第二十話 幼女と青年、帰宅する

「馬渕くんには……気をつけて!」


 弥生の言葉にショックを受けたアカツキは、気がつけばパーティーが行われている城の庭に戻って来ていた。


「おい! アカツキ、大丈夫か!?」


 足元が覚束ず倒れそうなアカツキを、見つけたゴッツォが咄嗟に肩を貸す。

そんなゴッツォの大声に気づいたセリーとアイシャが、少し遅れてルスカが駆け寄る。


「アカツキ、お前顔色悪いぞ……」


 蒼白な顔をし、目は何処を見ているのか分からない。

心配そうにセリー達が見つめる中、そのまま意識を手放したアカツキは、城内の部屋に通されベッドに寝かされる。



◇◇◇



 アカツキは弥生が麻薬を知らないうちに摂取させられたと考えていた。

それも、弥生が気心が知れた間柄に。


 真っ先に浮かんだのはアカツキや弥生と同じ転移者でクラスメイト。

しかし、その考えはすぐに頭の中から消した。


 アカツキがいたクラスには、確かに授業中にお喋りをして先生に怒られたり、毎日の様に合コン行った話をする位チャラい奴らはいた。

しかし、所謂不良と認識されるような人はいない。


 弥生の口からクラスメイトの名前が出てきたのは、アカツキの心に暗い影を落としていた。


 馬渕恭助。


 クラスメイト全員の可能性を考えていくと、一番最後に挙がる人物。

品行方正、生徒会長、超をつけるくらいの優等生、先生からの信頼も厚く、比較的真面目なアカツキのクラスで、突出して真面目な人物だ。


 もちろんアカツキと友人という訳ではないので、実際のところは分からない。が、それを除いても弥生の口から出たのは意外だった。


「アカツキ?」


 ルスカがアカツキの顔を心配そうに覗き込むのを見て、部屋にルスカとアカツキを残し全員退室する。


「アカツキ……」


 アカツキが目を覚ましたのは、翌日の事だった。



◇◇◇



「ここは……」

「アカツキー!」


 目を覚まし体を起こしたアカツキにルスカがしがみつく。


「ルスカ? 私は……」

「アカツキ、良かったのじゃ~!」


 首に回したルスカの腕が更に強くなり、アカツキは本当に心配させたのだなと理解し、ルスカを強く抱きしめ返した。


「そうですか、私は……」


 ルスカから、顔色悪くして帰ってきた自分が、そのまま気を失ったと聞かされて、ルスカを抱き締める力を強める。


「アカツキ、一体何があったんじゃ? ヤヨイーに会いに行ったのじゃろ?」


 アカツキはナックと共に三田村弥生に会った時の一部始終をルスカに話す。


「なるほどの……そのマブチとか言う奴がヤヨイーに麻薬を摂取させたわけじゃな」

「ルスカ……人はたった七年でそれほど変われるものでしょうか?」


 アカツキには信じられなかった。

誰も知り合いなど居ないと思われたこの世界で、久しぶりに会ったクラスメイトに麻薬を盛るなどと。


「アカツキ。人は変わるものじゃ。良くも悪くもな。アカツキ、お主も変わったのではないか?」


 ルスカを見てアカツキは反論出来ずにいた。

なぜならアカツキも変わった自覚はあったから。


 昔のアカツキは妹が第一だった。

帝国にいた頃は、何かと帰る事ばかり考えていた。

しかし、いつしか帰る事を諦めルスカと、こうしてここにいる。

もしかしたら自分は、ルスカを妹の代用としているのかもしれないと思うこともある。


 認めたくない。マブチの事も、ルスカに対する事も。


 しかし、まだ決まった訳ではない。

アカツキがそう思っただけかも知れない。

弥生がどういう意味で言ったのかも聞いていないのだ。


 もう一度会う必要があるかもしれないと、アカツキはルスカを離すと、ベッドから起き上がろうとする。

ルスカは寝ていろと言うが、やはり一刻も早く聞いておきたいアカツキはルスカを振り切る。


「ふむ、ならワシも会いにいくのじゃ」

「ルスカも?」

「当然じゃ。アカツキはワシのパートナーじゃ! また同じように倒れられたら嫌なのじゃ」


 手で壁づたいに歩きだすアカツキの後をルスカは追う。他の人達も心配する中、二人は弥生のいる老婆の家へと向かった。



◇◇◇



 老婆の家へと着いた二人は、ナックに出迎えられ家へと入る。


「アカツキ! 心配したんだぜ、って、俺の女神様死神まで」

「悪いが今はお主に用は無いのじゃ、ヤヨイーに会わせてもらうのじゃ」


 ナックに構わず、アカツキが弥生の居る部屋に続く地下への階段を床をはがして見せるとルスカを先頭に地下へと降りていく。


「ここじゃな」


 階段を降りてすぐにある扉を開けると、ルスカは遠慮無しに部屋に入り、ナックに背中を支えられながらアカツキも部屋へと入った。


「邪魔するのじゃ」


 ベッドの上でうずくまり、三角座りしていた弥生は、突然部屋に入ってきた幼女に視線を移す。


「あの……」

「お主がヤヨイーじゃな?」


 ベッドに許可無く上がり隣の自分を見てくる幼女に戸惑いを隠せない弥生が視線を下に移す。

しかし、いきなり顔を掴まれ、無理矢理幼女の方に向かされると、幼女の顔が息のかかる位置まで寄ってくる。


「ふむ……」

「ちょっと、ルスカ!」

「少し黙っておれ!!」


 用を終えたのかルスカは、顔から手を離しベッドを降りて部屋をグルグルと歩き回りだす。


「ルスカ?」


 アカツキの声で足を止め、ルスカはナックへと向き直す。


「ワシは専門家ではないが、他の麻薬患者に比べてずっと良いのじゃ。ヤヨイー、それにナックも頑張ったのぉ。このまま我慢すれば依存や後遺症の多少は残るが、ワシの魔法で回復させてやれるのじゃ」

「おおお! 本当か!? やったな、ヤヨイー!」

「うん……」


 依存や幻覚等は残るが頻度は今までに比べてグッと減ると聞き喜ぶナックと弥生。

アカツキはルスカを抱っこすると力強く抱き締め、お礼を言った。


「ねぇ……田代くん……その子、田代くんの子供?」


 弥生の言葉に部屋の空気が凍るのをナックとアカツキは感じる。

ルスカはアカツキの腕の中で体を震わしていた。


「ワシは……ワシは、アカツキの保護者じゃ~!!」

「違いますから、私の子供でも無いですから」


 アカツキはルスカと出会った経緯を弥生に事細かに話をして納得してもらった。


「ところでヤヨイーよ、お主に麻薬を摂取させたのはマブチという奴なんじゃな?」


 唐突に突きつけた言葉に弥生だけでなく、ナックやアカツキも黙ってしまう。

ルスカは、アカツキの腕から抜け出しアカツキから降りていく。


「話をしたくない気持ちは分からなくないが、いいのか? もっとお主みたいな被害が出るのじゃぞ?」


 勇気を振り絞り弥生は、唇を震わせ懸命に話をしようとするが声が出ない。

被害が増える、そう聞いた弥生も話をしようと必死なのはこの場にいる全員がわかった。


「ふむ、そのままで良いのじゃ。ワシの質問に頷くか首を振るだけでよいのじゃ」


 弥生は苦しそうな表情が和らぎ、頷く。


「まず、ヤヨイーに麻薬を摂取させたのはマブチか?」


 弥生は頷く。


「ふむ、ではこれは見たことあるか?」


 ルスカが懐から出したのはルメール教のメダル。ワズ大公に一度渡したのだが、調べたいことがあると預かっていた。


 弥生は頷きもせず、首を振る素振りもない。明らかに何か考えている様子だ。


「少し見た気がする、そんなところか?」


 弥生は、頷く。


 マブチの裏にルメール教が、そうルスカは考えたのだろう。

しかし、却ってアカツキに疑問が沸く。

何故、ルスカはすぐにマブチとルメール教を結びつけたのだろうか? と。


「ルスカ……」

「ああそうじゃな、アカツキにはまだ話をしていなかったのじゃ。昨日アカツキが留守の時にメダルを調べておったらな、ほれ」


 ルスカはメダルを弄り始めると、メダルの裏側が取れた。

そして、ルスカはアカツキに外れたメダルの内側を見せると、そこには何やら紋様が描かれている。


「これは、魔法反射を道具に刷り込む時の紋様じゃ」


 魔法反射。動乱の最中、ワズ大公を説得し終えてグルメールに戻った時に襲ってきたフードの連中。

その内一人が、ルスカの魔法を反射させたのだ。


「じゃあ、あれはルメール教の連中だったってことか!?」


 その場にも居合わせたナックも驚くが、一番驚いたのはアカツキだ。

疑問だった。あのフードの連中が何故自分達を襲ったのか。


 あの場には、アカツキとルスカとアイシャの三人。

アイシャはリンドウのギルドマスターだ、知っている者もいるだろう。

しかし、グルメールに用事があり来たのだと普通は考えるだろうし、グルメールギルドの人達はアイシャが来ているのは知らなかった。

ルスカはどうだろうか? 正体を知っていれば襲ってくる確率は高いが見た目はただの幼女だ。

となると、一番可能性があるのは……


「気づいたようじゃの?」


 アカツキとマブチ、ルメール教と麻薬、弥生とマブチ、弥生と麻薬。

結果、ルメール教とマブチが繋がりが見えてきた。



◇◇◇



 城の一室に戻ってきたアカツキとルスカ。

明日に帰宅を迎え休みたい所だが、アカツキはベッドの中でグルグルと頭の中が渦巻いていた。


「アカツキ、考えても仕方ないのじゃ。手がかりも無い上、恐らく奴らはもうこの国を出ている可能性が高いのじゃ。麻薬の事を皆に知られたからのぉ」


 ルスカの言う通り、裏で暗躍出来なくなったこの国に用は無いだろう。


「それに、アカツキにはもう一つ目的があるじゃろ?」


 そうだった、明日帰り際にアカツキがエルヴィス国王にお願いしていたものが来る。

ベッドで少しにやけるアカツキを、ルスカは見ないようにアカツキの胸に顔を押しつけ眠り始めるのだった。


 翌日、アカツキ達はリンドウに帰宅するためにエルヴィス国王やワズ大公らに見送られ出発する。


 アカツキ達を乗せた馬の後ろには、荷台に石をたくさん乗せた馬車がついてくる。


 そう、エルヴィス国王にお願いした窯を作ってもらう職人が。一流の王家御用達の職人が。



◇◇◇



 アイシャはアカツキに遅れる事、一週間後リンドウのギルドに戻ってきた。


 グルメールギルドの再建を手伝っていたのだ。


「マスター、お帰りなさいませ!」


 受付のナーちゃんの声を聞き、何故かどっと疲れが増したアイシャ。


「昨日、アカツキさんがマスターが帰ってきたら、これを渡してくれって」


 ナーちゃんから一枚の紙切れを受け取り、中身を見る。



──請求書──


リンドウギルドマスター アイシャ・カッシュ殿


窯、かまどの作成費用、出張費、銀貨二十三枚也。



 請求書にはアカツキの一言が添えてあった。


“今回の依頼の報酬分です。かまどは依頼が想像以上に大きくなったので追加分になります”


 アカツキ達への正当な報酬銀貨一枚、エルヴィス国王からの褒賞銀貨二十枚、ただしアイシャ個人にではない。出費銀貨二十三枚(二百三十万円相当)。


 アイシャは、その場で卒倒したのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る