第七話 弥生、悲痛な決断
アカツキ達がローレライから最果ての地へと飛び立ったあと、弥生は城の見晴らしのいいテラスから東の方をずっと見ていた。
「やよちゃん、いた。また、ここから見てるのね」
「カホは心配じゃないの? 流星くんのこと」
カホは口元に人差し指をあてながら「うーん……」と唸りながら考えている。何とか伝えようとするのだが、上手く言葉に出来ないようだった。
「信頼? 信用? 違うなぁ……。それはやよちゃんもアカツキくんに抱いているだろうし……。無事じゃないと怒るぞーって感じ? 帰って来ることに疑問が湧かないというか……」
弥生にもカホの言いたい事が半分も分からなかったが、少し肩から荷が降りた気がして楽になり、ふふっと思わず笑ってしまう。
「あーっ! 笑うことないじゃない、ひどいよ、やよちゃん!」
「ふふっ……ごめんなさい。そうじゃないのよ。カホ……ありがとう」
弥生は帰ってくるのが前提で話すカホに同意して、自分が情けなくなり笑ってしまったのだと気付き礼を言う。
「そうね。自分の出来ることをしなくっちゃ。帰ってくる場所が無くなっていては意味ないもの」
弥生は、アカツキからの頼まれごとを思い出し、迷いを振り払うのであった。
その夜、住民の多くが避難したことでいつもよりも静まり返る街。ポツポツと街の灯りは灯されているが、普段よりも暗く、奇襲するにはもってこいの夜であった。
静寂の中、一人の悲鳴が響き渡る。
アカツキの予想通りであった。一人の悲鳴をきっかけに街中が騒ぎ始める。闇夜の中、動き回る人の影。それを城の一番上のテラスから見ていたのは、イミル女王。住民に扮した兵士達には、夜は家の中からテ出ないように指示してあり、闇夜を動き回る者の答えは、必然的に敵となる。
サッと腕を上げたイミル女王の合図により、城の門が開かれていくと、ワーッと声を上げながらアデル王配を中心とした兵士が街の中へと雪崩れ込む。それと同時に、テラスからはカホが放った魔法の光が闇夜を照らす。
それはグランツリーの外に配した兵士達への合図であった。
異変を知った外の兵士達は、グランツリーを取り囲むように襲撃者達を押し込んでいく。前から後ろから、右から左から兵士が押し寄せて来て、襲撃者達は完全に包囲されてしまった。
「行けぇーっ!」
アデル王配の号令に、火蓋が切って落とされた。
初めはグランツ王国側が圧倒的に有利であった。襲撃者達を数で上回り、順調かと思われた。
しかし、数を前にしても襲撃者達の士気は衰えず、徐々に包囲が広がり始める。その要因の一つにアデル王配も、顔を歪めずにはいられなかった。
接近すれば襲撃者達の顔が見える。襲撃者達の殆んどは若い男性であったが、中には、まだ少年としか呼べない子供や、白髪に染まった老人が鬼気迫る表情で襲いかかってくる。誰しもが躊躇うのは仕方のないことであった。
そして、もう一つ。冷酷になりきれない弱兵によりグランツ側には構成されていたこと。襲撃者側の鬼気迫る表情に弱腰となり、徐々に包囲が瓦解していくのであった。
「くそっ、このままでは」
アデル王配の顔に焦りが見え始める。アデル本人も流石に子供や老人相手では、その腕も鈍る。
「あっ!!」
そして、とうとうアデル本隊のすぐ横を突破されてしまう。以前あった城を貴族を守るための城門は、取り払われており城は無防備であった。
「私に続け!! 城に近付けさせるな!!」
イミル女王をそして、お腹の自分の子を守らんと冷静さを欠いたアデル王配は、僅か十人の手勢を連れて城に向かった襲撃者達を追う。しかし、これが悪手であった。
指揮官の居なくなった軍ほど脆いものはない。アチコチで包囲が一気に緩んでしまった。
「“障壁”」
襲撃者達と城の間に見えない壁が立ち塞がる。弥生のスキル“障壁”。アカツキがここに弥生を残した理由の一つが、この障壁で城を守ることであった。
「た、助かった」
アデル王配は、冷静さを取り戻す。しかし、テラスから城を覆うほど巨大な障壁を作るなど初めての試み。しかも前方にしか張れないために、横や後ろから突かれると終わりだ。弥生はその事を気づかれないようにするため、わざとテラスまで出て敵の注意を引いたのであった。
「アデル様!!」
包囲を抜き出た襲撃者達を捕らえ、ホッと一息吐く間もなく伝令が駆け寄る。緊急事態でも起きたのか、そう思うのも無理はないほど、劣勢になりつつあった。
「援軍です! お喜びください、援軍が来ました!」
「援軍だと? 一体どこから……」
「報告によるとザングル国の御旗だそうです!!」
「バッハ殿か、どうして……彼らは最果ての地周辺に留まっていたはず」
アカツキが援軍など頼んでいたなど露知らず、アデル王配はそれでも多少建て直すきっかけ程度だと思っていた。せいぜい少数を送って来たものだと。
グランツリーの東門から、一気に大軍が不利な状況を貫く一迅の槍となって押し寄せて来た。
一気に包囲を真っ二つにした大軍は、襲撃者達をも二つに分断したことになる。
完全に形勢逆転となった。
それからは脆いもので、グランツ王国の軍とザングル国の軍でより小さな包囲を作ることで、最早士気だけではどうにもならない相手をしなくてはならなくなり、襲撃者達は次々と捕らえられていく。
「誰か、あの者の腕を射て!!」
バッハが叫ぶと同時に、腕を射ち抜かれた襲撃者は、手から例のルメール教のメダルを落とす。メダルの事をアカツキから聞いていたバッハは、目敏くメダルを使おうとするものを集中して捕らえられていった。
そして、夜が明け明るくなったグランツリーには、これ以上武器を振るう者は居なくなっていた。
◇◇◇
捕らえられた者達は、一斉に広場へと集められる。周りは兵士で固めており逃げられる隙間はない。ガックリと落ち込む襲撃者達の前にイミル女王と弥生が姿を現す。
「あなた達の中にローレライで私達と共同で住みたいという者はいますか?」
イミル女王を差し置いて弥生が問いかける。これからが弥生がアカツキに頼まれた事を実行する時であった。
当然襲撃者達は、一斉にふざけるなと声を上げ罵詈雑言を弥生に投げ掛ける。同様一つも見せず、弥生はただ彼らが収まるのを待っていた。
「やっと静かになりましたね。では、もう一つお聞きします。あなた達は見捨てられたと言ったら信じますか?」
再び、今度は原田の名前までアッサリと上がり、そんなはずはないと子供まで声を上げる。そして弥生の目が冷たく冷めていった。
わかっていた答えであった。出来ればこのまま素直に従って欲しかった。
弥生は襲撃者達を冷たい目のまま眺める。
「では、誰か一人……いえ、わたしが決めるわ」
弥生は、一人の少年の前に立つと、少年の前に例のメダルを転がす。
「それほど、わたしの言葉より原田くん……いえ、原田の言葉を信じたいなら、そのメダルで帰って原田に負けたと伝えなさい。ただし! 宣言しておきます。そのメダルを使ってもあなた達は、原田の元へは帰れない。あなたは一片の血肉も残らず、闇に吸い込まれるわ」
冷酷非情な宣言であった。それは、襲撃者達の目の前で悲劇を起こして目を覚まさせるということ。弥生は、その犠牲者という名の生け贄をまだ若い少年を指名したのだ。
「この子の縄を解いて! 他の者達は、被害が及ばないように離して!!」
弥生は兵士に命じる。少年はポツリと一人残され、襲撃者達はただそれを眺めていた。
(誰か! 誰か、代わるという人はいないの!?)
心の痛みで弥生はこの場で吐き気を覚える。少年を選んだのは、若き命の代わりならと、誰かが代わると言い出したくなるように仕向けたつもりであった。
しかし、弥生の思惑は外れ、少年は恐る恐るメダルを拾う。
(お願いよ! 誰か、誰か言って!!)
しかし、襲撃者達は疑心暗鬼を生じていた。原田を信じるが、この重苦しい空気はなんなのだと、まさか本当なのかと。声を上げるタイミングを完全に逸していたのだ。
少年は天にメダルを掲げる。そして教えられていた通りにメダルで帰還を試みた。
「うわああああああっ! な、何これ……嫌だあああああっ、腕が、足があああああっ!!!!」
ポッカリ開いた歪みは、少年を容赦なく砕くように吸い込んでいく。明らかに普通ではない。襲撃者の誰しもが放心していた。
歪みが閉じられると、少年のいた場所は静寂だけが残る。
(アカツキくん……やっぱり、辛いよ……)
弥生の頬を一筋の涙が流れていった。
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