閑話その一
セリーside 小さな恋の物語
リンドウの街の大通り沿いにある“酒と宿の店 セリー”ここが今回の舞台である。
豪快な声で笑い、背は低いが大きな肩幅に、顔の下半分にたっぷり蓄えられた髭の男性は、この店の店主でドワーフのゴッツォ。
ヒラヒラと舞う白いリボンを後ろ髪に括り、スリッパのパタパタという足音が忙しなく店内に響かせている。
父親に全く似ず、愛らしい表情と間延びした声のこの店の看板娘、人間とドワーフのハーフの女の子セリー。
セリーが今回の主役である。
◇◇◇
「はぁ……」
宿の受付に立ちカウンターに顎を乗せて、小さくも深いため息を吐くセリー。
「アカツキさん、格好良かったなぁ……」
セリーは、以前アカツキが自分に見せた執事の様な挨拶に見惚れてから、何度も思い返していた。
まるでお姫様かお嬢様になった気分になり、思わず口元が綻ぶ。
「セリーお嬢様、おやつの時間でございますぅ」
「うむぅ、苦しゅうない」
受付のカウンターを挟んで、一人芝居を始めるセリーだが、どうやらお嬢様のイメージが間違っていた。
そして、再びカウンターに顎を乗せ小さく深いため息を吐く。
同じことを繰り返し、朝から既に三度目だった。
「はぁ……」
セリーにとって、アカツキは初恋だった。
◇◇◇
「ただいま、戻りました」
「……ただいま」
セリーが四度目の“執事とお嬢様ごっこ”を終えた頃、買い出しに出掛けていたミラとパクが戻ってきた。
セリーはミラをじっと見つめている。
ミラのアカツキへの気持ちを唯一知っている自分としては、気になって仕方がない相手だ。
「うん、やっぱり私の方が可愛いですぅ」
セリーは小さな声で独り言を呟く。
ミラは特に美人と言うわけでもなく、スタイルも細いが愛らしい表情をしていて、客からの人気も上々だ。
「お母さんがそうだったから、きっと私も大きくなったらおっぱいも大きくなるはずですぅ……」
「セリーちゃん、何か言いました?」
「何も言ってないですぅ」
ミラは首を捻り気のせいかと、買い出した物をゴッツォに渡しに厨房へと行く。
「問題は年齢ですねぇ」
セリーは今年で十歳。この世界ローレライは、十五歳で結婚が可能だ。
ミラは今年で十七歳になる。既に結婚出来る年齢なのだ。セリーは油断出来ないと、勝手にライバル視していた。
「アカツキさんはぁ、鈍いから気づいてないはずですぅ」
独り言をぶつぶつ呟きながらカウンターに顎を乗せるセリーを、パクは生暖かい目で見ていた。
◇◇◇
「セリーちゃん、受付代わるのでパクと遊んであげて下さい」
最近セリーはミラ達が来てくれたお陰で、首都にある学校にも通える様になり、年相応に遊びにいける様になっていた。
セリーとしては有り難いのだが、やはり他人に自分の店を任せて遊んでいてもいいものなのか考えてしまい、どうしても渋ってしまう。
「セリーちゃん……行こ」
パクはセリーの手を取り軽く引っ張る。
セリーはやれやれといった表情を見せながら、パクと手をしっかり繋ぎ外へと遊びに出る。
セリーが渋り、パクが連れだそうとして結局遊びに行く、これは、ここ最近いつもの風景だった。
「いってらっしゃい」
ミラに見送られ、セリーとパクは仲良く手を繋ぎ大通りを歩いていく。
セリーはパクの顔をチラリと見ると、いつもどこかおどおどして幼い表情に苛立ちを覚える。
別にパクが嫌いな訳ではない。しかし、セリーの中で男の子はもっとしっかりして頼りがいがあるべきだと。
パクの年齢は、セリーの三つ下の七歳。
わかってはいるが、弟の様に思うからこそ、パクにはもっとしっかりしてほしかった。
セリー達は、公園と言うか、小さめの空き地にやって来た。
街の外には子供だけでは出れないので、街の子供達は大体この空き地に集まってくる。
この日も空き地にはセリーの見知った顔がちらほら見える。
「パクくん、今日は何して遊ぼうか?」
「うーん……」
はっきりと答えないパクに少し苛立つも我慢して返答を待っていると、三人の子供がセリー達に向かっていく。
「おーい、セリー!」
声をかけたセリーより背の高い男の子と、互いによく似た双子の男の子と女の子。
以前からセリーと遊ぶ、仲の良い三人組だ。
「セリーとパクも、俺達と遊ぼうぜ!」
この中で最も背の高い男の子はハリーといい、リンドウの街の子供達のボス的存在でもあり、やんちゃでも有名だ。
「パクちゃん、今日も小さいねえ」
「ほんとだねぇ」
今パクの頭を撫でているのは、双子の姉のユーキ。同意したのは弟のユーリだ。
二人は、とても中性的な顔立ちで、二卵性ながら良く似ており、親も分からない時があるそうだ。
唯一見分けるには、ユーキは左手にユーリは右手に、親が作ったミサンガみたいな編み込まれたブレスレットを着けている。
たまに入れ替えて、困らすイタズラ好きな面もある。
いつも三人一緒で年齢も十一歳と、セリーの一つ上だ。今までは、たまにしか遊べなかったセリーだが、ここ最近は何かと一緒だった。
「今日はさ、以前から計画していた遊びをやろうと思うんだけど、セリーとパクも来るよな!?」
ハリーは余程楽しみなのか目を輝かせ、セリー達を誘う。セリーも面白そうだとついていく事にした。
◇◇◇
セリー達が来た場所、それは西門近くにある大きな屋敷の前だった。
「うわぁ、大きい家だぁ。ねぇ、パク」
パクは屋敷の前を行ったり来たりと見てまわり、セリーもその大きさに目を輝かせながら、隅々まで目に焼き付ける。
今度はこの屋敷を舞台に“執事とお嬢様ごっこ”をする為。
「へへ、実はこのお屋敷、ずっと空き家なんだよ。こないだ父子連れが購入するのか、犬の獣人の仲介業者と話をしているのを聞いたんだよ」
ハリーは、どこか誇らしげに話をする。
ハリーの言う犬の獣人と父子連れ。あのギルマスといつもの二人である。しかし、それをセリーが知るはずもなく。
「ハリー、もしかして侵入するつもりなのぉ?」
「当ったり~!」
「当ったり~!」
ユーリとユーキが答える。この二人もノリノリのようだ。
セリーは、困惑する。
入って屋敷の中がどうなっているのか見たいし知りたい。
だけど、怒られるのは怖い。
どうするか悩んでいる内に、いつの間にかハリーが門の鉄柵に足をかけよじ登ろうとしていた。
「ハリー、やっぱ──」
「ダメ!!」
ハリーのズボンに手をかけ、よじ登ろうとするのを止めたのはパクだった。
「ダメ、絶対!! セリーちゃんも止めて!」
パクの今まで聞いたことの無い大声に一瞬固まるが、セリーもユーキとユーリを引き止める。
「パクッ、離せよ!!」
ハリーが苛立ち、足でパクを蹴る。
しかし、パクは怯むどころか、力一杯引いてハリーを門から引き下ろした。
「いてぇっ! パクッ、てめぇ!」
尻餅をついたハリーは、パクに飛びかかり胸ぐらを掴む。
セリーはユーキとユーリを放ってパクを助けようとするが、足が止まる。
ハリーが、胸ぐらを掴んだまま動かないのだ。
ハリーはパクの気迫に負けていた。
今までのおどおどした表情ではなく、絶対に退かないという意思の強さ。
ハリーがどんなに睨んでも、その気迫溢れる眼力の前に怯んでしまう。
「くっ……ちょっとぐらいなら──」
「絶対にダメ! あの門にある紋様。あれ、王族の紋様だよ! 子供のわた──僕達は怒られるだけで済むけど、お父さんやお母さんは違いま──違う! 下手をしたら捕まるし、しばらく帰ってこなくなりますよ!」
ハリーとユーリとユーキは、流石に親が捕まると聞きショックを受けて、完全に萎えてしまう。
セリーも驚いて固まっていたが、意味が違った。
身体も大きく年上のハリーに対して、一歩も退かないパクの姿に見惚れていたのだ。
「パクくん……アカツキさんより、かっこいいぃ!」
セリーのパクを見る目が完全に今までとは変わっていた。
「私、パクくんと結婚するぅ」
セリーの初恋は終わり、セカンドラブが始まる。
◇◇◇
「へっ……くしゅん!!」
「わっ、アカツキいきなりビックリしたのじゃ」
「す、すいません……風邪かなぁ」
アカツキは、鼻をすすりながらルスカのパンツを洗濯していた。
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