツ製。九ミリ弾を十五発も装填できる。隠し持つには最適の銃だ。三越玄丈はいつも、こんなものをズボンの中に隠していたのだろうか。


 百鬼がびっくりしている間に、三越はグロックの銃口を篠のこめかみに当てる。

「さがれ、インチキ陰陽師の先生」

 玄丈は嘲りをこめて顎をしゃくる。

 百鬼は銃口をあげることができずに、後退する。

 蝉足教授は、『テスラ・ハート』が作用しなかった場合でも不屍者に物理的ダメージを与えるつもりで、強力なマグナム・リボルバーを用意したのだろうが、それが仇になっている。人質なんか取られたら、威力が強すぎて全然この銃は役に立たない。


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