第七話 救援、駆けつける
ヒヒーンと馬の
ただの荷馬車ではなく、それなりの身分が乗るような豪華な馬車。
白い毛並みの二頭に引かれ、ルスカやリリスの近くまで寄って来ると、馬車の屋根の上から飛び降りる人影が見えた。
“テンペストボルト!”
降りてきた人影が素早く叫ぶと、セリーの腕を掴むリリスの腕にピンポイントに落雷させる。
「くっ……! 邪魔するつもりなら、残された人生無駄にしますわよ、お爺さん」
「ほほっ、やってみるがいいわいのぉ、魔族のお嬢ちゃんや」
馬車から飛び降りて現れたのは、改造魔族になった麗華を倒すため、その力を、命ギリギリまで使い果たした、あのクリストファーであった。
「爺さん、何でここに……」
アカツキ一人では大変だろうと、馬渕に対して援護に回っていた流星は、師匠であるクリストファーの姿を見て驚いていた。
「皆の者、その魔族はクリストファーに任せて馬車に、早く!」
馬車の御者として現れたワズ大公は、リュミエールや怪我をしたセリー達を呼び寄せる。
何故、クリストファーとワズ大公が此処にいるのか、それは、少し前に遡ることになる。
◇◇◇
ワズ大公は、全軍を率いて首都であるグルメールへと向かっていた。それは、改造魔族となった麗華を倒すために、ワズ大公の軍は多くの怪我人が出たことにより、一種の賭けであった。
グルメール王国で最奥である自分の領地ファーマーより、グルメール一箇所に軍を集めて迎え撃つ為に。
ワズ大公は途中、養生していたクリストファーを訪ねると、同行したいと申し出てきた。
死の寸前までいったクリストファーを無茶させたくなかったが、どうせ拾った命だと、頑として聞かず、結局同行させた。
ワズ大公の軍がグルメールに着いた時、リンドウの街から伝令が来る。
“改造魔族が侵入してきた”と。
グルメールは最後の砦。せっかく集めた兵を再び分断するのは愚策であると、クリストファーがワズ大公に自分だけ向かうと願う。
「何言っている。そんな体で一人で行かせられるか」と、ワズ大公自らが御者として買って出たのだ。
「ほほっ、な~に、これで本当に最後じゃわい」と、クリストファーは何故か馬車の中には入らず馬車の屋根へと登るのだった。
ところがリンドウ側にまでやって来てみると、改造魔族は消える寸前で消えたと思ったら、空から人が降ってくるのが見える。
何かあるなと、ワズ大公は猛烈に馬車を飛ばして此処までやって来たのだ。
◇◇◇
「ほほっ……」
クリストファーは思わず笑みを浮かべる。
「何が可笑しいのかしら、お爺さん?」
クリストファーの笑みに苛立ちを隠すことなく、リリスはギラリと目を光らせ睨み付ける。
しかし、泰然自若な態度なクリストファー。
それだけではなく、普段持っていた杖もなく、曲がっていた腰もピンと伸びており、気のせいか若々しさも感じる。
「いやいや、なに。漸く儂にも運が巡ってきたなと思ってのぉ」
老体を震わせる。それは、恐れや武者震いなどではなく、喜びに満ち足りて。
クリストファーの夢が今、叶う。彼は若い頃から憧れを抱く。勇者という存在に、世界を救うという舞台に。
ところが、彼は生まれた時期が悪かった。
既に魔王が封印された後に生まれた。
夢を叶えるには、次に復活するまで百五十年という長い年月を生きる事を余儀なくされる。
クリストファーは、生きた。その間にも魔法を磨き、憧れだった勇者パーティーの一員であった
断られたが……。
それでも時間は残酷で、彼から若さを奪い取っていく。
自分のピークが過ぎたと感じ始めた頃から、クリストファーは魔導師としての名が売れていき、多くの弟子を育てた。
目の前にいるのは、魔王ではないものの、勇者である馬渕の仲間であるリリスだが、クリストファーにとって世界の危機の舞台に上がれた喜びにその老体を震わせたのだ。
「いくぞい」
老体とは思えぬ速度でリリスの懐に入り込むクリストファーは、皺だらけの手でリリスの腕を掴もうとする。
しかし、リリスもカウンターで回し蹴りを合わせた。
「ぐっうぅぅ……」
回し蹴りが脇腹に命中したクリストファーは、苦悶の表情を見せて
「おや、お爺さん。さっきまでの余裕はなんだったんだい?」
リリスはクリストファーを見下ろしながら、その薄紅色の唇を吊り上げて笑みを見せると、さっきまで苦悶の表情だったクリストファーが突如立ち上がり、自分に掴みかかってくるのに驚き、数歩後退る。
「ちっ! 芝居なんてふざけた真似を!」
リリスの目が再び光らせて鋭く変わる。
◇◇◇
「ルスカちゃん、これを」
クリストファーがリリスに相対している時に、弥生はルスカに回復薬の小瓶を口元へとあてる。
詰まらないように、ゆっくりと少しずつ飲ましてやると、ルスカの体を抱えて馬車の側に連れていく。
「セリーちゃん、大丈夫?」
弥生は、脂汗を流して横になっているセリーに声をかける。怪我は肩ではなく肘のようで、明らかにおかしな方向へと曲げられていた。
「酷い……」
弥生は、返事をせずに苦しそうに顔を歪ませるセリーを見て、回復を待つルスカをワズ大公に預けて自分は、回復薬を持つアカツキのところへ向かうのだった。
◇◇◇
「なにっ!?」
馬渕へと立ち向かうアカツキと流星。虎型の魔物に擬態した流星は、その大きな体格と虎特有のスピードを利用して体当たりするべく馬渕へと向かっていくが、当たる寸前で片手で頭を押さえつけて止められる。
それだけでなく、むんずと流星の毛を掴むと軽々と頭上に持ち上げた後、地面へと叩きつける。
「がはぁっ……!」
流星に構うことなく、アカツキは一瞬だけ馬渕が流星の方へ視線を移したのを見逃さず、蔦を伸ばして馬渕の手首に絡ませる。
「捕まえました!」
「ふん……捕まえた? お前が捕まったんだよっ!」
馬渕が腕を引くとアカツキの体は浮き上がり、馬渕の元へと引き寄せられる。
蔦を離す間もないアカツキとの距離が縮まると、空いた手に刀を持ち替えて腹に目掛けて突き立てた。
「きゃあああっ!」
その場を見た弥生は、思わず悲鳴を上げてしまう。弥生からは、馬渕の刀がアカツキを貫いたように見えたのだ。
「あ、危なかった……」
アカツキは馬渕の手首から蔦を外すと、素早く倒れている流星を回収して再び距離を取る。
「ふん、運のいい奴め」
馬渕の持つ刀には、一切血が着いていなかった。アカツキにも傷はない。
偶然であったが、宙に浮き上がり横の体勢になった所へ、蔦一本分がアカツキと馬渕の刀の隙間に入り込み刀の軌道を反らすことになったのだ。
「よ、良かったぁ……あ! アカツキくん、薬を! セリーちゃんが‼️」
弥生の叫びが耳に届いたアカツキは、空間の亀裂に手を入れる。回復薬の小瓶を取り出して、弥生へ投げようとした──その時。
馬渕が刀片手にアカツキへと迫って来た。
「させるかよ!」
流星は、アカツキとの間に入り、後肢で立ち上がると、馬渕へ覆い被さるように前肢の爪で襲いかかる。
「ふん!」と鼻を鳴らして、流星の前肢を片手で掴むとその場で一回転して流星の巨体をアカツキへとぶつけた。
小瓶を投げる寸前にぶつけられてしまい、アカツキと弥生の間に小瓶が投げられる。
「てりゃああああーっ! ……痛ぁっ!」
弥生は走った。走って走って、ギリギリまで走り地面を滑っていく。小瓶は弥生の両手を越えて頭に当たると跳ね返り、偶然、伸ばした両の手のひらの上に収まった。
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