7月28日 午後6時58分 官邸

「で、欠論は出たのかね?」

 官房長官が陸上幕僚長と国家公安委員会委員長に尋ねた。

 官房長官が粘着質で頭の悪そうだが本質をついたネット記者の質問と2時間ばかり悪戦苦闘している間に、事態は急変した。

 実際戦っているのは、陸上幕僚長と国家公安委員会委員長ではなくて、山川陸将補と警察庁長官だった。

 論理的かどうかは別にして、物理面では山川重五郎が全てにおいて圧倒していた。

 声量、押出し、態度、大机に侵犯している面積。

「これは、国家の喫緊の事態です。しかもこれは明らかな、アンブッシュ(待ち伏せ)です」

 山川は専門用語を出せば、優位に立てると思っているらしい。

 鷺野はモニターとここ一時間にらめっこだったが、おかしくて、くすっと笑った。

「隊長」

 小声で佐竹三曹が諌める。

 それを無視し鷺野はネットでのウィルスに対しサーチ&サーベイランスを進める。

みさお士長、これでパターン幾つめかな」

「検知できた全サーバー、システムのを加算するのでしょうか?」

「いや、もう概算でいいよ、電力会社と鉄道会社とメディア関連ぐらいで」

「ハイ、今も増加中ですが概ね二万と三千ちょっとです」

「了解」


「おい、そうだろう、鷺野、お前が喫緊という言葉を再三再四使っとったっじゃないか」

 思わぬ飛び火が飛んでくる。

 警察庁長官も負けていない。

「このような大規模テロに対処すべき部隊が存在します。SATです。米国にも研修を受け同程度もしくは日本の真面目な気質から言って、日本のSATのほうが練度技量は上です」

練度れんどぉっ!?」

 山川には聞き慣れた自衛隊用語が飛び込んできた。

 警察庁長官は少ししまったという顔する。

「練度は日本の自衛隊が世界で一番だ。それこそ日本人の気質をもってすればだ。なんだあの泣き叫んで状況報告も出来なかった埼玉県警の警察官は」

「今、どこの組織があの柏原3-25-11を封鎖していると思っとるんだ。埼玉県警だ!!」

「封鎖しとるんじゃないだろう、怖くて、入れんのだろう。違うか!」

 もう二人は掴みかからんばかりだ。

「山川さん、やめてください」

 陸自のくらいの上でも役職でも山川より上のはずの陸上幕僚長が言った。

「山川さんだ?」

 今の山川を御せるものなど誰も居ない。

「貴様なんぞ、防大の棒倒しでボコボコにされて泣いとったではないか?」

 一瞬どころか、かなり陸上幕僚長がぐっと大きく詰まる。

 また、鷺野がくすと笑う。幹候でもそうだったが防大の連中はやたら棒倒しのことを持ち出す。またメディアもわかりやすいせいかすぐに取り上げる。兵学校伝統の棒倒し。スパイまで派遣して相手の中隊に対し勝ち負けを競うらしい。実際の戦争にはルールなんかないのにルールがある棒倒しを競っていることがおかしくてたまらないのだ。勝利したと言っても所詮はルールに守られた上であろう。実際のテロや戦争で棒倒しのように相手はルールを守ってくれるのか。

 否、徹底してコチラの嫌がることをしてくる。

 防大で朝起きて棒そのものがなかったらどうする?。

「レンジャー部隊を投入するつもりなのですか?」

 陸上幕僚長が階級も役職も完全に下の山川に丁寧語で尋ねた。

「そうだ」

 山川重五郎の胸にピカピカ光るダイヤモンドをあしらったレンジャー徽章が眩しい。

「バカバカしい。戦争でも始める気かっ?」

 と警察庁長官。

「もう始まっとるよ、数時間前に四国上空で戦後初の空戦だ。勝ったのか負けたのかわからんが」

 航空幕僚長が露骨に顔しかめる。

 あんな低空で行われたデチューンされてるかもしれない輸出用かパッチもんの最新鋭ジェット機の飛来と空中戦だ。しかも昨今は誰もが動画まで録画できる機器を携帯している。

 ネットでは宇和島沖航空戦とか、伊方原発絶対阻止線とか、ハッシュタグ付きで飛び交っている。遅れに遅れた夕方4時過ぎの官房長官の定例記者会見も半分その件についての質問だった。

 ウィーバー22はベイルアウトしパイロットは無事だったが機体は派手に火を吹いて、豊後水道に墜落した。中国艦載機については警察と自衛隊が付近を封鎖して破片を共同で這いつくばって拾いまくっているという噂だ。

 当の鷺野もウィルスをモニターにしがみついてたった三人で数えているんだから同様だ。

 もちろん、官房長官は全否定した。全ての質問に若干の皮肉を織り交ぜ、質問者の弱点を付きつつ、完全否定。こちらのほうがまさにマーシャルアートや表現としてのアートと呼んでもいい技術だ。 


「きみはどうも思うんだね」

 飛び火でなく、鷺野は放火された。火刑かもしれない。

 特別対策室の全員が鷺野を見る。

 驚いたようにあたりをキョロキョロし背の低い鷺野がしばらく間をとってから答える。

「日本のシステム全体をダウンさせているウィルスを抑えこむということに対しては無意味ですね」

 警察のSATも陸自のレンジャーも否定された形だ。

「まだ、ウィルス本体の全容もつかめていない。これだけのことをやるやつですよ。Tor経由のIPアドレスを見つけたといっても、恐らくデコイというか、わざと解きやすく仕掛けたTor経由だったんじゃないでしょうか?」

 埼玉県狭山市柏原3-25-11のIPアドレスを割り当てた専門家が小さくなる。

「つまり?」

「罠ですね」

「鷺野、貴様はわかっとらんな、罠だからレンジャーが行くんだよ」 

「今度は、首の高さに張られたピアノ線じゃすまないかもしれませんよ」

「日本中で最も精鋭精強の人間たちだ」

「普通にピアノ線が張られていただけでなく、バッテリーに繋がれたニクロム線とか電熱線だったかもしれませんよ」

「ジャンプして切れば済む」

 山川とこういう議論をするつもりはない。


 こういうときは、日本で一番偉い人間が断を下す。しかも、それはこの人間が本当に一番偉いから恐ろしい。

「日本国内にそんな奴が居て、そんな誰も近寄れんところがあったらいかんだろ。最悪を持って抗すべしだ。この国難にレンジャーを派遣でいいんじゃないのか」

 山川がガッツポーズを取る。

「狭山市柏原3-25-11を殲滅せんめつしてみせます」

 それなら、空爆か砲撃すれば済む。

 鷺野は結局受け入れられなかった事も含めて自虐的な笑いをみさおと佐竹に見せる。

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