第五話 ルメール、力の一端
原田という殻を破り姿を現したルメール。元神と言うだけあって、そのプレッシャーは今まで味わったことの無いものであった。
そのプレッシャーは、遠くに置いてある巨大パペットを守っていたアイシャやナックのところまで届いていた。
「な、なんだよこれ……」
「ふ、震えが止まりません……」
急に態度を変貌させた最果ての地の住人達の対処に追われていた二人は、全身鳥肌が立ち、動きを止めてしまい、押し込まれつつあった。そこへ、地響きと共に、ガロンに姿を変えた流星が住民を蹴散らしながら戻ってくる。
「ナックさん、アイシャさん。あとは俺に任せてパペットに! それと背中に乗せている奴のことも頼む!!」
「流星さん? アカツキさんやルスカ様は!?」
「二人は原田を追って行った。空からなら安全なはず。地上の奴らは俺が何とかするから、二人は様子を見に行ってくれ! 嫌な予感が止まらない!!」
人の丈を越える巨大な犬と、女子供しかいない住人では相手になるはずもない。怪我をさせないように注意しながら、流星はその有利な体躯を利用して、パペットに近づかせないようにする。
「流星さん、この子は?」
「月ヶ岡百合。俺やカホの元クラスメイトだ!」
痩せ細り息絶え絶えの百合をアイシャは肩に担いでパペットへ乗せると、体を固定させ、自分は操縦席へと乗り込んだ。
「……っと、左右均等にするのが大事、と」
アイシャは両手を玉に触れ魔力を送る。
「お、おい! 揺れてるぞ!!」
「わかってます!! 集中しているのですから、ちょっと黙っていてもらえませんか!?」
ゆっくり、左右に振られながら浮上していく巨大なパペット。流星は、住民達の手の届かない位置まで浮上したことを確認すると、パペットの真下につき住人を払い除けながら、パペットに追随するのであった。
◇◇◇
その頃、アカツキとルスカはルメールと正面から対峙していた。
決して力に頼らないと考えていたアカツキであったが、ルメールからは剥き出しの殺意がありありと感じ取れ、警戒を緩ませ話し合いとはいかなさそうであった。
「ふんっ!!」
ルメールが左手をアカツキの方向へと向けると、風が吹き始める。アカツキ達に向かって吹く風は、最初こそ、そよ風程度であったのが、目が開けにくくなり、体が後ろへ押されていく。
やがて立っているのもやっとの状態になり、体の軽いルスカが飛ばされそうになる。アカツキはエイルの蔦でルスカを自分の元へ引き寄せると、残った蔦を全て地面に刺し支えを作った。
「さぁ、どこまで耐える」
まるでルメールは遊んでいるかのように楽しげに嗤う。
「くっ……い、息が……」
とうとう立っていることも儘ならなくなってしまった。風が強すぎて呼吸もしにくい。アカツキは引き寄せたルスカを自分の後ろへ隠すことで、風避け代わりに矢面に立つ。
後ろの方でガラガラガラと物音がして、僅かに開いた目で振り返る。アカツキが見たのは、崩れていく屋敷であった。窓は割れ建物内の家具が簡単に飛んでいく。亀裂が壁に入ると、そこから容易に崩れて穴が開く。
「どうした、終わりか? たかだか神獣を二、三匹手に入れただけで、神のワタシに勝てるとでも?」
地面に突き刺したエイルの蔦ごと後ろへ押されていく。何か手は無いのかと、アカツキとルスカは苦慮していた。
しかし、大変なのはアカツキ達だけではなかった。
屋敷へと向かっていた流星は、もろに影響を受ける。屋敷の方角から飛んでくる瓦礫になかなか前へと進めない。幸い、遥か上空にいるパペットまでは風は吹いていない。
「りゅうせいさーーーーん!! 跳んでくださーーーーい! パペットで拾いまーーす!!」
ところが、上空から聞こえてきたアイシャの声に流星は首を横に振って拒否を示した。
ガロンの姿に模した状態の流星だからこそ、その巨大な体躯のお陰で耐えていた。しかし、流星達を追ってきたここの住人は話しは別だ。
風で無造作に飛ばされる母子、飛んでくる瓦礫にぶつかり動かなくなったあと後方へと飛ばされる者。辛うじて一部の人が流星を風除けにして耐えている始末。今、流星が動くと、この住人達も吹き飛ばされてしまうだろう。
「流星さん……ここの人たちを気にして……」
「アイシャ、先に行こう! そして、この風の原因を探って、このパペットを壁にするしかない!!」
「ナックさん……わかりました!」
パペットは再び動き出し、流星達を先行するのであった。
◇◇◇
「あ、アカツキ。ワシが魔法で何とかするのじゃ。少しの時間耐えてほしいのじゃ」
「駄目です!! 今、あなたが魔法を使ったら……私が何とかします!」
アカツキは一応手を打ってはいた。しかし、一か八かな上、風を止められるのは、ほんの少しの間しかない。
「あ、あと少し……今です!!」
ルメールの足元の地面が盛り上がると、そこからエイルの蔦の先端がルメールを襲う。
「くだらんな」
ルメールは気づいていたのか、それほど大きく体勢を崩すことなく、容易に躱して見せた。
「ガロン!!」
『任セヨッ!!』
風は一瞬止み、ルスカにしがみついていたガロンが飛び出る。体を元への大きさへと戻したガロンは、その牙を剥き出しにしてルメールへ詰め寄る。アカツキもガロンの後ろをエイルの蔦を戻しながらついていく。
「ふんっ!!」
再び強い風が襲ってくるも、ガロンの体躯の陰に隠れたアカツキは、エイルの蔦を手元まで戻すのに成功する。
「間に合いましたよ!!」
「愚かな」
ルメールは向けていた左手をクイッと上へと持ち上げると、風向きが変化する。
「うわああああっ!!」
「アカツキっ!!」
ふわりと体が浮いたかと思うと、次の瞬間遥か上空まで持ち上げられてしまう。アカツキは失敗だったかと苦虫を噛み潰す。ルスカから見て米粒大にまで持ち上げられたが、エイルの蔦があるかぎり着地は容易に可能だった。
「えっ!?」
誰かがアカツキの背中を押す。それはダウンバースト。急激な下降気流。物凄い勢いを増して、アカツキは地面へ向かって真っ逆さまに落ちていく。体勢も変えることが出来ないほどの下降する強風に、エイルの蔦を伸ばす余裕はなかった。
「アカツキいいいいいいっ!!」
ルスカの叫びながら必死に走り出す。せめて自分がクッションになればとでも。しかし、アカツキの落下速度は、それよりも速い。
『ったく、仕方ねぇ』
地面に叩きつけられた威力で土煙が立ち上る。
「あ、ああ……う、嘘じゃ……アカツキ」
ガックリと膝をつくルスカの目尻には涙が溢れてくる。近くにいたガロンも、自分が動けずに呆けていた瞬間の出来事に唖然としていた。
ルメールは余裕の笑みを見せながら、今度はルスカへと近づいていく。ガロンは、咄嗟に立ち塞がるも今度は簡単に吹き飛ばされる。今の今まで遊んでいたことの証明であった。
「壊れかけの人形よ。お前は死の因果から外れていたな。完全に殺すことは出来ないが、お前の中の“食らうもの”は返してもらうぞ。そして、永遠に“食らうもの”の中で苦しむがいい」
ルメールの言葉は、もうルスカには届かない。反応の無いルスカを見てルメールは一つ嘆息すると、ゆっくり手を近づける。
その瞬間、立ち上る土煙を破り、二本のエイルの蔦がルメールの肩と腕に突き刺さった。
「なにッ!?」
土煙が晴れてきて、そこには一人の人影が現れる。赤く輝くオーラのようなものに、体が浮くほど包まれており、そのオーラは人の形を成す。
『あんまり関わりたく無かったんだけど、しゃあねぇか』
「聖霊王、感謝しますよ」
オーラが成す人の形、それはまさしく、あの聖霊王の石像と同じ姿であった。
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