第二十三話 青年、因果との邂逅

 アカツキ達の転移の原因がルスカにあると、魔王アドメラルクの発言に、当のルスカは先ほどまでの魔王に対しても一歩も退かない態度から一変していた。


 目には大量の涙を浮かべ、顔を伏せてしまい馬の背に大粒の涙を落とす。

今なら魔王も容易く、ルスカを殺せるだろう。


 しかし、そうしなかったのは魔王ですら、今のルスカの姿は予想外だったのだ。

あまりにも儚く弱々しい。

自分の知っているルスカ・シャウザードではなかったのだ。


 ルスカは体を震わし声を殺して泣くばかりで、顔を上げる事が出来ない。

今、アカツキの顔を怖くて、怖くて、見れなかった。


 どれくらいの時間が経ったのだろうか。ルスカには長い時間に感じていたのかもしれない。


 広い草原を一陣の風が吹き、ルスカの落ちる涙が風に拐われる。


 ルスカは両肩に手を置かれ体をビクッと震わせると、今度はその手がルスカの脇へと移り持ち上げらた。

アカツキに抱きかかえられたルスカの目の前には、アカツキの顔が。


 その顔はとても穏やかで、先ほどまで魔王に見せていた怯えなど一切ない。

ただ、優しい眼差しでルスカを見ていた。


 すると、今度はアカツキの目はキッと睨むような目付きに変わる。

しかし、それはルスカにではなく、魔王に対して。


 アドメラルクは、先ほどまで怯えすら見せていたただの青年が、自分に対してそんな目を出来るのかと、少し感心して思わず笑みを見せる。


「うちのルスカを泣かせましたね」


 その声にはハッキリと怒りが込められていた。

アドメラルクとアカツキでは、力の差は歴然。

しかし、アカツキには最早そんなことはどうでも良かった。


「あ、アカツキ……怒ってないのか?」

「怒ってます。ルスカにではなく、この魔王にですがね」

「しかし、ワシは……ワシは隠しておったのじゃぞ……」

「人には言いたくないことの一つや二つあります。それをわかっていながら話す目の前の器の小さい魔王が許せないのですよ」


 明らかに魔王の空気が変わる。殺意と悪意をアカツキに向けてくる。

それでもアカツキは、怯む素振りもなく真正面からそれを受け止める。


「貴様、死にたいのか?」

「だってそうでしょうが、こんな幼いそれも女の子を泣かせておいて、魔王云々より、男として最低ですよ! 魔王を名乗りたいのなら、その前に男の器くらい磨きなさい!!」


 ここまで言われて、さすがにアドメラルクも限界まで来ていた。何より目的であったルスカに、この男は邪魔だと判断したのだ。


 アドメラルクの変化にルスカは、涙を袖で拭き牽制するように睨み返す。


「ルスカ。他の人は知りませんが、私は今では転移してきて良かったと思っています。

この世界に来て、私自身成長したと思っていますし、何よりルスカ。あなたに会えたのが一番良かったと思っています」


 アカツキが本音を吐露すると、ルスカは体が軽くなった。


 今まで、どこか後ろめたさを感じていたのかもしれない。

その足枷が今、外れた。

そして、体の内側から力が湧いてくる。

ルスカにとって、初めての経験だった。


 アドメラルクは、ルスカの表情に曇りが一辺もなくなり警戒する。

自分自身、まだ万全ではない。

しかし、魔王としての矜持か、最早戦闘を避ける訳にはいかない。

何より、ルスカの後ろの男は、自分の目的の最大の障害になると。


 まさに一触即発。ルスカとアドメラルクの間に見えない火花が飛び散る。


 一方アカツキの言葉で体が軽く感じたのはルスカだけではなかった。

弥生もアカツキと同じ気持ちだったことに気づく。

この世界に来て辛い目にもあった。

だけど、それ以上に良いこともあった。


 弥生は、ナックを促し別荘の建物へと向かう。

アドメラルクは気づいていただろうが、アカツキに向けられた視線を動かすことはなかった。


 裏口など探している暇はない。

ナックとウッドデッキを登り、呆けているロック達をナックに任せ、自分は建物内へ。


「レベッカ様ですね?」


 縛られたりはしていないが椅子に座り、大人しくしている女性に話かけると、女性はそうだと頷く。

部屋の隅には、料理人の男性も。

二人を連れた弥生が、ウッドデッキに出て、助けた事を知らせよう、そう思いアカツキ達を見る。


 その時だった──弥生の目にはアカツキ達やアドメラルク以外にもう一人、弥生が最も会いたくない人間が、こちらに向かってくるのが見えた。


「あ、あ、ああ……」


 弥生は、その場でへたりこんでしまう。目に涙を浮かべ、視線を逸らしたいが逸らせない。


「ったく、相変わらず反吐の出そうな台詞を言ってやがるな、田代ぉ」

「馬渕……」


 腰に剣を携え、こちらへと向かってくる馬渕。

ただ、その顔つきはアカツキの知っているものではない。

その目は狡猾で、ニヤニヤと嗤う口元が馬渕の性格を表していた。


「あれが、馬渕なのじゃな。既に人がする目ではないのじゃ」


 長く生きるルスカにここまで言わせるほど、馬渕の瞳からは悪意に満ちているのが感じられた。


「お前らの仲──!!」


 アドメラルクの言葉を遮るように、馬渕は腰の剣を抜き一瞬で間合いを詰めてきた。


 アカツキはルスカを庇うようにして、馬の上から地面へと落ちる。

馬渕の放った剣撃は、アカツキの相棒でもあった馬の脚をあっさりと斬り落とし、馬渕の剣先はアドメラルクの鼻先へと向けられていた。


「日本刀!?」


 馬渕の持っている剣は、反りがあり柄や鍔の形状からも、まさしく日本刀それも大太刀。


「何のつもりだ!? 貴様」


 アカツキは避けることで精一杯であったが、ルスカは馬渕の刀の軌道をハッキリと見ていた。

アドメラルクが顔を反らさなければ、刀は鼻を斬り落としていたのだ。


「おい! アドメラルク! マブチはお主らの仲間なのじゃろ?」

「我はこんな奴知らぬ」

「そう言えば自己紹介を忘れていたな。どうも、初めましてキョウスケ・マブチと申します」


 まるで貴族の男性が女性に対して挨拶するかのように、片足を引き、手を半円を描くように自分の胸へと持ってきてお辞儀をする。


 魔族にそんな礼節はなく、人間でも女性に対する挨拶だ。

つまり、馬渕はからかっているのである。


「以後、覚えなくてもいいぞ。魔王」と下衆な笑みを浮かべる。


 完全にアドメラルクはキレた。馬渕に手を向けて魔法を放とうとする。

その距離は目と鼻の先、避けれる距離ではない。


「!?」


 魔法が出ない。それどころか、アドメラルクは背後から倒され、手のひらを貫通して地面に短剣が突き刺さる。


「貴様! リリスか! 何のつもりだ!?」

「何のつもりもなにも、マブチ様の邪魔だから押さえつけているだけです」


 上から押さえつけるリリスを引き離そうとするが、想像以上に力が強い。


「リリス、今離さぬと許さぬぞ」

「あらあら。もしかして今後があるとでも? 元魔王様。

ふふふ……今やドラクマはアスモデスのものですわ。

それに足掻いても無駄です。

魔王は勇者に勝てないのと同じで、には力を与えられるのですよ」

「なっ!?」


 まさか自分の息子に魔王の座を奪われるとは思っておらず動揺を見せるが、何よりも気になる単語がリリスの口から語られたことに驚く。


 とは? 勇者パーティーならウッドデッキの上でへこんでいる。


 リリスとアドメラルクの二人のやり取りを無視して馬渕が、アカツキとルスカにゆっくり近づく。


「不用意に近づき過ぎじゃ!」


 ルスカが魔法を使おうとするが、違和感を感じる。

先ほどのアドメラルクと同じで魔法が発動しないのだ。


「ふんっ!」


 馬渕の蹴りがルスカではなく、アカツキの腹に飛んでくる。


「がっ!!」


 普通の人間の蹴りの威力とは比べ物にならない。

別荘近くまで飛ばされたアカツキは、腹を押さえながら悶絶していた。


「おいおい、田代ぉ。それくらいで死ぬなよ。楽しいのはこれからなんだからなぁ」

“ストーンバレット!!”


 馬渕の顔目掛けて石礫がルスカの手から放たれる、が馬渕に当たる直前に石礫は霧散する。


「無駄だな。俺に魔法など効かねぇよっと」

「か……はっ!」


 ルスカの腹に馬渕の蹴りが入り口から胃液が逆流する。

アカツキに食らわした蹴りほど強くないが、魔法が使えないルスカには十分だった。


「なんだぁ? 大賢者なんだろ、お前。ずいぶんと弱っちいな」


 手を抜いているのだろう、ルスカの腹に向けて何度も何度も蹴りを入れ、転がり悶絶する姿を見ては高笑いする。


“キュアヒール”


 ルスカは魔法で回復させるものの、その効果が非常に鈍い。


「くそっ……何故じゃ? 聖霊が言うことを聞かぬ」

「ふんっ、聖霊ってのは正直だからなぁ。より強ぇやつの言うことを聞くんだよ」


 何度目になるかルスカの腹へと蹴りが飛び、顔を歪ませながらも立ち上がろうと、試みる。


「チッ! つまんねぇな、お前。もういい、死ねよ」


 馬渕が刀を振り上げ叫ぶ。


「じゃあな! 安心しろ、田代も同じ墓に埋めてやるからよぉ!」

「障壁!!」

「なにっ!」


 ルスカに襲いかかってきた凶刃を、何とかナックの手を借りて近くまで来ていた弥生のスキルが防ぐ。

弥生に気づいた馬渕が、振り返る。


「よう、三田村。体調はどうだ? もし欲しいのなら後で分けてやるよぉ」


 まるで蛇に睨まれた蛙のように、馬渕と目を合わせた弥生は、体から力が抜けていく。

再び、ルスカに目を向けた馬渕が再び刀を振り降ろすと、弥生の障壁は音もなく容易く割れ、三度、刀を振り上げる。


 ただ見てるしか出来ない弥生の耳に声が聞こえる。


“ありがとうございます。これで間に合います、弥生さん”と。


 涙でぼやける視界の端を何かが駆け抜けていくのを弥生には見えた。

何をするのか、すぐに理解できたが声が出せない。


 ルスカの視界には、嘲笑い刀を振り上げる馬渕の姿が突然消える。

その代わりに目の前に現れたのは、優しく微笑むアカツキの顔。


「チッ!」


 舌打ちした馬渕の凶刃が、ルスカを庇うため、間に割って入ったアカツキの背中に振り抜かれる。





 ルスカを抱きしめたまま、背中から多量の血を吹き出しながら、アカツキは地面に倒れた。 

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