第三話 幼女と青年、厄介事が洒落にならなくなる

「アカツキ、まだ支えといて欲しいのじゃ」

「は、はい!」


 ルスカは天に向けた杖を戻すと、魔法で出来た土壁がゆっくりと崩れ出す。


 素早く土壁の左端方向に杖の先を、右端方向に手のひらを向けると、杖と手のひらの先から黄色の光が輝き出した。


“ストーンバレット”


 土壁を回避したと思われる二頭の馬が、土壁の端の左右から現れる。

しかし、それを読んでいたルスカの手のひらと杖から地面に落ちた黄色の光は、無数の石礫いしつぶてに当たり、回転速度を増して飛んで行く。


「ぎゃあっ!」

「あべっ!」


 飛んで行った石礫いしつぶてが、顔に胸にめり込んで馬から転がり落ちると、ピクリとも動かなくなった。


 一息吐き両手を戻すと、アカツキの顔を見上げる。

魔法の土壁は元通りというわけではないが、砂となり地面へと帰っていく。

終わったはずなのに、ルスカを支えるアカツキの腕の力は込められたままだった。


「終わったのじゃ、アカツキ。……アカツキ?」

「あ、はい。お疲れ様です、ルスカ」


 リンドウの街で見たレベルとは桁違いのルスカの魔法。

呆気に取られると同時に自分の無力さを痛感していた。


 ピクリとも動かなくなった男の側に馬を動かすと、アカツキは生唾を呑み込んだ。


 死体などローレライに来てから、帝国でギルドの一員として働いていた時から何度も見てきた……が、死体よりも目の前にいるルスカに畏怖を覚えた。


「本当に悪人だったのでしょうか?」


 アカツキが死体を見てポツリと呟く。

もし、この男が追っていた馬車に乗っている人物の方が悪人だったら……

そうなると眼下で倒れている男に罪はない。


「心配いらぬのじゃ、アカツキ。こやつらは悪人じゃ。手首見るのじゃ」


 ルスカが指差した倒れている男の右の手首には、重々しい金属の輪っかがはめられていた。


「もしかして、これが奴隷輪ですか?」


 ルスカは頷くが、奴隷輪は奴隷の証ではあるものの、悪人の証ではない。

それはアカツキも、そしてルスカも勿論分かっていた。


「問題はこやつらが追っていた馬車じゃ。あの馬車は……」


 その時、後ろから馬のいななきが聞こえる。

後ろを振り返った二人は、先ほど追われていた馬車がこっちに向かってくるのが見えた。


「アカツキ、ひとまずあの馬車の所に行くのじゃ」


 アカツキは手綱を引いて馬を馬車に向けると、ゆっくり近づいて行った。


 馬車を改めて見ると、純白と言うに相応しく白く彩られ、縁は金と宝石で飾られている。

中に乗っている人物の身分が、馬車を見るだけで想像するに難くない。


 御者が降り馬車の扉を開けると、中から出てきたのは、シルクのように艶のある布で織られた白いドレスを着た女性。

いや、まだ顔立ちに幼さが残る。年は十六、七といったところか。

しかし、整った顔立ちに複雑に編み込まれた黒髪、ハッキリ見えるうなじが色気を醸し出している。

胸元には豪華なネックレスが開いた胸元の白い肌に映えていた。


 女性は、丁寧に手を前に置き深々とお辞儀をする。


「助けて頂き感謝致します。これほどの魔法を使う人は見た事が御座いません。余程ご高名な魔法使いの方だとお見受け致します。よろしければお名前をお伺いしても宜しいでしょうか」


 女性はアカツキに向かって尋ねたのは、魔法を使ったのはアカツキだと思ったからだろう。

アカツキは馬から降りルスカも馬から降ろすと、自分の胸に手をあて頭を下げた。


「ご丁寧に有り難う御座います。ですが、魔法を使ったのは私では御座いません。ここにいるルスカです」


 ルスカの見た目に驚いたのか、女性は見定めるようにルスカの頭から爪先までじっくりと見る。


「ルスカ……もしや、ルスカ・シャウザード?」

「そうじゃが?」


 女性は突然地面に膝をつき、天を崇め涙する。


「ああ……これぞ、天の助けです。これでこの国は救われます……」


 女性の中で自己完結してしまっている様子を見て、腹を立てたルスカは、杖で女性の額を突く。


「何を浸っておるのじゃ! 大体、お主は誰なのじゃ!」


 女性の額が突かれた瞬間、御者が腰の剣を抜くのを見たルスカは目付きを強める。

あわやと言う所で、女性が御者を制した。


「名乗りもせずに申し訳御座いません。私は、このグルメール王国の第二王妃の娘でリュミエール・マイス・グルメールと申します」

「お、王女様?」


 ルスカが察した通り、ただの馬車ではなく王族の馬車を追う奴隷。奴隷が主人の命令無しにこんな事をするはずがない。


「改めて、私はアカツキです。ルスカの事を知っているようですが、それは何故でしょうか?」

「アカツキ様。ルスカ様の事は我が国では絵本になっていて、英雄としてと扱われております。と、言っても王族しか見れませんが」

「え、絵本じゃと?」


 まさか自分のことが絵本で描かれているとは思わず、驚く。


「ただ、絵本では壮健な老婆として描かれてまして……」


 リュミエールはルスカから視線を外し小声になっていく。

しかし、ルスカにはしっかりと聞こえており顔を真っ赤にして怒り、地団駄を踏む。


「し、失礼なのじゃ! こうなったら城ごと本をぶっ飛ばすのじゃ!」


 怒り心頭のルスカを後ろから抱えあげなだめる。


「まぁまぁ、ルスカ落ち着いてください。それより王女様を狙った心当たりはあるのですか?」


 下手をすると権力闘争に巻き込まれるが、放っておく訳にもいかない。

奴隷を使ったのは、首謀者に辿り着かないようにするためだろう。


「恐らくですが、第一王妃様と思われます。私の弟が第一継承権を持っていますから」

「やっぱり権力闘争ですか……」


 予想してはいたものの、落ち込むアカツキ。しかし、アカツキは、肝心の弟が居ない事に疑問に思う。


「その弟さん、王子様があなたと一緒に居ないのは?」

「弟は既に城から逃げ出ました。私のお付きだった女性と一緒に。その……父が弟を奴隷に落とそうとしたので」


 リュミエールの父。つまりはこの国の王。想像以上の斜め上な話にアカツキは天を仰ぐのだが、ルスカは何かを考えていた。


「ルスカ、どうかしましたか?」

「ふむ。アカツキ、どっかで聞いたような話なのじゃ。王女よ、そのお付きの名前は何と言うのじゃ?」

「え? ミラージュです。私はミラと呼んでましたが」


 アカツキとルスカは二人して天を仰ぎ、軽く頭痛がして目頭を押さえる。


「アカツキ……」

「それ以上言わないで下さい。益々頭が痛くなります」


 前のクエストで拾ったミラとパク。ミラがそのミラージュだとすると、パクは弟ではない。

何より、これから調べる予定のミラとパクを奴隷商に売ろうとした麻薬中毒の父親。


 ミラではなくパクの父親だとすれば、それは国王になる。

どうしたものかと、アカツキとルスカはお互い顔を見合せ肩をガックリと落とすが、話さない訳にはいかない。


「そのミラとは私達は面識があるかもしれません。王女様、パクという少年に覚えは?」

「パク……? あのパクは、私が城で飼っている鳥の名前ですが……」

「偽名じゃな」

「偽名でしょうね」


 再び顔を合わせる二人は、確信めいたものを感じ、益々頭が痛くなる。


 事情を知らないリュミエールは、ただ首を捻るのだった。

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