閑話

馬渕side 馬渕という男

 ──馬渕恭助。


 この男がおかしく──あくまでもカホや弥生などクラスメイトだった者達から見た基準での話だが。

本人はこちらが本当の自分だと言い張るだろう。


 彼が小学生の時、彼にとっては些細なことなのだが、両親の姿を見てなんてつまらない人達だろう、そう思った。

元々仲のよい両親ではなかったが、ここに来て一層夫婦喧嘩が激しくなる。

しかし、それは家の中でのみ。

外面は仲の良い夫婦を演じており、所謂“仮面夫婦”であった。


 そんな両親を見ていた彼が思ったことは、仲の良い両親が良かったとか嘆く訳でもなく、両親に甘えたいなどと年相応の考えを浮かべる訳でもなく、何故両親は仮面を被っているのだろうと疑問に感じていたのである。

つまらない仮面を被るより、もっと本音を本性を現せばいいのにと。


 そんな馬渕であったが、成績は良く教師からの評判の良い子供で、品行方正で通るほどであった。

分からないなら、自分で試せばいい。そう思った馬渕は小学生の頃から“良い子供”の仮面を被ってみただけであり、その結果、馬渕は両親を理解する。

ああ、なんて楽しいものだと。


 表向き笑顔でありながら、仮面の下では舌を出す。初めはそれが楽しくて仕方なかった。

だが、それも段々と飽きてきたのだ。


 そこで、馬渕はやり方を変えた。今まで築いた教師達や大人達からの信頼、それを逆手にとる方法に。

まずは、一人の気の弱い生徒を標的にした。

イジメ──そんな今まで築いた信頼を壊すことはしない。

馬渕のやり方は、もっと陰湿であった。


 その子は小学校で毎朝と放課後、飼育しているウサギにエサをやるのが日課にしている和樹という名前の男の子。

そんなある日の放課後、そのウサギの内一匹が無惨にも切り刻まれて殺されているのを、和樹が見つける。

もちろん、すぐに先生に知らせに職員室へと向かうのだが、職員室には既に馬渕が訪れていた。


 職員室に入った時、和樹は異様な空気に気づいていなかった。

小学生でも違和感のようなもの位は感じたかもしれないが、和樹は担任にウサギのことを報告した。


 若い男性であった担任は無表情のままで、この時になって初めてその子は職員室に残っていた教師達全員が自分を見ていることに気づいた。


 教師達は、和樹が来る前から馬渕からウサギの事を聞かされていたのだ。

そして、その犯人として馬渕は、和樹だと密告していた。


 馬渕と和樹は、天秤にかけられる。


 担任は、お前がやったのを馬渕が見たのだと教え、その子はすぐに否定する。

馬渕は更にそこで凶器はカッターであると、新たに情報を追加した。

教室へ行き、和樹のお道具箱を開くと、中からは血まみれのカッターが。

もちろん、これは馬渕が仕込んだのだが、そんな疑いすら持たれずに和樹の親は呼び出される。


 親は必死に庇うものの、目撃者がいること、カッターが出てきたことを盾に、次第に追い詰められていく。


 翌日から、クラスでも保護者の間でもその話題で持ちきりとなり二択を迫られる。


 和樹の主張が本当か、それとも馬渕の主張が本当か。


 結果は、すぐに出た。


 クラスメイトも教師も他の保護者も、馬渕の言葉を信じたのだ。


 こうなると和樹に向けられる視線は、彼にとってとても居たたまれないもので和樹は家族共々、引っ越しを余儀なくされた。


 この時、馬渕は裏で暗躍することに快感を覚えたのであった。



◇◇◇



 その後、馬渕は成長しても強かであった。中学に上がっても高校に上がっても一年に一回のペースで誰かを追い込む。

馬渕の本性を知る者は追い込まれた者のみで、最後は常に馬渕を恨めしそうに睨み付けてくるのだが、馬渕にとって、それは楽しくて楽しくて仕方のないものであった。


 常に追い込む相手は、馬渕にとって勘に障る相手であった。クラスの人気者、両親の肩書きでイキる者、長身でイケメンでやたらとモテる者、現役高校生でありながらアイドルグループに所属している者と、年々馬渕はそのハードルを上げていく。

そして、皆最後は馬渕を顔を歪めながら悔しそうに睨んで去って行った。


 そして、彼は高校二年生になった時、次の標的を見定める。

相手は、三田村弥生。

教師からもクラスメイトからも人気があり、何よりその表向きだけ見せる笑顔が気にくわなかった。


 少しずつ、三田村の悪い噂などを流し始め下準備に取りかかった馬渕であったが、中々上手くいかない。

それは、同じクラスの田代暁の存在。

いつも一人でいた暁は、弥生と馬渕が天秤にかけられた時、唯一フラットな視線で判別出来る存在であった。

それに普段我関せずのスタイルであったアカツキだが、人が困っていたら然り気無く手を貸し、揉め事があれば止めに入る。


──それが馬渕の気に障る。馬渕にとって、それは単なる偽善に見えたのだ。

ただの偽善ならば馬渕も気には止めなかっただろうが、孤独のを被り行っていたことが許せなかったのだ。

馬渕とアカツキ。仮面を被り馬渕は暗躍を、アカツキは人助けを行うという、ある意味同族嫌悪であった。


 馬渕が標的を弥生からアカツキに変更する予定を立てた時、クラスメイトはローレライに飛ばされ散り散りとなってしまった。




◇◇◇



「マブチ様?」


 リリスに膝枕をされて眠っていた馬渕は、不機嫌な顔をして目を覚ます。

ローレライに来てからも暫くは仮面を被っていたものの、あの日再会したアカツキはルスカに出会ったことで孤独という仮面を取り払っていた。


 全ては、飽き始めていた暗躍する快感から、表だって相手を欺き、蔑み、嘲笑うことに快感を覚え始めていた為に。


 その相手とは──アカツキであった。


 馬渕は不満であった。本来ルスカに付けるはずの呪いをアカツキが庇ったせいでアカツキ本人に付けてしまったからだ。


「そろそろ行くか、リリス」


 馬渕は暇潰し程度にけしかけたアスモデスの元へと向かう。今回の魔族の進軍も勿論馬渕の仕業であった。

戦力差がありすぎて面白くないと、魔族の主要な者を間引いたのも馬渕。

別に魔族が勝とうが負けようが、馬渕にとってはどうでも良いことで、ただ、一人でも多くの人が苦しみ、踠き、絶望する様が見たかっただけ。

ところが予想外に魔族の大敗に当の馬渕も驚いた。


 ローレライの人々に恐れられていたはずの魔族が余りにも弱すぎて。

そして、馬渕は次の一手を打つべくアスモデスの元へと向かったのだ。


「くそっ! くそっ! くそっ!」


 八つ当たりで壁に残った左拳をぶつけるが、一向に不満を解消できないアスモデス。

もう、ドラクマには戦力になりそうな魔族もおらず、魔物もドラクマへ自力で戻ってきたのは、ほんの僅か。

あと一歩までアドメラルクを追い詰めた事で、却って悔しさが増す。


「どうした? もう、諦めるのか?」


 背後に現れた馬渕にそう言われてアスモデスは、首を横に振る。しかし、戦力がほぼ無い状態にアスモデス本人は、どうすればいいのか分からずにいた。


「力が欲しいなら、やろうか?」


 ──それは、悪魔の囁き。


「もっと強く、あのアドメラルクすら圧倒する力を与えてやると言っているんだ。お前をしてやってな。くくく……」


 アスモデスは馬渕の言葉の意味を知らない。そして、知らないまま差しのべられた馬渕の手を取ってしまったのだった。

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