第十四話 幼女、大国を乗っ取る

「始まったようじゃな」


 門の方から怒涛のような叫び声が一斉に上がるのが、かなり離れた距離にいたルスカ達への耳へと入る。


「思っていたより人数多い気もするね」


 城から兵が出ていくのを建物の影から遠目ながら確認しようと隠れていたルスカ達。

兵が出ていけば、この真夜中だ。

灯りを持って出てくるはず。


 タツロウの作戦を知らないルスカ達は、もしや想像以上に外壁の警備兵が多いのかと一抹の不安を覚える。


「こう心配しても仕方ないのじゃ。ワシらはワシらで行くのじゃ」


 積み重ねられた木箱の上から、ぴょんぴょんと飛びはねルスカは木箱から降りる。


「あっ! 待って、城からかなりの人数が出て行った」


 弥生は複数の灯りが城から出ていくのを目撃した後、木箱から一気に飛び降りた。

ルスカ、弥生、チェスターの三人は、王族専用の脱出経路の出口に向かう。


 一方城では、王族中心に貴族でも重臣が王の間に推参し、対策を練ろうとしていた。

ただの住民の反乱だと軽く見ているようで、緊張感はなくリラックスしたムードで話し合いは進む。

王の間には、幾つもの観葉植物が飾られており、それもリラックスさせる一因になっていた。


 イミル王女は、そこに参加する権利はない。軽装な服に着替えを済ませたイミル王女は自室にてアデルと待機していた。


「王女様の予想通りですね。城に兵士はほとんど残っていないようです」


 アデルが王女の部屋の扉の隙間から廊下を伺うと、先ほどまでバタバタと騒がしかったのが嘘のように静かになっていた。


「行きましょう、アデル。皆さん、待っているはずですわ」


 ランプに灯りはあるものの薄暗い廊下を進み、イミルとアデルは王の間の裏手に向かう。

そこにある一室は倉庫になっており中に入った後、重い木箱を二人で動かす。

木箱の下からは、取っ手代わりの溝がある扉が出てきて二人で持ち上げた。


 扉はずっと下まで続く階段が。二人は慎重に物音を立てないように階段を降り通路を進んでいくと、先頭のアデルが持つランプの灯りが扉を照らす。

アデルが扉を開くと隙間からランプを外に出して、近くにいるはずのルスカ達への合図を送った。


「よし、行くのじゃ」


 ルスカ達は、扉の隙間からのランプを確認すると足音を立てないように扉へと近づき隙間から顔を覗かせる。

お互い確認すると無言で頷き、ルスカ達も通路に入り扉を閉めた。


「そっちはどうじゃ?」

「ろくに兵士はおりません。想像していたとはいえ、ここまで弛い考えなど、王族の一員として恥ずべきことですわ」

「落ち込むのは、後じゃ。それでもう一つの方はどうじゃ?」


 ルスカはイミルにそれとなく、戦争を起こした張本人を炙るようにお願いしていた。

そうそう、簡単には見つからないだろうとは分かっていたがきっかけが必要である。


「はい。分かったのは進言した者ですが、王族に仕える預言者のノインという男です」

「預言者だぁ?」


 ルスカは怪訝な表情をする理由、それは預言など不可能だという事。


「そもそも、全ての出来事には因果という歯車があり、一つが動くと複数の歯車が動く。幾つもに枝分かれするのに預言など不可能なのじゃ」


 通路を進みながら皆に説明するルスカ。それを聞きチェスターはロックを勇者だと指名したのがその預言者ノインだと思い出した。


「偽者じゃな」

「偽者だよね」


 ルスカも弥生もロックが勇者とは思えず、ノインを偽者と決め打つ。勇者パーティーのチェスターすら、「やっぱり……」と言ってしまった。


 今王の間には、もちろんノインもいる。首謀者かどうかは分からないが、何かきっかけにはなるだろう。


 階段を登り、王の間の裏側へと出てきたルスカ達は、アデルを先頭に慎重に廊下を進み王の間を目指す。


 さすがに王の間の入口前には、四人の警備兵がおり角からアデルが様子を伺う。


「どうしますか。私が行きましょうか?」


 アデルは腰に帯びた剣の柄を掴むが、ルスカは一人平然と廊下を進み警備兵へと向かっていく。

止めなくていいのかと、イミルは弥生を見るが弥生は特に慌てる様子はなく角から見守るだけ。


「子供? どうしてこんなところに?」


 見た目はただの幼女な上に、警備兵すら緊張感を感じていなさそうで、貴族のうちの誰かが連れて来たものだと決めつけて全くの無警戒。

ニッコリと微笑むルスカに、警備兵も吊られて笑顔を見せる。


“バーストブラスト”


 赤い光がルスカの杖の先から警備兵に向かって飛んでいく。気づいた時には既に遅く、大きな爆発音と共に王の間の入口がガラガラと音を立てて瓦礫の山となった。


「さぁ、行きましょうか王女様。王女様?」


 イミルとアデルは目を丸くして意識が飛んでいた。弥生も、そしてチェスターも今さら慣れっこでイミルとアデルの肩を揺さぶる。


“グラスバインド”


 ルスカは、瓦礫の山を越えてさっさと王や重臣の捕縛に取りかかっていた。


「はっ!」と意識を取り戻したイミルとアデルは、弥生らと共に王の間に入ると、そこには観葉植物から伸びた無数のつるに絡まり動けない王妃と思われる女性と多くの太った腹の中年男性が多数。


 なんとも言い難い地獄絵図を描いていた。


「王女様!」

「姉と兄がいません! アデル行きなさい!」

「私も行くよ」

「ヤヨイー、ミーガを持ってくのじゃ」


 

 アデルと放り投げられたミーガを受け取った弥生が王の間から出ていく。ここで二人を逃したら必ず後々厄介なことになる。


「なんのつもりだ、イミル!」

「そうよ、イミル! 離しなさい!」


 唯一寝間着姿の中年の男性と王妃と思われる女性が声をあらげる。イミルは、二人をなるべく見ないようにしていた。


 二人をきっかけに他の中年男性達もイミルを批判する。

そろそろ苛立ちが募ってきたルスカが、黙らそうとしたときに背後からアデルと弥生に縛られた二人の男女が。


「イミル。お主の兄と姉じゃな」


 イミルはルスカの問いに無言で頷く。ルスカは蔓を操り二人を縛ると全員を横一列に並ばせる。


「ノインはどいつじゃ?」


 イミルは一言も発さずに、七十代くらいの白髪白髭の男性を指差す。相変わらず、イミルへの批判はなりやまない。

両頬を自分で叩き、イミルの目付きが変わる。


「王族は……王族は、国民の事を第一に考えなければなりません。ですが、あなた達は諫言に惑わされ、国民を蔑ろに。その上に戦争ですか……今、この世界が新たな魔王の危機の訪れにも気づいていない。しかも、この戦争が新魔王の手のひらの上であることにも。わたくしが……わたくしがこの国を変えます!!」


 イミルはおもむろにアデルの腰から剣を抜くと、王である父の前に立つ。


「これが、わたくしの決意です!」


 縛られ身動きの取れない王の胸にイミルは、その剣を力強く突き刺した。

体は小刻みに震え、頬から涙を流すイミルの横で王妃の悲鳴が城内に響き渡る。


「王女……いえ、イミル女王陛下。あとは、このアデルにお任せを」


 イミルから剣を奪ったアデルは、イミルを弥生とチェスターに任せ視界を塞ぐように身振りをする。

アデルは倒れて息絶えている元王に向かって剣を振り下ろした。


 その後、元王妃を始め重臣達をルスカ達に任せたアデルは、王の首を持ち上げ城外に知らせに走る。

兵士のほとんどは、寄せ集めである。

クーデター成功に喜ぶ住民に、兵士は意気消沈して剣や槍を捨てた。


 流星とカホ、ヤーヤーやハイネル、タツロウとゲイルは、城に入りルスカ達と合流する。


 合流したタツロウから住民の蜂起を聞き、ルスカは嘆息する。

人数差で流星達に被害が出てもおかしくなかった状態だったがタツロウの機転で戦力差は拮抗し、怪我人が何人か出ただけで済んだのだった。

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