第九話 弥生、大公婦人と出逢う
ワズ大公は、自らの軍の一部を率いてアルステル領に到着すると、その惨状を目にして絶句する。
一方的な虐殺に近い。
馬渕との争いで起きた被害の方がマシだと思わせるくらいに。
アスモデスによる蹂躙、改造魔族の進軍、ただ一般人にはなるべく被害が出ないように手を回してきた。
ところが、今回は女も子供も容赦なく殺されている。
その多くが背後から……。
「これは……惨いな。逃げ惑う後ろから一撃とか」
連れて来た兵士の中には、死体というよりその死体に向けられた悪意により気分が悪くなるものが現れる始末。
「ワズ大公、この後どうしますか?」
「ふむ。一部をグルメールに戻して国王に伝えなければな。残りはフウカを追う」
「フウカちゃんというより、ヤヨイーさんですけどね」
ワズ大公は、国王にアルステル領の復興を任せて自分はフウカの後を追いかけるのであった。
自分の領地であるファーマーの街も同じように襲われてはたまらないという大義名分を掲げて。
◇◇◇
一方、弥生達はファーマーの街へと無事にたどり着く。ルスカに壊された壁門は、すっかり直されており、初めて来た時のように高額に入場料も取られることはなかった。
ノスタルジックになる暇もなく、弥生達は、まずこの街のギルドへと向かった。
現在ファーマーのギルドマスターは、ハイネルという男である。
以前、このファーマーで出会ったCランクパーティー“茨の道”のリーダーだった男である。
アカツキ達と協力してBランクへ上がったあと、引退したのち、転々と研鑽を積み重ね、このファーマーのギルドマスターとして戻って来ていた。
「お久しぶりです、ハイネルさん」
「おお、ヤヨイー殿、それにカホ殿にナック殿まで」
「“殿”は止めてください。以前みたいに普通でいいですよ」
「ははは。すまない、癖になってしまったのだ」
弥生達とハイネルは談笑を交わす。
「それで、どうしてここへ?」
弥生達は、山エルフの住み処に向かう途中、アルステル領での惨劇を話す。
ハイネルの顔色はみるみる変わっていくのも仕方のないことであった。
「教えていただき感謝します。こちらも警戒しておくので。それで希望のエルラン山脈への案内ですけど、前にいたパーティーの一人が山に詳しいからそいつに頼んでおきます。山に入る準備なども必要なので、数日時間はいただきますが」
子連れの女性二人にナック一人で険しい山に入るほど無謀ではない。
ハイネルに案内人と警護をお願いした弥生達であった。
「そうそう。良ければワズ大公のご婦人にもお会いになられたらどうですか?」
「大丈夫かしら。わたし達、息子さんのラーズ公を、直接ではないにしろ死に追いやったのに……」
「ははは。それこそ取り越し苦労ですよ。婦人はそんなに、器の小さい人ではありませんよ。だいたい、それなら私がここのギルマスになっているのもおかしいでしょ」
ハイネルは軽く笑い飛ばして見せると、婦人はこの街の一番奥、元ラーズ公の屋敷に居るという。
弥生は、ハイネルからてっきり紹介状などもらえるものかと、待っていたが全くその気配はなく、自分達が行って会えるか不安だと伝えた。
それこそ再びハイネルは、笑い飛ばしていらない心配だと。
「ルスカ様の関係者だと言えば通してもらえますよ」、と。
弥生達は、一抹な不安を抱えたまま、その足でファーマーの街の一番奥へ。
当時より綺麗に建て替えられた建物は、門の作りも立派で、その前には三人の兵士が駐在しており、近づいてきた弥生達に警戒を露にする。
「おい、止まれ!」
一人の兵士が呼び止めて駆け寄ってくる。他の二人の兵士はガッチリと門を守り緊張感漂う。
「この屋敷に何の──はっ、そ、その子はまさか!?」
弥生の腕に抱かれたフウカに目をやると、兵士は慌てて仲間の元に。
ゴゴゴと、門が突然開き始めると兵士は一列に並ぶ。
「ようこそ、フウカ御一行様!」
一斉に敬礼をして緊張感が一転歓迎ムードへと変わる。
屋敷の中へと案内され、弥生達はある一室の前で足を止めた。
「失礼します。フウカ様をお連れしました」
扉をノックしたあと、兵士の手によって扉が開かれると、そこには一人掛け用の木製の椅子に座った初老の女性が。
白髪混じりでありながら綺麗に整えられた黒い髪、背筋もピンと伸びており年を感じさせない品のある女性。
「初めまして。ワズ大公婦人。わたしは弥生と言います。で、この子がフウカです」
「まぁ、その子が!? 良かったら抱かせて頂いても? 弥生さん」
「はい。どうぞ」
フウカを抱くと切れ長の目がもっと細くなる。それとは違い弥生は、とある疑念が浮かんだ。自分の事を“弥生”と呼んだのだ。“ヤヨイー”ではなく。
「どうかしたの? やよちゃん」
「う、うん。ちょっと……。あの、ワズ大公婦人、宜しければお名前聞かせて頂いても?」
「あ、そうね。わたくしったら……。改めて初めまして。わたくしは、チヨ。そうね、あなた達には嶋村千代子と名乗った方がしっくりくるかしら」
その名前を聞いたカホも弥生も驚いた。何よりワズ大公に「もっと早く教えておけ」と言いたかった。
「えっ……に、日本人!?」
「やっぱり……」
つまり、目の前にいる婦人は、転移者なのである。
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