第十六話 幼女と青年、帝都へ

「あの……ルスカ。その“リョーマ”って人の姓は?」


 先代勇者が明治維新頃の日本人の転移者で名が“リョーマ”。

アカツキと弥生の頭の中には一人の人物しか思い浮かばず、ルスカの答えを今か今かと待つ。


「うーん……」


 ごくりと二人が生唾を飲み込む音だけが、小屋内で聞こえる。


「むむむ……ぷはぁ! ダメじゃ思い出せん。というよりは知らぬのじゃ」


 ルスカが言うには、ずっと“リョーマ”としか呼んでおらず、仲間内でも“リョーマ”と呼びあっていて、聞いたことないらしい。


 結局本は再び本棚に戻され、先代勇者の姓も不明のまま、アカツキと弥生は、どこか消化不良で残念がった。


 しかし、一つ気がかりなことも。それは、先代勇者が忽然消えたという話だ。

もしかしたら、元の世界に戻ったのでは、と。


 ルスカは何冊か本を取りアカツキのアイテムボックスに入れてもらう。


 特に神獣や天の使いと呼ばれる魔物に関する内容のものを。



◇◇◇



 アカツキ達は、小屋で一晩を過ごし、翌早朝に出発の準備を始める。

ヨミーは、寂しいのかルスカを掴んで離さない。


「ルスカサマ、ワイモ行キタイ! モウ留守番ハ嫌ヤ」

「無茶言うでない。お主みたいな巨漢連れていける訳ないじゃろ」

「嫌ヤ! ワイモ一緒ニ行ッテ旨イモン食イタイ」

「ヨミー……お主、ご飯食わんじゃろが」


 結局残されることになったヨミーは、今度はアカツキを掴んで離さない。


「ルスカサマヲ、ルスカサマヲ頼ンマス!」

「分かりましたから、じわじわ締め付けるのやめてもらえます?」


 わざとなのか、思わず力が入っているのかは分からないが、万力のようにゆっくりとヨミーの手には力が込められていた。


「いい加減にするのじゃ、ヨミー」


 ルスカが杖でヨミーの脛を叩くと竹を割ったような音が鳴り響く。


 ヨミーの手が離れたアカツキは、少し咳き込みながらもヨミーに心配せずとも再びこの地をルスカと訪れると約束し、シャウザードの森をあとにした。



◇◇◇



 再びルスカの案内で、シャウザードの森の奥へと進んでいく。


「次で最後じゃ」


 出てきた場所から森の出口が見えたが、その更に先に多くの人影がいる事にアカツキ達は気づく。


 森の出口近くまで行くと、鎧兜に身を包んだ軍隊とその後に続く体格のいい男達の団体がシャウザードの森の北へと向かっているのが見えた。


 アカツキは咄嗟に木の陰に身を隠し、ルスカ達にも同じく隠れるようにお願いする。


「どうしたのじゃ? アカツキ」


 アカツキは、軍隊と男達の最後尾辺りを指差し小声で話をする。


「あそこにいる人達、わかりますか? 少し気だるげな表情の男性二人と女性二人。あの人達、以前私がいたギルドメンバーです」


 指差す先を見てみると戦争が嫌なのだろう、その顔は最早死んでいる。


「確か、Sランクだったはずじゃな? それならこの参戦は強制じゃろう。アカツキを追い出した罰じゃ!」

「そうだよね、戦争で怪我しちゃえばいいと私も思う」


 ルスカと弥生は、二人揃って茂みの中からあかんべーと舌を出す。


「でもよぉ、俺ら戦争止めに来たんだよな」

「「あっ」」


 ルスカと弥生は本来の目的を忘れていた。戦争を回避出来たら彼らは戻ってくるだろう。

それも回避したとはいえ、戦争に参加したと胸を張っての凱旋を。


「むぅ……悔しいのじゃ」

「まぁまぁ二人とも。私は気にしていませんから。会わなければいいのです」


 二人をなだめすかすと、軍隊が通りすぎるのを待つのだった。



◇◇◇



「それで、どのルートで向かうのじゃ? このまま森に沿って南に行けばワシの知り合いのいる村に行けるが」

「いえ、直接軍隊の通った街道を南下して帝都に行きましょう。

なるべく私達が来ていることを知っている人が少ない方が良いと思います」


 アカツキ達は、街道に出るとそのまま街道に沿って南下していく。


 レイン帝国の帝都レインハルトは、グランツ王国が万一進攻してきた場合に備えて北の砦から今走っている街道を南下するしか通じる道は無い。


 街道片側はシャウザードの森、もう片方の途中、所々に砦を兼ねた街がいくつかある。


 レイン帝国の属国への睨みをかけつつ、街道を下ってくるグランツ王国を横から奇襲したり、通りすぎた後に背後を突くような仕組みで作られていた。


 街道の往来は、本来多いのだが、戦争間近だけあって必要最小限といった感じだ。

それ故にアカツキ達は、あまり人目につかずレインハルトへと辿り着いた。


「アカツキ、帝都に入ったらどうする?」

「事情を知る心当たりは、あります。ただ今は何処に住んでいるのか分かりません。

ナックさん達は、酒場で戦争の原因の聞き込みを。私はその心当たりの居場所を探します」

「アカツキくん一人で? ルスカちゃんを連れて行った方が……聞き込みは私とナックでやるし」


 しかし、アカツキは言い辛いのか困った顔をする。

唯一、ピンときたのは同じ男のナックだった。


「なるほど、娼館か」


 ナックの発言にルスカと弥生から睨まれる。何で言うのですかとアカツキは、ナックに目で訴えるが知らんぷりされた。


「……誤解しないでください。その心当たりの知り合いが娼館で働いているだけですよ。別に中に入りませんから」

「ルスカちゃん、しっかり見張っていてね!」

「任せるのじゃ!」


 結局ルスカを連れて行くことになり、余計なことをとナックの足を蹴るのだった。


「どうだ? すんなり入れそうか?」

「普段と変わらないですね。軽い荷物検査で通れそうです」


 レインハルトは巨大な壁に囲まれており、出入口は今アカツキ達の目の前にある場所と更にその反対側にしかない。


「行きましょう。問題ないはずです」


 アカツキ達は、検問の列に並ぶ。やはり戦争前だけあってか、列は普段より短くあっという間にアカツキ達の番になる。


「それじゃ、荷物を見せてくれ」


 まだ少しあどけなさの残る兵士がアカツキ達の荷物を確認する。


「ふん、問題ないな。しかし……」


 兵士は荷物を適当にまとめてアカツキ達に返すと、弥生の体をニヤニヤと舐め回すように見てくる。

弥生は、背筋に虫酸が走り嫌悪感を露にした。


「人の奥さんに手を出すと重罪のはずですが?」


 アカツキがそう言うと、兵士は咳払いで誤魔化しアカツキ達を通るように促す。


「あ、あ、あ、アカツキくん! 奥さん、奥さんって今!」

「この国の皇帝は、奥方を大事にする方ですからね。厳しい法が成されているのですよ」

「え? あ、うん、そう……」


 答えが違うと、がっかりする弥生に、ナックもルスカもかける言葉が見つからず、さっきのお返しとばかりにナックはアカツキの足を蹴り、ルスカの肘鉄が鳩尾に入った。



◇◇◇



「おお! これは、大きいし、うるせぇな!」


 ナックは、帝都の賑わいと大きさに驚く。

グルメールでは中々見ない三階建て以上の建物も多く、何より工房からせわしないほど大きな音が響く。


「この辺りは工房地域ですからね。奥に行けば市も出てますよ」


 アカツキ達は歩いて人通りを避けながら、真っ直ぐに進んでいくと階段を登った所から、ガラリと雰囲気が変わり商店や市が通りの両脇に並んでいた。


「あそこの酒場ならギルド関係者も来ませんから、ナックさん、弥生さんお願いします」

「おう! 行こうぜ、ヤヨイー」

「うん。ルスカちゃん……くれぐれもお願いね」

「任せるのじゃ!」


 ナックと弥生が酒場に入ったのを確認したアカツキは、ルスカを連れて裏の通りへと足を運ぶ。

まだ、昼だというのに、裏通りは薄暗い。

夜のお店もほとんど店を閉めていた。


 通りの奥では、綺麗に着飾った女性が何人か立っているが、呼びこみではなく、個人的な相手を探しているようだった。


「やっぱり、ワシが来て正解じゃ!」


 子連れでこの辺りを通る人は、滅多におらずアカツキに声をかけようという人もいない。

アカツキは、目的の娼館に辿り着くと、店には入らず店前の女性に声をかけた。


「すいません、メイラさんは居ますか? アカツキが来たと言ってくれれば良いのです」

「メイラ姐さん? ちょっと待ってな」


 すらりとした細身の女性は、長い髪を翻して店内へと入っていく。

五分ほどだろうか、その女性が戻って来て店に入れと言う。


 アカツキはルスカを伴い店に入ると娼館特有の甘ったるい香りの空気に包まれながら、奥へと案内される。


「久しぶりだね、アカツキ」


 奥の扉を開くと、二人掛けのソファーに、細いがスタイルのいい体をもたれさせ、長い足を組む女性が。

エメラルドグリーンのショートヘアの女性は、切れ長の目に整った美人で赤い舌でサーモンピンクの唇を舐めてみせた。


「お久しぶりになります。メイラさん」


 アカツキは、メイラに近づくと顔を側に寄せる。はじめは驚いたルスカだったが、その理由はすぐにわかった。

メイラは近づいたアカツキの顔を撫でるがその視線はアカツキを見ていない。


 メイラは、盲目だった。

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