第十九話 幼女と青年の初戦争
「しかし、田代。味方になってくれるのはありがたいが、何か手はあるのか?」
流星はアカツキに尋ねる。正直、今の膠着状態は流星も望んでいない。
ゴブリンの数も少しずつだが減ってはいるのだ。
一方先頭を切って味方になってくれたアカツキに、全員の視線が集まる。
「戦えるゴブリンは何体くらいいますか?」
「多くて百だな」
無理してかき集めての百なのだろう。流星とカホの悲痛な顔がそれを物語っていた。
「エリーさん、ラーズ軍は何人ですか?」
「え? えーっと、ゴブリンとずっと膠着状態で、減ってはいますから三千くらい残ってるかと」
随分長い間、膠着状態だった事もあり、軍の人数は当初の半数になっているという。
「三千……多いですが、相手は此方を舐めていますからね。やはり奇襲ですか」
アカツキは奇襲を提示する。しかし流星の顔は渋いままだ。
流星も以前に奇襲は考えていた。しかし、地形の不利もあり、断念したのだ。
「でもよ、向こうからはこっちの行軍が丸見えだぜ。いくら怠慢な軍でも動きくらいは見張り立ててるだろ?」
流星の言う様に、ラーズ軍はこちらが向かう森を、上から見上げる形になる。
しかし、アカツキの答えは意外なものだった。
「はい。ですから奇襲は私たちが仕掛けましょう」
「俺達が、か?」
殺気立つゴブリンは既におらず、腰の鞘に剣を収めたナックが驚く。
「私たちが一旦軍に戻り、ゴブリンが全軍で前に出てください。ラーズ軍も、まさか陣内から奇襲を受けるとは思わないでしょう」
いわば、外と中からの挟み撃ち。混乱は確実にするだろうし、向こうの指揮官は愚鈍。
しかし、体制を整えられないだろうが、相手は約三千に対して、こちらは十四人。
不安に刈られる、ルスカの事を知らない者だけが。
「しかしですね、向こうは恐らくゴブリン達には同数位しか出陣しませんわよ。それならワタクシ達は二千九百を相手にすることになりますわ」
案の定、ヤーヤーが口を挟んでくる。しかし、アカツキはヤーヤーを見ずに自分の膝の上のルスカの顔を上から覗き込む。
「ワシの出番じゃな」
「はい。なるべく死人は出したくないので、動きを鈍らせたりする方向でお願いします」
「ふむ。ならウィンドフォールにするのじゃ。あれなら傷つけぬ」
ルスカとアカツキだけで打ち合わせるが、無視をされたヤーヤーが怒り出してしまう。
「ちょっと! ワタクシを無視して話を進めないで頂戴! だいたい、そんなチビッ子……ひっ!」
チビッ子と言われてルスカが殺気をヤーヤーに向けて睨み付けると、ヤーヤーは思わず地面に座り込んでしまった。
「アカツキさん。ルスカ様の事は本来他言無用ですが、今は……」
アイシャがアカツキの耳元で囁きかけると、アカツキは頷き、他言無用前提としてルスカの事を皆に話した。
「うそ……こんなチビッ……この方が、あのルスカ・シャウザード?」
「いやぁ。強ぇとは思っていたが、流石俺の
ヤーヤーも魔法を学んだ身でルスカの事を知らない筈はなく、他の者も例の絵本に出てくるルスカ・シャウザードが実際に目の前にいるのかと驚く。
その強さに惚れていたナックも、肖像画や実際に戦ったことから、もしやとは思っていたがアカツキの口から話を聞き、改めてルスカに惚れた。
たった一人、弥生だけはルスカはルスカで、恩人であり、好敵手で、特にピンと来ていないみたいだった。
◇◇◇
「あのクリストファーの爺さんの師匠だとは……心強いな」
「弟子じゃないのじゃ! いつか、あのじじいぶっ飛ばしに行くのじゃ、アカツキ」
ルスカ曰く、ただ師事しにきたが追い返したと聞かされ、クリストファーに師事していた二人は元より、その名声を聞き及んでいた者達もガックリと肩を落とす。
本人の知らぬところで、その名声は地に落ちていくクリストファーだった。
「それでは、私たちは陣営に戻ります。ゴブリンと軍が衝突するギリギリが開戦の合図です」
「わかった。気をつけろよ」
洞窟の入口まで流星とカホに見送られ、アカツキ達はラーズ軍の陣営へと戻っていった。
◇◇◇
「おいおい、まだ宴会してやがるぞ」
陣営に戻ってきたアカツキ達は、特に咎められることなく、陣内に入るとすぐに自分たちのテントへ行く。
休息もそこそこに、アカツキとルスカはゴブリン達が衝突する様子が良く見える様に岩壁をよじ登る。
「よいか、ウィンドフォールがかかっている間は、魔法も撃ち落とされるのじゃ。なるべく接近するのじゃ」
ルスカが指示している間も、アカツキはゴブリン達の動きを注視する。
「アカツキも、タイミング頼むのじゃ。これだけ広い範囲だとワシ一人じゃ無理なのじゃ」
「え? それじゃ……」
「二度魔法を唱えなければならぬという意味じゃ。ほれ、目を離したらダメなのじゃ」
ルスカの意図が分からないアカツキは、目を背けないままだが、気になって仕方ない。
日が傾きかけた頃、アカツキの視界にゴブリンの姿を捉えたと、同時に見張りからの報告で陣内が慌ただしくなる。
「アカツキ、出陣したのじゃ。予想通りじゃな、数は百程度なのじゃ」
ゴブリン達の動きが止まり、待ち構えるように各々武器を抜く。
「!! ルスカ、軍が動き出しました!」
アカツキは出陣した軍が接敵して、走りだすのを見逃さなかった。
ルスカは杖を横にして、魔法の詠唱に入る。
“闇の聖霊よ あまねく外界を蠢く影よ 我が形となれ 我が声となれ エンシャドーダブル”
ルスカの足元の影が二つに別れると、そのままルスカの形を成して立ち上がる。
今、三人のルスカが並び立った。
“風の聖霊よ 暴威の嵐気よ 我が眼前に寄るもの全てを叩き落とせ ウィンドフォール”
“風の聖霊よ 暴威の嵐気よ 我が眼前に寄るもの全てを叩き落とせ ウィンドフォール”
“風の聖霊よ 暴威の嵐気よ 我が眼前に寄るもの全てを叩き落とせ ウィンドフォール”
ルスカとルスカの影二体が、同時に同じ動きをし同じ詠唱を始めた。
ルスカの放った緑の光は、陣営の上空へと飛んで行きその刹那、魔法が発動する。
「ぐわぁぁっ!! な、なんだ!?」
「う、動けん!!」
「か、体が地面に押し付けられる!!」
陣営のあちこちで、喚き声が木霊し、テントも吹き飛んでいく。陣営はあっという間にパニックに陥る。
「ここからは、俺の出番だ!」
ウィンドフォールの効果が無くなると、ナックは真っ先に先頭を走り、動けなくなった兵士を斬っていく。
その剣は荒々しく自己流だが、動けない兵士を蹴り飛ばして地面に組む伏せると肩を突き刺すなど、なるべく殺さずに済ませていた。
「剣ならこのハイネルも負けてられん!!」
“茨の道”はハイネルを中心に陣形を組ながら突入していく。ハイネルの剣は、ナックと真逆で正眼の構えからの斬撃で、体勢を崩されると整うまできっちり退き、再び突入する。
「さぁワタクシもルスカ様に負けていられませんわ!」
“姫とお供たち”は、メンバー三人がヤーヤーを守るように盾となる陣形で、攻撃は主にヤーヤーの魔法のようだ。
“ウィンドフォール”
ヤーヤーがルスカと同じ魔法で兵士の動きや弓矢などを地面に叩きつけて、“茨の道”をフォローする。
アイシャとエリーは、素手で攻める。アイシャは相変わらず手袋をはめて鎧で覆われていない場所を殴る。
意外だったのはエリーで、既に戦意喪失して倒れている兵士を向かってくる兵士に投げつけている。
「ワシらも負けてられんのじゃ!」
アカツキに抱き抱えられたまま、ルスカは魔法を放つ。
“バーンブラスト”
直接当てると死人が出そうなので、空いた場所へ放ち兵士を吹き飛ばしていく。
「アカツキくん、危ない!」
時間が経ち陣形を辛うじて整えた兵士達が、矢の嵐を降らす。
咄嗟にアカツキとルスカの前に出た弥生が手を矢の嵐に向けると弥生を中心に障壁が現れ、矢を防ぐ。
「ちょっと大きいのいくのじゃ、皆上手く避けるのじゃ!」
ルスカが大声で叫ぶので皆が一斉にルスカの方に視線をやると、ルスカの杖から緑の光と白い光が戦場の真上に上がる。
“テンペストボルト”
緑の光と白い光が上空でぶつかると、戦場に矢を模した雷と竜巻が拡散して降りそそぐ。
戦場は敵も味方も大混乱になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます