第四話 青年、怒る

 アカツキは目の前のお茶には手を出さずに、弥生達の帰りを待っていた。


 確信めいたものは無い。しかし、アカツキと麗華の関係。

学校でほとんど話をしたことはない。用事が麗華の方にあったとしても、取り巻きのクラスメイトが話をしてきたものだ。


 一方、カホなんかは弥生といつも一緒にいた上、隣の席だし、弥生に関しては、アカツキにとっては唯一と言っていいほど喋る相手だ。


 そんなカホや弥生ですら、最初この世界で再会したときアカツキに気づかなかった。

なのに、ほとんど話をしない麗華はすぐにアカツキに気付いたのだ。

どうも、きな臭い。それがアカツキが麗華に抱いた印象だった。


「アカツキくん、水汲んできたよ」

「ありがとうございます」


 水の入った水筒を持って弥生が帰ってくる。水筒を渡し隣に座ってくると、弥生は目の前に置かれたお茶を一気に流し込む。

そんな一気に飲まなくてもと、皆がそう思い弥生を見ている中、アカツキは弥生を見つつも視界の端に麗華を入れていた。


 笑った。いや、誰も気づいていないが、弥生がお茶を飲み干した時、麗華の口元が微かに笑った後、平然としている弥生に驚いたようにも見えた。


 麗華は、お茶を運んできたお盆を仕舞いに台所へと戻っていく。

流星やカホがクリストファーと話をしている中、一向に戻って来る気配のない麗華をアカツキは不思議に思い、立ち上がる。


「雨宮さんが遅いので呼びに行ってきます」

「おお、すまぬのぉ。台所はここを出ると突き当たりにあるでのぉ」


 アカツキは客間を出ると小走りに台所へと駆けつける。しかしそこには、誰も居ない。


 慌てたアカツキは、台所以外に他の部屋を見て回るが、何処にも麗華は居らずアカツキは皆のいる客間へと戻っていった。



◇◇◇



「おふざけにならないで欲しいですわ!!」


 馬に跨がりアイルの街を出ると、街道とは別の経路でファーマーへと進んでいく。

アカツキ達が最初にアイルの街を避けて、ファーマーへと向かった森の中だ。


 麗華は、憤慨しながら一人とある場所へと向かっていた。


「なーにが、“絶対にバレない”ですわ!! 田代にバレていたじゃないですか! 馬渕も適当な事言って」


 麗華は、何かあったら此処に来いと馬渕に言われた目的地へと昼夜休む事なく、馬を走らせるのであった。



◇◇◇



「おい、田代! 適当な事言ってんじゃねぇぞ!!」


 流星は、アカツキの胸ぐらに掴みかかり、怒号を浴びせる。


「ちょっと、落ち着いてよ、流星」


 カホは流星を止めようと背中に抱きつきアカツキから離そうと試みる。

アカツキは抵抗せず、ただ落ち着くのを待っていた。

弥生はオロオロとするばかりで、アイシャも困惑していた。


 そこに、アカツキの説明が確かかどうかを調べに行ったルスカとクリストファーが客間に戻ってくる。


「流星、ちょっと落ち着こうかのぉ」


 クリストファーは杖で流星の額を小突く。


「落ち着くのじゃ。アカツキ、調べてきたが間違いなく麻薬なのじゃ。しかもご丁寧にそのまま残して去っていっておる」


 ルスカは、数本の植物の茎を手のひらに乗せて、皆に見せる。


「これ、新種の奴ですね。間違いないです。グルメール動乱時に使われた……」


 アイシャも確認し伝えると、流星は手に力が入らなくなり、アカツキの胸ぐらから手を離した。

しかし、流星以上にショックが大きいのは弥生である。

二度と見たくでないであろう麻薬を見せられ顔色が優れない。


「レイちゃん、どうして……」


 立ったまま気を失いかけて、一旦椅子に座り込むがそのまま椅子からずり落ちそうになる。

しかし、流星に掴まれている時から弥生の事を気にかけていたアカツキが咄嗟に支え抱き抱えた。


「弥生さん! 大丈夫ですか!?」


 それを見ていた流星も、何よりショックの大きいのは自分なんかより弥生だと気づき、反省するように肩を落とす。


「田代くん、ひとまずやよちゃんを休ませないと。クリストファー様、寝室お借りします」

「うむ、それがいいのぉ」


 カホの案内で、弥生をお姫様抱っこで抱えたアカツキが、客間から出ていく。


「ルスカ様。儂の弟子が申し訳ないのぉ。しかし未だに信じられないのぉ、レイカくんがこんな事をするなんて……」

「クリストファーの爺さん。俺もそうだよ、あいつ、寂しがりなんだよ……」

「気持ちは分かるのじゃ。しかし、お主もあのお茶を舐めたじゃろ? 一瞬眩暈を起こしたじゃろ?」


 アカツキから麗華の疑惑を聞き、確かめる為に元々弥生の前に置かれたお茶を全員がほんの少し舐めた。

一瞬脱力し、眩暈を起こす。

明らかにお茶を飲んで起こす症状じゃない。


 アカツキが毒ではなく麻薬だと思ったのは、単なる状況判断に過ぎない。

流星達がいる前で自分が淹れたお茶を飲んで倒れれば不審に思われるだろうと。


 勿論毒の可能性も無くはないが、弥生が来たのはついさっきで、用意が良すぎるのだ。


 カホに案内され寝室のベッドに弥生をそっと寝かせると、カホの方に顔を向ける事なく、ただ弥生の手を握っていた。


「田代くん。私許せない。やよちゃんが麻薬でどれだけ苦しんだのか知らないとしたって!!」

「……知ってましたよ、雨宮さんは。恐らく」

「えっ!! どういうこと!?」

「麻薬の入手経路を考えれば分かることです」


 アカツキはそれ以上何も言うことなく、弥生の手を握り続ける。

カホもそれ以上は聞かず、二人きりにさせてやろうと寝室を後にして、客間へと戻っていった。


 客間ではさっさと麗華の後を追いたいが、アカツキと弥生が心配で手をこまねいていた。

そこに怒りに任せ扉を開けたカホが戻ってきた。


「ああ、もう!! あったまに来るなぁ!!」

「カホ。弥生達は?」

「田代くんが付いているから大丈夫!! それより、クリストファー様、何でレイカちゃ──麗華はやよちゃんを狙ったんですか?」

「わ、わ、儂に分かる訳なかろぉ」


 クリストファーの胸ぐらを掴み、ガクガク揺らすと細い首から頭が取れるのではないかと皆がカホを止めに入った。


「確かにヤヨイーが狙われた理由が分からんのじゃ。それにどうして麻薬なのじゃ?」

「あ!」


 カホからアカツキの伝言を受け取ったルスカは、思案にふける。


「ふむ。麻薬の入手経路か……」


 麗華がいつ、どこで、誰から受け取ったのかを中心に考えを纏めると、少し道が見えて来るが、まだ情報が足りない。


「クリストファー、あやつはこの街から最近出たことはあるのじゃ?」

「無いですのぉ。ほぼ一人で出歩くことも稀だった位だしのぉ」


 となると、麗華が自ら麻薬を入手したとは考えにくくなる。


 このアイルの街は、元々はワズ大公の領地である。

ワズ大公に偽物を掴ませるほど慎重に動いている以上、ワズ大公の領地内で麻薬を流通させる事は、不可解だ。


「あやつは誰かから貰ったか買ったか? はっ! 分かったのじゃ!」

「分かったって、本当ですか? ルスカさ──いひゃい!!」

「ワシを馬鹿にしとるのか、アイシャ! 大体お主も同じ結論にたどり着いてもおかしくないのじゃぞ?」


 ルスカに白樺の杖で、久々にお尻を叩かれたアイシャは、お尻を擦りながらルスカの問いの意味を考える。


 グルメールの動乱以降、麻薬は出回る事が無くなった。

麗華が麻薬を手に入れるタイミングとしては、動乱終了間際の可能性が高い。

動乱終了間際、アイルの街、麻薬を扱っていたのはルメール教。


「……あっ!! フードの連中ですね!」

「そうじゃ。つまりは……マブチと言う男じゃ!! 恐らくはマブチから聞いていたのじゃろ。弥生の中毒症状やアカツキのことも。アカツキの事をすぐに思い出せたのも、そのせいじゃろ」

「確かに……私も初め田代くんのこと気づかなかったもん」


 アイルの街の先には、ファーマーの街。更に先には報告を受けていたフードの連中が逃げた先、エルラン山脈がある。


「馬渕が!? くそっ、あいつ、弥生に何の恨みがあるんだよ! 何故、弥生ばかりを……」


 悔しそうに拳を握りしめた流星は、そのまま力一杯壁に拳を叩きつけた。


「本当……本当にそうだよ……どうして、やよちゃんだけ……うぅ……」


 弥生を思いボロボロと涙を溢すカホも悔しすぎて唇を噛み締める。


「それじゃあ今すぐワズ大公に知らせて、街で捕まえれば!」


 アイシャも許せないと、尻尾をピンと立たせて張り切り出す。


「無理じゃ。逃亡なのじゃ、馬に気を使うことなく飛ばしておるじゃろ。それに、ファーマーの正門は壊れておる。入りたい放題じゃ」

「あっ……!」


 そうだったと、アイシャはガックリ肩を落とすと尻尾も力無く垂れ落ちる。

その時、家が揺れたかと思うほど、壁を強く叩く音が聞こえる。


 客間の入口付近の壁を拳から血を流すほどに強く叩いたアカツキの表情は、今まで見せた事のないほど険しく、体は怒りに打ち震えていた。

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