第五話 幼女、誕生する

「やっぱり、ルスカは知っていたのですね、ルメール教の事を。私がいくらレプテルの書に問うても、何も答えない理由も」

「うむ。レプテルの書は神獣。天の使いなどとも言われておるように、神の僕に過ぎないのじゃ。それ以上のことは話せぬのは道理なのじゃ」

「では、ルメールというのは……もしかして」

「そうじゃ。神の一人の名前じゃ。そして……“食らうもの”をこのドラクマに呼び出し、ワシを誕生させた原因である神の名じゃ!」


 アカツキはレプテルの書でルスカの誕生の秘密は知ってはいたが、そこにルメールという名前の神は出てきていない。

モルクもルスカの事は知っているつもりであったが、驚きを隠せずにいた。


 ルスカは、昔話を始める。それは、今から実に六百年以上前の話。まだ、この世界がドラクマしか無かった頃の話を。



◇◇◇



 ここドラクマには、当初住んでいたのは人間のみであった。国などなく、人々が安心安全な生活を送っていた。


 ところが、この世界には存在しない“食らうもの”と後に呼ばれた異形が、突如ドラクマを襲う。

人間達は逃げ惑い、“食らうもの”の障気に当てられた者は、その姿を変貌させていく。

これが後に、エルフ、獣人、ドワーフ、そして、それの成れの果てが魔族と魔物と呼ばれることに。


 何故この世界に“食らうもの”が現れたのか。それは、安心安全に暮らす人々の生活をつまらないと一人の神の仕業であった。


 その神の名前が──ルメール。


 ルメールは元々は、別世界であったローレライの神であった。


 ルメールの所業に業を煮やした他の神々は、ルメールを追放した後、“食らうもの”をどうにかするべく、ドラクマに降臨して戦いを挑む。

しかし、“食らうもの”の力は果てしなく、神々の多くは力尽きてしまう。

倒すことを諦めた神々は、一人の幼子を作り出す。


 神の御子──それがルスカであった。


 ルスカの身体に六人の神が入りこみ自らを“食らうもの”を縛る鎖と化し、ルスカの体内へ封印することに成功した。


 問題はまだ残る。生き残った人間と、それら以外。特に魔族と魔物は、狂暴化して人間達を襲う。

神々は、ローレライとドラクマを繋げ、人間とエルフ、ドワーフ、獣人を障気の無いローレライに逃がすと、二つの世界を完全に分断するつもりであった。


 ところが、神々にもそこまで余力は残っておらず、避難経路として作ったゲートは残されることに。


 そしてルスカは、魔族と魔物を取り仕切る者として、ここドラクマで魔王となる。


 一段落がついた、そう思った神々もローレライで起こった惨事に手が回らなかった。

ローレライにも、もちろん元々住んでいた者達がいる。

ドラクマから来た人間達は、その者達を追い出し自分達が主権を取ってしまう。


 元々住んでいた原住民。それらが信仰していたのは、もちろん元々ローレライの神であるルメール教であった。



◇◇◇



「話を聞く限り、その原住民達の仕業ってことですか?」

「可能性は高いのじゃ。しかし、“歪み”を故意に作るとなれば、疑問が残るのじゃ。原住民の者達に、とてもじゃないがそんな力は無いと思うのじゃが」


 ならば会って真偽を聞こうというアカツキだが、ルスカは首を横に振る。


「アカツキ。そうそう簡単には無理なのじゃ。何せ、原住民達はローレライを取り囲む山々の更にその先にいるはずじゃからな」

「渡れそうにないのですか?」

「厳しいのぉ。徒歩でなどとてもじゃないが無理があるのじゃ」


 アカツキ達は、何か手は無いものかと頭を悩ませる。


「そういえば、その原住民達はどうやって山々の向こうに行けたのでしょうか?」

「わからぬ……しかし、当時は相当苦労したと思うのじゃ。その事も踏まえて今ローレライに住む人々への恨みははかり知れぬ……」


 アカツキ達が八方塞がりの中、隣でボーッとしていたヨミー。

パペットにも関わらず優雅にお茶の入ったカップに口をつける。


「ルスカサマ。アレハ動カサレヘンノ? ワイノ隣ニアッタ、デッカイパペット。アレナラ、越エレソウヤケド?」

「馬鹿言うななのじゃ、ヨミー。あんな巨体、山に登れば崩れ落ちるだけじゃ」

「デモ、アレッテ、ワイ等ノ試作機ヤロ? 対魔法処理ヲ施シタ装甲シトランヤロ。今ノワイヨリモ軽イ筈ヤデ」

「あっ……そ、そう言えばそうなのじゃ。いや、しかし魔石が無いのじゃ。あの巨体ともなると、それなりに……いや、魔石を使うなら対魔法処理を」


 ルスカは一人ぶつぶつと呟きながら、テーブルをウロウロと回り出す。

頭の中で試行錯誤を繰り返すルスカを置いてアカツキとモルクは、邪魔にならないように家を出て復興の様子を眺める。


 アカツキはモルクに今聞いたルスカの話を内緒にするようにお願いすると、モルクも了承してくれた。


 復興現場では、獣人が黙々と積極的に重労働をこなしているようであった。

アドメラルクを慕いモルクに従って、ついてきてくれていた魔族も、自然と負けじと奮起する。

一方でアスモデス派は、遠巻きに見ているだけ。


 モルクも半ば諦めかけていたが、アカツキは違う。


 復興は何も建物だけではない。その後の、ひいては魔族の子供達の将来の復興なのだと。

一児……いや、今はルスカも含め二児と言ってもいいかもしれない、父となったアカツキは、アスモデス派の魔族が自分達の子供の事を全く考えていないように見えたのだ。


「何をしているのですか、貴方達は!」


 アカツキは、一人アスモデス派の前に立つ。


「貴方達は、皆自分のことしか考えていない! 貴方達の中には家族もいるでしょう! その家族の為に無駄な誇りや忠誠などは捨てなさい! このままだと、貴方達の家族の住む場所が無くなると何故わからないのですか!」

「うるせぇ! 人間のお前に何がわかる! アスモデス様が生きておられたら……俺達の街だったんだ!」

「そうですか……なら、今すぐアスモデスの所に私が連れていってあげますよ!!」


 アカツキは背中からエイルの蔦を取り出すと、臨戦態勢を取る。


「よく聞きなさい。アスモデスを殺したのは私です。仇を討ちたいならかかって来なさい!」

「お、お前が……」


 そもそもここにいるアスモデス派は、敗戦して逃げ帰って来た者達ばかり。

そんな気概などある筈もない。

アカツキの気迫に徐々に後退していく。


「どうしたのですか。来ないのですか? 仇を討つ気もない、復興する気もない、子供の家族の将来を何も考えていない! それで、貴方達は一体何がしたいのですか!」


 魔族達は、完全にアカツキの気迫に飲まれ、逃げ出すもの三分の一、アカツキの言葉で目が覚め積極的に働き出した者が三分の一、残りは渋々不本意な顔をしながらも、復興の手伝いをし始めた。


「無茶をする。これで、あの逃げた魔族から命を狙われるかもしれんぞ」


 モルクは、心底アカツキを心配していた。逃げ出した奴らが、誤った道を進まぬ事を願う。


「負けませんよ。あんな人達に。私程度の気迫に飲み込まれるようじゃ、しれています」

「耳が痛いな。我もアスモデスの気迫に負けてアドメラルク様を裏切ってしまったからな。今のお主の気迫、アスモデスを越えておったぞ」


 モルクとアカツキは、互いに見合うと思わず笑いがこぼれる。強面のモルクのその笑顔は、不思議と愛嬌あるなと、二人を見ていた作業員達は思うのであった。

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