第5話 ノーパンの幼女、青年と街へ行く

 アカツキはルスカを抱えて、馬に乗せると手綱を持ちながら歩いていく。


「アカツキ、アカツキ。何で馬に一緒に乗らぬのじゃ?」

「長く砂漠を乗せて貰ったので、疲れているでしょうから、無理はさせたくないのですよ」


 そう言うと、アカツキはルスカに微笑みかける。


 些細な会話をしている時、突然馬が歩みを止めて動かなくなった。


「どうかしたのですか、お馬さん」

「ぬっ!?」


 もちろん馬が答えるわけないが、代わりにルスカの普段の垂れ目が鋭くなり、白樺の杖の先を前方へと向けた。


「ルスカ?」


 ルスカの行動がわからずアカツキは戸惑いを見せるが、

ルスカは構わず杖の先端に白い──

いや、白銀と言えばいいのだろう光を集め前方へと投げる。


“シャインバースト”


 使った魔法は光の魔法。

まばゆい光と共にアカツキの目に飛び込んで来たのは、森の中に写る巨体の影。

光が収縮を始めるとそれに巻き込まれる形で影も収縮していく。

光が消えた時、その場所には森以外何も残っていなかった。


「な、何が居たのですか?」

「魔物なのじゃ。ま、何の魔物かは知らんのじゃ」

「なっ!? 駄目でしょ、ルスカ!!」


 魔物の気配を感じ取り先制を仕掛けたルスカだが、思わぬアカツキからの叱責にたじろぐ。


「もし、人が居たらどうするのですか!? あんな危険な魔法を良く確認しないで!」


 無言のままのルスカは、アカツキをじっと見ていたが、やがてその目はゆっくり潤んでくる。

その堤防は低くてすぐに決壊してしまい、ボロボロと涙が溢れていく。


「うううっ……だ、だってぇ、あ、アカツキが危ないって思ったのじゃぁ、危ないってぇ……ぐすっ」


 うわぁーん、と大声で泣き出したルスカ。

森に響くその泣き声は森の静寂を打ち破る。

アカツキの表情はそのままだが、ルスカを抱えて馬から降ろすと、しゃがみこんで目線を合わせて頭に手を置いた。


「ルスカ。私の身を案じてくれたのは嬉しいですが、

今度からは周りに人が居ないか確認する様にして下さいね」

「うう……わかったのじゃ……だから、アカツキ。そんなに怒らないでなのじゃ……ぐすっぐすっ」


 アカツキは頭に置いた手で撫でてやると、ルスカは目を細めて、泣き止み始める。

 空間の亀裂から飴玉の瓶を手にすると、中からイチゴ味の飴玉を一つ取り出し、ルスカの艶やかな小さい唇に当ててやると、涙を袖で拭きながらアカツキの指ごと食らいついた。


 年相応の喋り方なだけで、見た目も中身も幼女のルスカに、ちょっと生意気になってきた時の妹の姿を重ねたのか、アカツキはルスカを抱きしめてあげた。


 ようやく泣き止み再び馬の背に乗せると、ルスカは口の中の飴玉をコロコロと転がしながら上機嫌に変わりつつあった。


 馬の手綱を持ち、歩み始めると、先程まで魔物が居たであろう場所を見たアカツキ。

見た目も中身も幼女だが、その力はとても強い。

そのアンバランスさに危うさをアカツキは感じたのだろう。

ゴクリと生唾を飲む音が森の中で聞こえた。



◇◇◇



 森を南へと進んでいくと、目の前の視界が開けてくる。

開けた視界の先にはそこそこ高い壁が見えており、近づくとちょっとした城門だとわかる。

更に近くで見ると所々亀裂があり、入り口であろう門の前には数人の人が列を作って待っていた。


「ようこそ、リンドウの街へ。お荷物確認させて頂いてもよろしいでしょうか?」


 アカツキ達も列の最後尾に並ぶと、前に並んでいた人達はどんどん中に入っていく。

すぐにアカツキ達の番になり、門番だろうか安っぽい鎧に安っぽい槍を持った男が、意外と丁寧な口調で話しかけてくる。


 やましい事などない。

アカツキが許可をあっさり出すと、門番は、まずはアカツキの荷物から、そしてルスカの荷袋に手をかける。


 アカツキはルスカの荷物の中身を知らない。

少し緊張した表情になるが、門番が取り出した荷物は本が二冊だけ。

それぞれ青い表紙の本で、古いものに見えるが折り目や破れた所は無い。

二冊の本はルスカの物なのだろう。


 しかし、問題なのは勇者パーティーはルスカを二冊の本のみで、砂漠のど真ん中に置いていった事だ。

アカツキの表情は、険しく眉間にしわを寄せていた。


「はい、確認出来ました。お通り下さい。お嬢ちゃんもゆっくりして行ってね、お父さんと」

「おと……!?」


 アカツキは、十七の時にこの世界に転移してきた。

それから、六年。

元の世界と同じこよみなら二十三である。


 この世界の成年は十五。

確かに六歳の娘がいても何ら可笑しくはない。

しかし、元の世界の感覚が抜けていないアカツキにはショックだったのだろう。


「これは、ちょっとオデコが広いだけ……広いだけだ」


 表情は暗くオデコに手を当てながら、ブツブツと呟きながら歩みを進める。


「アカツキ、アカツキ。しっかりするのじゃ!」


 ルスカの声にハッとしたアカツキは辺りを見回すと、既に街の半ばまで大通りを歩いてきたみたいだった。


「すいません、ルスカ。ちょっとショックだったので」

「安心するのじゃ。実際はワシの方がアカツキより年上なのだから、父子と言うより母子なのじゃ。あの門番の見る目が無いだけじゃ」


 門番の男に見る目があったら、親子とは思わないはずである。

ルスカの慰めは慰めになっていないのだが、アカツキはそれに気づきながらも

「ありがとうございます」

と、ルスカに笑顔を見せた。


「それで、これからどうするのじゃ?」


 アカツキは「そうですね……」と辺りを見回し、街を確認する。

建物は高い物でも二階建ての石作りの家がほとんどだ。

唯一、三階建てになっている建物には、冒険者ギルドを印す三本の剣がクロスしている看板が掲げられている。

街の雰囲気は、のんびりとした空気が流れており、想像した以上に店も多くあった。


 アカツキは、一軒の服屋に目を止める。


「あそこに行って、ルスカのパンツを買いましょうか」

「パンツ……そう言えばお股がスーッスーッするのじゃ。すっかり忘れていたのじゃ。あそこにはグリゼのパンツはあるのか?」


 アカツキは店に許可を貰い、馬を柱へ繋げるとルスカに両手を伸ばしてやると、飛びついてきた。


 二人で店に入り、パンツを探す。

いち早く見つけたのはルスカだ。

見つけたのは熊のマークの商品棚。


「あったのじゃ~。グリゼのパンツじゃ。ほら、アカツキ!」


 ルスカは、アカツキに熊のマークが施されたパンツを広げて見せる。

アカツキの横には若い女性の店員がおり、その冷ややかな視線が突き刺さってきた。


 気まずい雰囲気に耐えられなくなり、ルスカの元へ行き他にも服を数点選ばせる。


「ありがとうございます。服が二点とパンツが三点で、計銅貨五枚になります。って、あのー、お客様?」


 店員が怪訝そうな顔をするので、ルスカの方を見るとその場でパンツを履いている最中だった。


「ん? なんじゃ? ワシの着替えをジロジロ見よって」

「ルスカ、あそこに試着室があるでしょう?」

「あのー、お客様。そうではなくて、娘さんにパンツ履かせていなかったのですか?」


 店員と全く意図の違う二人の会話に、店員は益々怪訝な表情になってくる。


「ん? ワシはアカツキの娘じゃないのじゃ」


 ルスカは、パンツを履きながら親子じゃないと否定する。

先ほどのこともあり、アカツキに気を使ったのだろう。

しかし、これは悪手である。

店員から見たら親子ではない幼女が、パンツを今まで履いていないとしか取れないのだから。


「警備兵を呼んだ方がいいかしら?」


 顎に手を当てながら悩む店員に、アカツキは慌てて事情を説明する。

ルスカはお嬢様で、アカツキはお供で、着替えが無くなり、仕方なくパンツを履いていなかったのだと。


 ルスカの口調は、一見したら生意気なお嬢様にも見えなくない。

しかし、地味な服装もあり未だに疑いの目のままだ。

アカツキは誤魔化すように笑いながら、銅貨五枚を置いて商品を受け取ると、ルスカを脇に抱えて店を出た。


「アカツキ、どうしたのじゃ? 突然」


 慌てて店を出たアカツキを見て、ルスカは聞いてみたのだが、どう考えてもルスカの親子じゃない発言が原因だった。


 そんなことを歯牙にもかけていないルスカの表情に、アカツキは頭を撫でながら少し困った表情を見せる。


「知らない人には、“親子”としといた方がいいのかもしれませんね」


 アカツキは空いた手で自分のオデコを触りながら、独り言を言った。

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