第三話 青年、疑惑を抱く
「申し訳ありませんでしたぁ!!」
鬼の形相で迫りくるルスカに対して、地面と一体化するのではないかと思うほど両手をついて額を擦りつける老魔導師クリストファー。
先ほどまで腰が曲がった老齢な男性と同じとは思えない程に、綺麗に背筋が伸びた土下座。
どうしてやろうかと考えていた最中に現れたクリストファーに対して、すっかり毒気を抜かれただけでなく、一見これは世間体が悪すぎる。
「ま、まぁ今後ワシの弟子などと名乗らなければ良いのじゃ」
「申し訳ありませんでしたぁ!!」
「もう立つのじゃ、年寄りにそんな事させていたら、何かワシが悪く見えるのじゃ」
クリストファーはゆっくり立ち上がり腰を曲げて杖を支えに皆に歩み寄ると、一礼する。
物腰の柔らかそうな表情をしてはいるが、目を覆う位太く真っ白な眉の隙間から覗く眼光は、アカツキでも分かるほど鋭く、凄みを感じていた。
「お久しぶりですのぉ、ルスカ様」
「うむ、まぁ元気そうで何よりじゃ」
クリストファーは、改めてルスカにだけに一礼すると流星とカホを一瞥する。
「どうやら、不肖の弟子を助けて頂いたご様子。痛み入りますのぉ」
「気にする必要はないのじゃ」
「良ければ儂の家へ来てくだされ。こんな所で立ち話なんですのでのぉ」
言葉に甘えお邪魔する事にするが、流星とカホは荷物を自宅に置いたら駆け付けるといい、彼らにとって懐かしい自宅へと入っていった。
「初めましてクリストファーさん。私はアカツキ・タシロと言います。つかぬことお伺いするのですが、雨宮さんもクリストファーさんの弟子だと聞いたのですが」
「レイカくんの事かのぉ。そうか、お主も転移してきた者なのだな。うむ、今は家におるぞい」
雨宮麗華。アカツキのクラスメイトで、その立ち振舞いと名前からどっかのご令嬢によく間違えられるが、両親はサラリーマンである。
二人のクラスメイトを従えて歩く姿は、どこかの悪役令嬢のように見えていた。
アカツキとは、違った意味でクラスの輪に溶け込まない生徒、それが雨宮麗華だった。
「レイちゃん……」
弥生は、そう呼ぶが麗華が弥生を呼ぶ時は“弥生さん”だった。弥生の悪口を言っていた……そう、噂されるほど二人の距離感は違っていたのをアカツキは、いつも遠巻きにも感じていた。
「ここですのぉ」
石造りの家は、黒く塗られた外壁に赤い屋根と中々周りの家々に比べて突出した異様さを孕んでいる。
敷地はかなり広く、門前には“あのルスカ・シャウザードの弟子、魔導師クリストファーの魔法道場 弟子随時募集”と看板が張られていた。
赤い屋根に黒い壁と目立つ様にしているのは、弟子を募集するのに一役買う為だろうと推測できる。
「か、看板は後で外して付け替えますので今は何卒」
「絶対じゃぞ」
看板を見て不快感を露にしていたルスカに気付き、クリストファーは慌てて直す事を約束する。
「あれ? まだ、入ってねぇの?」
後から追いかけてきた流星とカホが追い付き、背後から声をかけられると、ほぼ同時に家の玄関扉が開かれる。
そこにはウェーブのかかった黒髪ロングヘアーの女性が。
「先生、帰ってきたなら──流星、カホ!」
「おう、今帰ったぜぇ」
「ただいま、麗華ちゃん」
外が騒がしく思った麗華は、扉を開けると家の前にいた流星とカホを見て驚き、思わず二人に抱きついた。
そんな麗華を見たアカツキは、嬉しそうな流星やカホとは違い、違和感を感じた。
昔の麗華ならあり得ない行動だ。
もちろん自分自身もこちらの世界に来てから、少しは変わったという自覚はある。
もしかしたら麗華も……と思うが、言葉に表せない違和感が拭えずにいた。
「レイちゃん! 久しぶり」
「え!? 弥生さん!?」
弥生は、アカツキと違い違和感を感じていないらしく、気軽に話かける。
「弥生さん……少しお痩せになりました?」
「え、うん。ちょっと色々あって……レイちゃんは、元気そうで良かったよ」
「そうなんですの? あら、貴方。もしかして田代くん?」
「お久しぶりです。雨宮さん」
アカツキに気付いた麗華は、手を取りニッコリと微笑む。
「ほらほら、皆さん、中へどうぞ。ほら、レイカくん皆を客間に案内して」
「はい。クリストファー先生」
麗華はアカツキから離れると、弥生の背中を押して家の中へと入れる。昔はこれほど親しみやすい性格をしておらず、どちらかと言えば冷たい性格だったはずだ。
何より弥生への噂の件もある。
そして、アカツキが何より一番不可解な感じがした事が……
「一発で私とわかりますか……」
「アカツキ、どうしたのじゃ? 入らんのか?」
「いえいえ、何でもありません。気のせいでしょう、恐らくは」
アカツキは最後にルスカと並んでクリストファーの家へと入っていった。
◇◇◇
「それでは、私はお茶を用意してきますわ」
客間に皆を案内した麗華は、客間をそそくさと出ていく。
お茶が出るまでの間、流星はクリストファーに今まで何をしていたのかを説明していた。
「そうか。ゴブリンと……いやいや、しかし、流石はルスカ様ですのぉ。改造魔族を倒してしまわれるとは」
「ワシ一人では無理だったのじゃ。アカツキも皆も頑張ったのじゃ」
ラーズの変の一部始終を説明し終えると、クリストファーは白い顎髭を弄りながら話を噛み締める。
「なるほどのぉ。どおりでワズ大公の国軍をここの兵士が足止めしにかかったのですな」
「爺さんは何してたんだよ!?」
「儂か? 儂はここに居ったよ。兵士がここにこの街の子供を預けに来てのぉ。まぁ、それは名目で儂をここに留める為の人質だったのじゃが」
ワズ大公の国軍に逆らおうとした兵士にとって、魔導師として有名なクリストファーに内側から暴れられたら大変だったからだろう。
実質挟撃されるのだから。
「ここの兵士を取りまとめて人はどうなりましたか?」
「うん? 恐らく亡くなったと思うがのぉ」
「思う? 確認されていないのですか?」
兵士達が洗脳に近い状態だったとしても、高々一兵卒に過ぎない。
抵抗を決めたのは必ず他にいるはずだと、アカツキは話をした。
「うーむ、言われてみるとそうじゃのぉ。ふむ、一度他の住人に確認を取るか。アカツキと言ったか? 感謝するぞい」
クリストファーは早速と筆を取り手紙を書くと、門下生だろうか、まだ年端のいかぬ男の子に渡し使いをまかせるのだった。
◇◇◇
「どうして、生きてますの!? 話が違うじゃないですか。麻薬漬けで死んだと思っていたのに……」
一方、一人台所でお茶を用意していた麗華は、お茶の用意を進めるものの、怒り心頭という感じだ。
「大体、どうしてあの二人も戻って来るのよ!? ゴブリンと一緒にずっと過ごしておけばいいじやない!」
思わず力が強く入り、お茶の葉を掬っていたスプーンを潰す。
「それにどうして田代くんまで居るんですの?」
全てが上手くいかずに癇癪をおこす麗華は、ミニ丈のスカートのポケットに手を突っ込むと布にくるまれた何かを取り出す。
布を広げると、そこには植物の茎が数本置かれていた。
◇◇◇
「遅くなって申し訳ございませんわ」
麗華がお茶を各自の前に置いていく。
「はい。弥生さん」
「ありがとう、レイちゃん」
最後に麗華自らが弥生の前にお茶を置かれると、弥生がお茶のコップに手を伸ばす。
「あ! すいません、弥生さん」
「え? 何?」
弥生は伸ばした手を引っ込めると、アカツキに顔を嬉しそうに近づける。
「いえ、馬に繋いである水筒で水を汲んできて貰えませんか? あ、雨宮さん、弥生さんに井戸の場所まで案内してもらえますか?」
「ええ。どうぞ、弥生さん。こちらですわ」
アカツキに頼りにされたの事が嬉しいのか、嬉々としてアカツキの馬の元にいく弥生、そして案内をしにいく麗華が客間を離れる。
出て行った後暫くは、アカツキに何故今頃水の補給? と注目が集まるが、その後、注目が逸れてアカツキは視線を感じなくなると、素早く弥生のお茶と自分のお茶を入れ替えたのだった。
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