第十一話 幼女と青年、再びグランツリーへ

 アカツキ達が鍛練を始めて半月余りが過ぎようとしていた。


 弥生は最後の仕上げにスキル“障壁”では防げない魔法を、防ぐ為にルスカの魔法の餌食となっていた。


「ちょ、ちょ、ちょっと待って! ルスカちゃん!」


“ストーンバレット”


 ルスカの両の手のひらから、石礫が回転しながら弾丸のように飛んでいく。

最終仕上げということもあり、威力は高めにしていた。


 半円状の障壁を前方に出して、真っ直ぐに飛んで来る石礫を受け流すように弾き返す。

威力の強さに後退りはするものの、障壁の内側の弥生まで石礫が貫通することはなくなっていた。


 ルスカの説明だと、弥生の持つスキル“障壁”は、本来魔法も防げるはずだと。

ただ、弥生が今まで何もしてこなかったからで、魔法には“障壁”に似たものがあり、ルスカの理屈だと弥生自身が魔法を使える素質は充分にある。


 確かに流星やカホなんかは、クリストファーに師事をして魔法を扱える。

それは流星の“擬態”やカホの“通紙”に似た魔法があるからで、アカツキのスキル“材料調達”などは似た魔法が無い為に、アカツキは魔法の素質は無い。


「次、行くのじゃ! “バーンブラストぉ!”」


 弥生に向かって行く赤く輝く光が、障壁とぶつかり爆発を起こす。


「はぁ……はぁ、や、やった。防げた……」


 障壁は壊れることなく、弥生は耐えて見せる。

跳弾から身を守る為に遠くの木に隠れていたセリーが顔を出して何か叫んでいた。


「弥生お姉さん! スカート! スカート、燃えてる‼️」

「へっ? わ、熱っ! あちち!」


 弥生のチェック柄のミニのプリーツスカートの端が燃えているのに気づいて、慌てた弥生は脱ぎ捨てると、火を消そうと近くの大きめの石で何度も叩く。


 消火を終えたスカートを見て弥生はガックリと肩を落とす。


「最後は締まらなかったが、良く頑張ったのじゃ。さ、セリー、ヤヨイー帰るのじゃ」

「えっ……待って。ワタシ、下着のままなんだけど……」


 燃えたスカートを履いたとしても、燃えた箇所からしっかりと弥生の白い下着は覗き見える。

かといって、下は白い下着のまま門を通り、大通りを抜けて帰宅するなどと、弥生にそんな性癖はない。


「大丈夫じゃ、ヤヨイーの下着など見て喜ぶやつなどいないのじゃ。アカツキも普通に洗うじゃろ?」

「ああ……確かに。いや、人がどうこうじゃなくて、ワタシが恥ずかし死ぬの! ルスカちゃんの、ローブ貸してよ!」

「こら、引っ張るな、伸びるじゃろ! 離せ! 離すのじゃ!」


 ルスカのローブのフードを引っ張り合うルスカと弥生。そんな二人を見ていたセリーは、何故自分の上着を借りようとしないのだろうと、不思議そうな顔をしていた。



◇◇◇



 アカツキは未だにナックから一本も取れずにモヤモヤとしていた。

辛うじてと言うべきだろうか、以前ほどナックに楽をさせなくはなっていたが、満足と言えはしない。

しかし、時は刻一刻と迫っており、アカツキの残された時間は減っていく。


 グルメールからの知らせで、カホと流星が此方へと向かって来ている。明日にはリンドウの街へと到着する見込みだ。

アカツキの鍛練は本日で終わらざるを得ない。


 ナックの正面から向かってくる二本の蔦。一本を避けて残り一本を剣で弾くと、そのまま伸びてきた方向へと走り出す。

木々に隠れていたアカツキを見つけ、走る速度を上げた。


 アカツキは、後方の木に向かって一本の蔦を伸ばす。


「逃がすかよ!」


 また後ろに退く、そう考えたナックは茂みを飛び越えながら更に速度を上げて一気にアカツキに接近して捕まえようと手を伸ばす。

ところが、アカツキは後ろに退かずに残った最後の一本をナックに向けて伸ばす。

鋭く尖った蔦の先がナックを襲う。

捕まえようと空いた手を伸ばしていたナックには、剣で捌ける態勢ではなく、速度を上げ過ぎて止まれない。


「くそっ!」


 ナックは、足元の茂みにわざと足を取られ転ぶと、細い枝で擦り傷を付けてしまう。

すかさず最初にナックへ向けた二本の蔦が、転んだナックの上から襲ってくる。

一回転、二回転……茂みや雑草の上を転がりながらナックは避けるしかない。


 ここが最後の勝機とみたアカツキは、自らもナックの元へ走り出しす。

立ち上がれない今しかないと、ナックに向けて四本の蔦が上から襲わせる。

負けじとナックも擦り傷だらけになりながら、四本もの蔦を体を転がし、時には腕の力だけで軽く飛び退いたりと逃げまくる。


 近づいたアカツキは自ら持つ剣を振りかぶると、一気に勝負に出る。


「ちぃっ!」


 四本の蔦でナックの逃げ場所を塞ぎ剣を振り下ろしたアカツキと、逃げ場所を失い劣勢な態勢でありながらも剣を手放さずアカツキへとその剣を突き出したナック。

ナックの肩ギリギリで止まったアカツキの剣とアカツキの喉ギリギリで止まったナックの剣は、ほぼ同時であった。


 二人は息を荒く吐きながら、しばらく動けずにいた。そして──


「あーー‼️ 悔しすぎます、絶対勝ったと思ったのにぃ!」


 剣を放り出して天を仰ぎ悔しがるアカツキに、ナックも剣を離すとそのまま地面に大の字になって息を整える。


 結局一本も取れずにアカツキにとっては悔しい鍛練となってしまった。



◇◇◇



 アカツキもナックも疲れ果てて、結局日が暮れ始め空が赤く染まる頃迄雑木林で横になった後、ナックの邸宅へと帰宅する。

二人とも茂みの枝などで服は上下ともボロボロに破れて汚れも酷く、リュミエールに見つかると二人して怒られた。


「着替え用意しますわ。アカツキ様もお着替えになってください。それと、お客様です」


 着替えを待つ為にリビングに向かうと、そこには全身ローブを被った人物が。

ナックとアカツキがリビングに来たのに気づいたローブの人物が振り返ると、二人とも剣の柄に手をかける。


「お待ちを。俺は只の使いだ、争う気はない」


 異様に青い肌をした顔に鋭い目付き、瞳の色は白く、良く見ないと瞳が白目に混ざり分からない。

明らかに人ではない。


「魔族……ですか?」

「ああ。アドメラルク様の使いで来た」

「リュミエールのやつ、よくこんな怪しいやつを家にあげたな……」

「奥方に非はない。俺が変装しただけだ」


 そう言うと魔族の男の肌は白っぽい肌の色へと変化する。瞳の色も白から黒い色へと変わっていた。


「目付きはナックと変わりませんが、成る程。人に見えますね」

「おい……アカツキ、てめぇ……」


 さらりとナックを弄るアカツキではあったが、バルスと名乗る魔族の男から伝えられたアドメラルクの言伝てに驚く。


「魔王アスモデスが見つからない?」

「アドメラルク様は、恐らくマブチと言うやつと一緒なのではないかと言っていた」

「わかりました。ルスカには私から伝えておきましょう」


 バルスはアドメラルクの言伝てを伝えるだけ伝えると、すぐに帰っていってしまう。

ドラクマへは戻らずに人に成りすましてローレライで生きていくと言い残して。


「もうドラクマには戻ってくるな……ですか」


 アドメラルクがバルスを送り出す時に、バルスに対してそう言ったらしい。

それが何を意味するのかは、二人には分からなかった。


 着替えを終えてアカツキが帰宅すると、一足早くルスカと弥生は戻って来ていた。

早速、アカツキはバルスの言伝てをルスカにも教えた。


「アスモデスの裏にマブチがいるのは分かっておったが……それよりワシはアドメラルクが、そのバルスという男に伝えた言葉が気になるのじゃ」


 悩んでいても仕方がないのはわかってはいた。何せ、いつアカツキの呪いが再発するかもわからない。

ドラクマに行き馬渕を探すのは決まっていた。


 そして、翌日──まだ朝日が顔を覗かせていた時、流星とカホが到着する。


「よし、すぐに出発じゃ」


 張り切るルスカは、洗い立てのベッドのシーツを抱えている。

言わずもがな、おねしょの後始末であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る