第二章 ドラクマ編

第一話 幼女と青年、ドラクマへ①

 玄関でアカツキとルスカを送り出した弥生は、家の中へと戻る。

静かな家の中、物悲しくなった弥生はフウカにお願いする。


「早く大きくなってね、フウカちゃん。ママもパパの後を追いたいからね……」

「あー?」


 フウカは、その宝石のように輝く緑色した瞳を弥生へ向けると笑って頷く。

まるで、弥生の言葉が理解できたようなタイミングで。


「はは。まさかね……」


 弥生は、フウカをベビーベッドに寝かせると「さ、掃除、掃除」と忙しそうに動き出す。その姿をフウカは、大きな目で、ずっと追っていた。



◇◇◇



 出発にあたり、アカツキ達は、ザンバラ砂漠を越える為に馬を用意する。

森など障害物の多い場所ならば、アカツキと同化したエイルの蔦を使い飛ぶように移動も容易いが、ほぼ、砂一色の砂漠だとそうは行かない。

アカツキとルスカ馬屋にいき、大人しい黒鹿毛の馬を一頭購入すると、その足でギルドへと向かった。


「アイシャさんには、ナックから事情が行っているはずですしね。弥生さんとフウカの事もお願いしたいですし」

「そうじゃの。あちこち飛び回っている関係で色々情報があるはずじゃ」


 アカツキとルスカは、ギルドに到着すると、受付のルルとナーちゃんのエルフコンビに挨拶もそこそこに、勝手に二階へと上がっていく。


 三階へ上がり、扉をノックすると中から声が。


「はい。空いてますよー。アカツキさん、ルスカ様」


 扉を開くとそこにはギルマスのヤーヤーまでおり、アカツキ達を見るや指輪を見せつけるように立ち上がる。


「ヤーヤーさん、邪魔ですから座ってください」


 アイシャに一喝され、しょぼんと背中を丸めて落ち込むヤーヤー。


「来るの分かっていたのですか?」

「それはもう。ナックさんから話が来た時、必ずお二人が動くと思いましたから」

「なんかアイシャに動きを読まれるのは、癪なのじゃ。帰るか、アカツキ」

「ちょ、ちょっと待って下さいよ。私からも話があるんですって、だから扉を閉めようとしないでください。アカツキさん!」


 ルスカと同じ気持ちだったアカツキは、躊躇うことなく扉を閉め始めていたが、アイシャが話があるというので、渋々部屋の中へと入っていく。


「なんで、そんなに『面倒な』って顔するんですか!?」

「面倒事じゃない方が少ないからです」

「面倒なのじゃ!」

「はぁ~。お二人の私への対応の方が面倒臭いのに……」


 アイシャは、肩を落とし分かりやすく落ち込むが、合図するとヤーヤーがテーブルに一通の手紙を取り出す。


「これは?」

「モルクさんからです。内容は復興に人手を貸してほしいというものです」

「復興に? 上手くいっていないのですか?」

「手紙によるとそうです。アスモデスを魔王と認めない親アドメラルク派と、アスモデスについて逃げ帰ってきた反アドメラルク派と、別れてしまい中々揉め事が絶えないそうです」


 モルク自身がアドメラルクを慕いながらも、アスモデスについた事もあり、両方から、中々信頼されずにいた。

そこで、モルクを慕う者と人が手を取り合い復興に動けば、打開出来るかもと考えたのだ。


「ただ、各国も渋っているのですよ。人にとってドラクマは未知の土地ですからね」


 魔族と魔物の土地、ドラクマ。今では、魔王もおらず人へ危害を加えようとするものは、殆んどいないのだが、人々が不安がるのも目に見えていた。

ただ、ルスカには別の懸念がありアカツキもそれは分かっており、自分の中にあるレプテルの書へ尋ねる。


「アカツキ、どうじゃ?」

「レプテルの書は問題ないと言っています。ですが、獣人は避けた方がいいとも……」

「獣人を? 何故です、アカツキさん」


 獣人と聞いたら、アイシャ自身も犬の獣人であるため黙ってはいられない。

理由を聞かせて欲しいとルスカとアカツキに詰め寄る。


「うっ、それはじゃな……アカツキ!」

「それは、教えられません。ただ、差別で言ったわけではないとだけ」


 言えない理由は色々あるが、何より獣人達を守るためでもあった。

その気持ちは、長いことルスカやアカツキとの付き合いもあり、アイシャも汲み取る。

しかし、それはそれで問題があった。


「そうですか。ですが、それは困りましたね。獣人ほど重労働を苦にしません。募集すれば集まるのは、殆んど獣人でしょう」

「なるほど。確かにそれは、下手すれば獣人への差別と取られかねませんね」


 アイシャは今の一言でアカツキが獣人を蔑ろにする意図はないと確信してホッと胸を撫で下ろした。


 何か良い手はないか。ヤーヤーも参加して考えるが、どう理由を付けても獣人を贔屓にしているとか、獣人を差別しているとか、人と獣人の両方から非難を受けそうであった。


「アカツキ。レプテルの書は絶対に獣人はドラクマへ行ってはいけないと言っておるのじゃな?」

「いえ。ただ、長期は不味いと。復興だと時間かかりますからね」

「では、一ヶ月ならどうじゃ?」


 アカツキは目を瞑り自分の中のレプテルの書に尋ねる。


「一ヶ月なら影響は無いそうです。ただ、二ヶ月、三ヶ月となると、まず間違いなく……」

「それならば、一ヶ月毎に交代させればいいのじゃ」

「それは良策ですね。アイシャさん。他の国々にはこれを厳守させてください。三国会議の代表であるルスカとギルドの統括官である貴女の名前で」

「わかりました、そうしましょう。私はまずはグルメール王国に、その足でレイン自治領へ参ります。グランツ王国の方は、アカツキさんお願いします」


 話は纏まると、アカツキとルスカは、早速ギルドを出た。

馬に乗り込みリンドウの街を門をくぐり郊外へ出ていくと、ザンバラ砂漠の境界線まで馬を進める。


 砂漠を越える為に日が落ちて気温が下がる夜までアカツキ達は、一休みすることに。


「すまぬの、アカツキ」


 ルスカは、アカツキに頭を下げる。


「謝る必要なんて無いですよ。言える訳ないじゃないですか。獣人、エルフ、ドワーフの成り果てが魔族や魔物だなんて……。それもルスカの中にある“食らうもの”が原因なんて」

「ワシが生まれる前、“食らうもの”がドラクマに突如現れ、人は獣人やドワーフを経て魔族、魔物になっていった……。ワシの中に“食らうもの”を封印したお陰で影響は出にくくはなったがの。それでも、既に影響を受けている獣人などは、ドラクマに入ると、そのうち最悪魔物になってしまうのじゃ」

「レプテルの書で、そのあたりのことは知っています。ルスカが一人で背負う必要はありませんよ。私がいます」


 アカツキはルスカの側へ行き背後から優しく包み込むように抱きしめた。


「ありがとうなのじゃ、アカツキ」


 ルスカは自分を抱き締める腕を掴むと、そのままアカツキへ体を預ける。

今、自分の苦しみを吐露出来る相手はアカツキしかおらず、離れないように掴んだ腕を自分に引き寄せた。


「アカツキ。ワシから離れないで欲しいのじゃ」

「離れませんよ。ルスカもそれは同じですからね。私を、一人にしないでください」

「もちろんじゃ」


 不思議と二人は、そんな約束を交わす。アカツキとルスカ。後々二人は別の道を歩む事を知っているかのように……。

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