第十一話 幼女、勝利する

 首都グルメールの中央の城の門前に辿り着いたルスカ達は、城の外壁に飾られたルスカの肖像画を見て唖然とする。


 恥ずかしさと、ワズ大公への怒りで顔を真っ赤にしたルスカは、一人ズンズンと門を突き進む。


「待て! 何者だ!」


 案の定、門兵に止められる。いくらアカツキ達がグルメールの動乱に貢献したと言っても城にすんなり入れる訳がない。

以前ルスカがセリー達と入った時は、あくまでも学校行事として許可を受けてだ。


「邪魔するな! 通せないならワズ大公を出すのじゃ!」


 止められても、尚突き進もうとするルスカに門兵が持っていた槍をルスカに向かって突き出す。

穏やかな空気ではなくなり、アイシャが助け船を出しに割って入る。


「ま、待ってください。ルスカ様も落ち着いて。ワタシはリンドウのギルドマスターのアイシャと言います。すいませんがワズ大公かダラス様にアイシャが来たとお伝え願えないでしょうか」


 アイシャは平身低頭で門兵に頼み込む。


「リンドウのギルマス~? 知るか、そんな田舎ギルドなんて! ほら、帰った、帰った」

「あ、むかっ! 田舎ギルドですって~? いい度胸してますね」


 アイシャは拳をポキポキと鳴らしながら、門兵にゆっくり近づいていく。

どうやら、助け船は泥船だったらしい。


「何やってんだ? お前ら」


 一触即発の空気の中、背後から声が聞こえて振り向くと、そこにはミラとナックが立っていた。


「いや、実はですね……」


 アカツキは今の現状をナックに語ると、腹を抱えて笑い出す。


「くくく……相変わらず、面白ぇなぁ。わかった、俺が話付けてやるよ」


 ナックはアイシャやルスカを後ろに退かせて、助け船を出す。

アカツキは泥船でないことを祈っていた。


「こいつらは、エルヴィス国王の友人達だぜ。何かあったらどうするんだ? 確認くらい取れよ」

「うるさい! ならず者が偉そうに!」

「誰が、ならず者だー!!」


 すぐにキレたナックが、門兵の顎に向かってアッパーを決めると、門兵はゴロゴロと中庭中央まで転がっていく。

助け船は泥船より質の悪い海賊船だった。


「あなたがキレてどうするのですか……」


 アカツキが額に手をあて、天を仰いでいると、何事かと他の兵士が集まってくる。


 しかし、集まった兵士の中にはナックの同僚もいる。事情を話すると兵士達は、散り散りに去っていく。


「なぁ、コイツなんなんだ?」


 ナックに吹っ飛ばされ気を失った門兵を指差し同僚に聞く。


「あぁ、昨日入ったばかりでな。というよりなんで、正門に居るんだ? コイツの担当別だぞ」


 ナックの同僚によると、人手不足でラーズ公領から回されて来た兵士らしい。


「随分と横柄な方ですね。確かにラーズ公領は大きいですが、リンドウも負けないくらいですよ。それを田舎扱いなんて」


 アイシャはよっぽど腹を立てているらしく、まだ興奮が収まらない。


「今から行く事を考えると、不安ですね」

「それより、ヤヨイーに会いに来たんだろ? 随分元気になったぜ」


 ミラは、この一件を報告しに行き、アカツキ達はナックを先頭に保護施設へとついて行った。


 保護施設は完成しており、ナックの話だとほとんどの麻薬中毒の患者がここにいるという。

ほとんどというのは、拡大はしていないものの、未だに手元にある麻薬を摂取していたり、家族がおらず摂取している事を知られていない者などがいるからだと。


「今ヤヨイーは、自分も闘いながら他の患者の世話とかもしてるんだ。元気になれば、城で雇うって話も出てる」

「ほぉ……ナック、随分と詳しいのじゃ」

「うっ! お、俺は親友としてだな、様子を見に来てるだけだ」


 顔を真っ赤にしたナックが悪態をついても、誰が見ても照れているとしか見えないし、可愛くも何ともない。


 保護施設にはベッドが並べられており、一階は男性、二階は女性と別れている。

ベッドの間には敷居がされており、プライベートの空間が保たれていた。

ナックが言うには、これは弥生のアイデアらしい。


「ルスカちゃん! アカツキくん!」


 二階から降りて来た弥生が、アカツキ達の元に駆け寄ってくる。

そして、アカツキをどさくさ紛れに下の名前で呼ぶ。


 ルスカに注意されるかなと、チラチラと弥生はルスカを気にする一方で、ルスカはジッと下から弥生を見るだけである。


「ふむ。随分と気力が戻ったみたいじゃな」


 弥生は未だに夜眠れないのか目の下にクマを作っているが、積極的に他の患者を看病するなどして麻薬に対して正面から向き合っていた。


「ヤヨイー、そこの椅子に座るのじゃ」


 ベッドの脇にある来客用の椅子に座るように促し、弥生を座らせると、ルスカは弥生に向き合う様に立つ。


“生命の聖霊よ 癒しの花よ 失われし彼の者の術に癒しを与えよ キュアファイン”


 弥生に向けた両手から白い光が発せられ、急激に収縮した小さな白い光が弥生に放たれ全身を白い光が包む。


「え? え? なに?」


 いきなりの事で軽く混乱するが、やがて光は弥生の体に入り込むように消えていく。


「気分はどうじゃ?」


 弥生は椅子から立ち上がると、先ほどまでとの違いに目を丸くする。


「体が軽い。それに眠気もない」


 弥生はその場で走る動作を見せたり、屈伸を行ったりして体の変化を確かめる。


「ヤヨイー!」

「きゃっ! ちょっと、ナック!?」


 弥生の元気な姿に思わず抱きついて来たナックを、引き離すがその顔は笑っている。


「良かったですね、三田村さん。それにナックさんも」


 アカツキは今まで心配していた分、ホッと胸を撫で下ろす。


「ルスカ、ありがとうございます」

「ルスカちゃん……ありがとう」


 アカツキは心配の種を取り除いてくれたルスカに礼を述べると、続いて弥生も頭を下げて礼を言う。

その弥生の顔は、アカツキの知る穏やかで明るい日の光のような笑顔だった。



◇◇◇



 城の中庭にある保護施設でナックは小躍りをしていた。

よっぽど三田村弥生が回復したのが嬉しいのだろう。

それを咎める者は、この場には居なかった。


「本当に良かったです。三田村さんが以前の姿に戻って」

「アカツキくんにも心配かけたね。ごめんなさい」

「ヤヨイー、大変なのはこれからも同じじゃ。体調や気力は戻っても幻覚や禁断症状などは残る。しかし、今なら十分耐えられるはずじゃ」


 弥生にもそれはわかっており、ルスカに対して強く頷く。


「あとな……アカツキをアカツキと呼んでいいのはワシだけじゃ!!」


 スパーンと小気味良い音が保護施設内に響く。


「いたーい! ちょっとルスカちゃん、お尻叩かないで!」


 ルスカに杖をまるで布団叩きの様にお尻を叩かれた弥生は、少し涙目になる。


「だから、ナックもアカツキくんの事、“アカツキ”って呼んでるじゃない! それはいいの?」

「ナックはいいのじゃ! ヤヨイーはダメなのじゃ!」


 今日は弥生も譲らない。元々人懐っこい性格の弥生は以前から“田代くん”と呼ぶ事に違和感を感じていたのだ。


「えー、ズルいよ、それ。ねぇ、アカツキくん。“アカツキくん”て呼んで良いよね? みんな呼んでるし」

「私は別に構いませんけど? 三田村さん」


 よし! と小さくガッツポーズを取る弥生。だが、弥生の違和感は他にもあった。


「もう! アカツキくんも、三田村さんじゃなくて弥生でいいよ! 他人行儀じゃない」

「いや、他人ですけどね」


 やはり以前からアカツキが自分の事を“三田村さん”と呼ぶ事に不満を持っていたのだ。

弥生の周りの人で、三田村さんなんて呼び方するのは、アカツキ位だったから。


「そこー!! 静かにしなさーい!! 場所を考えて喋りなさい!!」


 保護施設で働く恰幅のいい中年の女性に怒鳴られてしまう。


「ヒヒヒ、アカツキくんの許可貰ったもんねー」


 弥生は小声でルスカに話かけると破顔する。


「ぐぬぬぬ、アカツキ!」

「? どうしました、ルスカ?」


 しかし、ルスカは何も言わない。特に用事はなくただ呼んだだけ。


「ふっふーん! 見たか、アカツキが呼び捨てで呼ぶのはワシだけじゃ」


 してやったりと、ルスカは両手を腰にあてふんぞり返って見せた。


 アカツキがそんな二人のやり取りを見ていると、弥生がクルッと自分の方を見てくる。

弥生が何を言いたいのかアカツキはすぐにわかった。


「呼びませんよ、呼び捨てで」


 あっさり一蹴されて敗北を喫した弥生は、ガックリと項垂れるのだった。

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