第十二話 元魔王、その耳で視たものは……

 第一陣としてアカツキとルスカ、弥生に流星とカホといつものメンバーが、まずグランツリーへと戻る。

ナックは、後発で送られてくる食料や捜索の人材を率いる役目があるため、第二陣となる。


 予定では、グランツリーでアカツキ達と薬を作れるタツロウと合流した後、レイン帝国から何人か、グランツ王国からも何人か合流した後に、ドラクマへと向かう。

ドラクマへの道案内として、グランツ王国に捕まっているモルクが一役買ってくれる。


 他に関しては準備万端であるが、唯一の不安はアカツキの鍛練の成果があまり出なかったことだ。

不安を感じていたのはアカツキ一人であったが、見送りに来たナックが「後から駆けつけるから」と、肩を叩いて励ます。

他愛もない行動であったが、アカツキにとって、これ程心強い言葉なかった。


 そろそろ出発しようと、見送りに来てくれていたセリーやゴッツォやマンにも挨拶を交わすと、一頭の馬が土煙を上げてこちらに向かってやってくる。


「ちょーっと、なんでワタシを置いて行くのですかぁー!」


 アカツキ達の手前で手綱を強く引くと、馬はいななくと同時に前肢を高く持ち上げ停まった。


「アイシャさん!」

「酷いですよぉ。声すら掛けてくれないのですから」

「いや、お主今まで連絡取れなかったじゃろが」


 ルスカの言うように何度かアイシャを訪ねリンドウのギルドに行ったのだが、帰ってきてないと、いつも空振りであった。


「ギルドマスターを引き継ぎに行っていたのですよ。ギルドマスターに縛られて、以前のように一緒に行けないのは勘弁ですからね」

「それは……アイシャさん、ありがとうございます」


 アカツキに頭を下げられ照れたアイシャは、素っ気ないフリをするが、尻尾はブンブンと振られ、頭上の耳はピンと立っていた。


 改めてアイシャを加えた一向は、リンドウの街を後にして出発するのであった。



◇◇◇



 場所は代わり、ドラクマのとある場所。ぼんやりとしたランプの灯りだけが照らす薄暗い廊下で部屋の扉の前でずっと直立不動の女性の姿があった。

部屋の扉がギギギと錆び付いた音を立てて開かれると、出てきたのは馬渕恭助。


「マブチ様。首尾はどうですか?」

「待たせたなリリス。上手くいったさ、勿論な」


 馬渕はリリスを部屋の中へと招き入れ、その成果を見せる。部屋の中には今にも壊れそうな椅子に座る魔王アスモデスの姿が。

ただ、その目は虚ろでピクリとも動こうとしない。


「腕が……」


 リリスは、アドメラルクによって失われた筈のアスモデスの腕が戻っているのに気づく。


「なに、只のオマケだ。どうだ、俺は優しいだろぉ?」


 ニヤリと嗤う馬渕に、リリスは肯定しながら馬渕へと体を刷り寄せる。


「くくく……それじゃ、始めるか。なぁ、魔王アスモデス。アドメラルクに勝ちたいのだろう?」


 ピクリともしなかったアスモデスは、アドメラルクの名前を聞くと反応し始める。ぶるぶると体を震わせて口を開くと溜まっていたよだれが床へとボタボタと落ちた。


「アドメラルク……あ、あどめぇらぁるぅくぅぅぅぅ‼️」


 アスモデスは呂律が回らない状態で椅子から立ち上がると、天井に向けて咆哮する。

みるみると、その顔、その体が肌色の液体のように溶け落ちていく。


「あ、あどへぇれぁぅくぅぅぅぁあああ‼️」


 一度、体として型を崩すと、再び肌色液体は新たな身体を成しながらその大きさに天井に支えてしまい部屋が崩れ出す。


「さぁ、暴れろ! アスモデス!」


 今までの改造魔族よりも更に一回り以上の大きさ。

突如そんなものが魔王の居城にある城下町の中心に出現するのだから、一般的な魔族達は、唖然とする。


「に、逃げろぉー‼️」


 誰かがそう叫ぶのを皮切りに、悲鳴を上げて散々に逃げ出す。

改造魔王となったアスモデスは、家を蹴り壊しながら一歩、また一歩と進み中には逃げ遅れて踏み潰される者もいた。


「ぐぅぅぅぅっ……あどめぇらぁるぅくぅぅぅぅ‼️」


 咆哮を天に向けて叫ぶと、赤く輝く光が口へと集まり眼下に逃げ惑う魔族達に向けて魔法らしきものを放つ。

赤い光の渦に飲み込まれていく魔族達。

免れた者も爆風と熱風に包まれ、その命を散らしていく。


 騒ぎが城の外から聞こえてアスモデスの母である須藤綾女すどうあやめは、使用人を呼ぶ。


「誰か! 誰か、いないの!」


 しかし、返事はない。呼んでも来ない使用人に対してご立腹な綾女は、仕方なしに自分で外の騒ぎの様子を見ようと、透けて丸見えの紫色のネグリジェの上からカーディガンを羽織り、テラスへと出る。


「な、なによ……これ……」


 口が開いたままになるのも当然で、眼下に望む城下町は焦土と化しており、何より城の四階にある自分が今いるテラスと同じ位の高さの化け物の姿に、足が震えて動けずにいた。


 城に背を向けていた化け物が、ゆっくりと綾女の方を見る。綾女と化け物となってしまったアスモデスは、互いに目が合う。


 常に歪み、だらしなく開いた口に、凸凹の肉の段々畑のようになった皮膚。

虚ろで焦点が合っていない目。しかし、その瞳の色は金色に輝く。


「か……ぁさ……ま」

「嘘……まさか……まさか、嘘よ!」


 理性が残っているのか、ただ記憶が残っているのか不明であるが、アスモデスの発した言葉と瞳の色で綾女も気づく。

アスモデスの腕が綾女に向かってゆっくりと動く。

固まったままの綾女には、腕に気づいていなかった。


「ひっ! いや! やめて!」


 綾女が気づいた時には、伸ばした腕がすぐ側まで来ており逃げ出そうと振り向いた所を捕まってしまう。


「いやぁあああ‼️ 離して! 離して、アスモデスぅぅ‼️ 痛いぃぃっ! 折れるぅ! 折れちゃぅぅ‼️」


 その様子を先程まで綾女が居ていたテラスで見ていた馬渕とリリスは、冷たい目をしながらも口元には笑みが浮かんでいた。


「おいおい、アスモデス。折角母子共々改造してやろうと思ったのに……そんな、バラバラじゃ無理じゃねぇか。くくく……」


 アスモデスの手から地面へとパラパラと落ちていく綾女だったものを見ながら、馬渕は呆れた表情をしていた。

アスモデスは、今一度咆哮すると、城に向けて魔法を放つと、真っ直ぐに城を突き抜ける。

一際目立つ魔王の居城は、見るも無惨に砕け瓦礫の山となる。


「大丈夫ですか? マブチ様」

「全く問題ねぇな。しかし、とうとう俺すらも分からなくなったか……」


 羽根を出して空を舞うリリスに抱えられて、アスモデスを見下ろす馬渕は、突然アスモデスが傾き態勢を崩したのに驚く。

アスモデスの足首は、削られるように斬られ倒れてしまいそうになる。

すぐに再生をするアスモデスに赤く輝く光が向かっていく。


「反射か……」


 アスモデスの足元にある人影がそう呟く。

それは、たった一本の剣で立ち向かうアドメラルクの姿であった。



◇◇◇



 アドメラルクは、城下町の知り合いに声をかけて、馬渕の探索に乗り出していた。


 グルメールの数倍の広さの城下町をたった一人を探すのは至難の技であるが、探しているのは人間。

嫌がおうにも目立つはずだが、馬渕の姿を見た者が現れない。

途方に暮れたアドメラルクは、城下町を一時離れてドラクマ中を捜索するが、やはり馬渕を見たという者は現れず、数日後再び城下町へと戻ってくる。


 アスモデスの事もあり、なるべく城には近づかないでいたのだが、アスモデスが城から居なくなったと聞き、裏に馬渕がいることを察する。


 そして数分前──突然の咆哮と共に辺り一面から悲鳴が聞かれ、捜索に付き合ってくれていた魔族に何があったのか尋ねる。

突如現れた巨人と言っても過言ではない化け物だと聞いたアドメラルクは、すぐに剣を抜き、その魔族に逃げるように指示した。


 目が見えなくなった分、耳が良くなったアドメラルクは、確かに聞いたのだ。

悲鳴が上がる前に、呂律が回っていなかったが自分の名前を呼んだことを。


 剣を構え、耳と気配を頼りにアドメラルクは、化け物となったアスモデスの元へと走り出したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る